ポール・ヴァレリーの『精神の危機』(岩波文庫)

以前ポール・ヴァレリーの『精神の危機』(岩波文庫・恒川邦夫訳)を読んだ時には、せいぜい「ペタン元帥頌」のようなものを書くのが面白いと思ったくらいだったが、今回再読して、以前には感じなかった深い感興を覚えた。

これほどの明晰さは、他のどんな著作家によっても表現されていないものだと思える。小林秀雄がヴァレリーに傾倒した理由がようやく分かった気がする。

ポール・ヴァレリーの『精神の危機』

ここには全てがある。

性格の高さ、視野の広さ、思惟の深さ。

私は、「偉大な知性」という如何にも使う機会がなさそうな形容が似合う人間を初めて目の当たりにする。

ヴァレリーはまさにその知性において「神様がいの一番にお創りになった」ような者だ(『ゲーテとの対話』でエッカーマンが『ウェリントン公のスコットランド山岳兵』を形容した言葉)。

もっとも彼自身は知識人たちを「知性」という言葉で表現するのを嫌っている。

「知性」という名詞が社会の中の個人のある集団を意味するようになり、ロシア語の「インテリゲンチア」の訳語として用いられるようになったことを言うのであるが、個人的にはあまり喜ばしいことであるとは思わない。(原文では『インテリゲンチア』に傍点)――『知性について』

『精神の危機』

ヴァレリーの作品の内でもっとも有名なものの一つである『精神の危機』は、1919年にロンドンの週刊雑誌に英文で発表された「第一の手紙」と「第二の手紙」に、1922年にチューリッヒ大学で行われた講演の抜粋である「付記(あるいはヨーロッパ人)」を加えられたものである。

冒頭、『精神の危機』は「我々文明なるものは、今や、すべて滅びる運命にあることを知っている」という名高い一句で始まる。

第一次大戦後のヨーロッパ

『精神の危機』の舞台である1919~1922年のヨーロッパといえば、1914年7月から1918年11月にかけて行なわれた第一次大戦の記憶も生々しく残っている。

我々日本人には「世界大戦」といえば「第二次」だが、ヨーロッパ人にとって第一次大戦とは、しばしばナチスのホロコーストがあった第二次大戦よりもはるかに精神的打撃において巨大なものであったと言われるほどのものである。

何故なら、そこでは毒ガス・飛行機・戦車などの近代的な兵器が用いられ、それが引き起こす惨禍といううのは、事前に予測不可能だったためである。

意気消沈し、「アメリカは興隆する一方、ヨーロッパはこのまま没落していくのではないか」という危機感が、語り手のヴァレリーにも聞き手のヨーロッパ人たちにも共有されていることを思いながら読むと、より一層興味深い。

ヨーロッパは、実際にそうであるところのもの・・・・・・・・・・・・・・、すなわちアジア大陸の小さな岬の一つになってしまうのか?

ここでのヴァレリーの問題意識は、スペインの哲学者オルテガの『大衆の反逆』における問題意識と共通したものを感じる。

『大衆の反逆』も読んだことがある人なら、比較しながら読むのも面白いかもしれない。

ヨーロッパ人の定義

ヴァレリーはヨーロッパ人を、三つのものの影響を歴史的に受けた人々と定義する。

その三つとは、ローマ帝国・キリスト教・ギリシャ文化である。

ローマ帝国は安定した権力の永遠のモデルであり、主に政治面での影響を与えている。次にキリスト教によって内省力や道徳の統一性を、そしてギリシャには品格と精神の規律を負っている。

最後のギリシャは、科学がヨーロッパにおいて芽生える原因となったものであり、それゆえその影響の大きさは計り知れない。

特にヴァレリーはギリシャ幾何学について「最も類稀たぐいまれな才能に加えて通常は共存不可能な資質の協力が必要だった」と高く評価する。

ペタン元帥に関する二作品

岩波文庫の『精神の危機』には「ペタン元帥の謝辞に対する答辞」と「ペタン元帥頌」というフランスの軍人・ペタンを巡る二つの作品が収録されている。

フィリップ・ペタンは第一次大戦でフランスを勝利に導いた英雄で、元帥の称号を与えられたが、第二次大戦でドイツ軍に迂回されたために効力を発揮しなかった対ドイツの要塞線である「マジノ線」の建設にも関わっている。

フランスの敗色が濃厚になると対独融和を主張し、議会に全権を委ねられて84歳の高齢ながら新政府の首相になり、ドイツに休戦を申し入れる。

ドイツ敗北後は、「国家反逆罪」で死刑になりかけたところを、かつての部下であるド・ゴールによって減刑されて、流刑先で没している。

少し気の毒な感じがしないでもないが、ペタンは前半生の救国の英雄と、後半生のナチス・ドイツへの協力者という像によって二分されており、今日でもフランス人にとっては明確な評価が難しい人物だ。

「ペタン元帥の謝辞に対する答辞」はペタンが学士院の新会員になった時に、既に会員である者の中から選ばれたヴァレリーが慣例上送ったものである。

「ペタン元帥頌」は既に政権の首相となっていたペタンがパリに来る時に、パリ市が敬意を表するために小文を幾人かの著名人に書かせ、その内のヴァレリー作のものである。

二作品を単なる必要に迫られて出した「おべっか」と見ることもできるが、ペタンが第一次大戦における国民的英雄であったのは事実であり、フランスのファシズムについて書いた福田和也の『奇妙な廃墟』なども読む限り、ペタンの登場は多くのフランス国民と文学者に歓迎されていたようである。

ヴァレリーはペタンと実際に面識があって書いているものなので面白い。

例えば、大抵名を挙げた軍人や政治家は「回想録」を書くものだが、ペタンはそれを嫌い、「回想録などというものは、他人を攻撃する以外に能のないものだから」とヴァレリーに言ったらしい。

仮に「おべっか」だとしても、ヴァレリーの名文で書かれたら嘘でも嬉しいだろうと思う。

何という軍歴でありましょう!

最後に

それを保存して表現した恒川邦夫氏の名訳のおかげもあろうが、ともかく文体の見事な仕上がりは形容しがたい。

大袈裟かもしれないが、ヴァレリーの文章やそこで表現される内容に触れると「偉大なものはこの地上に確かに存在したのだ」という気がする。

小林秀雄は日本で随一に批評家だと思うが、少なくとも文体の論理的な明晰さという点でいえば到底比較にならないものがある。

「ヨーロッパにおける哲学者の名産地はドイツだが、批評家ならフランスなのか」とか、そんなことまで考えてしまった。

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