内田樹の『日本辺境論』 『菊と刀』以来の日本人論の傑作

内田樹の『日本辺境論』はルース・ベネディクトの『菊と刀』以来の日本人論の傑作である。といっても私はこの二冊くらいしか日本人論を知らないのだが、それでもこの二つさえ押さえれば、とりあえず十分だと思っている。

もっともこれは本居宣長の国学や北畠親房の『神皇正統記』などを除外した場合の話だが、これらは「日本人論」というより国体論なので、それで良しとしよう(私は怠惰なことに、小林秀雄の『本居宣長』を除けば、どちらもまだ読んでいない)。

内田樹の『日本辺境論』

内田は日本という国は自己を「辺境」と捉え、自己の外部にあるどこかを「中央」と規定しているところにその本質があると考えている。内田の『日本辺境論』は、この明察自体もさることながら、それに関連した言及や指摘にも非常に興味深いところのある本である。

ここから印象に残ったところを引用していくが、その引用において、原文では強調のための傍点がある言葉は(無駄な余白が空いて見栄えが悪くなるので)太字に変えて表示することにする。

華夷秩序

内田は豊臣秀吉の朝鮮出兵を、華夷秩序を模倣したものと解する。

辺境の蛮族が中華に侵入し、新しい王朝を建て、華夷秩序を再生するというプロセスこそ華夷秩序の動的構造そのものなのです。ですから、仮に豊臣秀吉が明の征伐に成功したとしても、そこには「日本族」の新しい王朝ができるだけで、華夷秩序のコスモロジーは微動だにしない。

文中の「日本族」という表現は、中央制覇を成し遂げ、華夷秩序的に基づく新たな王朝を作った「モンゴル族」や「女真族」のように、ということである。

内田は明治初期の征台論、征韓論も同様に解している。つまり「国力が充実した中華王朝は国威発揚のために必ず四囲の蛮族を討伐する」ようなものであった、ということである。

日英同盟の破綻

次は西園寺公望が全権だったヴェルサイユ条約における日本代表について。この時の日本代表の振る舞いは、会議参加国の多くを失望させ、それがやがて後の日英同盟解消に繋がっていく。

どうして、日本の代表団はヴェルサイユ条約で自国の権益の話しかしなかったのでしょう。たぶん、他国の首脳たちが何を話しているのかがよく理解できなかったからだと私は思います。もちろん、言葉や理路は理解できたでしょうけれど、どうしてそういうことを言い出すのかそのモチベーションが実感できなかった。華夷秩序の物語世界の住人には「国際新秩序」という概念そのものが、なぜそのようなものが必要なのかが、理解できなかった。私はそうではないかと思います。

「言葉や理路は分かるが、モチベーションは実感できなかった」という言葉は重たい。

日本人の世界に対する指導的意志の欠如

このシンプルな言葉もうなずける。

「国際社会はこれからどうあるべきか」という種類のイシューになると、日本人は口を噤(つぐ)んでしまう。

この後で内田は左派による「憲法九条や核廃絶運動は日本発信で、世界に対する指南力を持つ」という反論を予測して、それらは強い指南力を持ちはしないと否定している。

なおかつ保守派(右派)についてもこのような指摘を行う。

今でも、日本国民は世界に卓越しており、欧米やアジア諸国は「鬼畜の類」だというようなことを平然と言い募るナショナリストは保守系の雑誌(どれとは言いませんけど)を読むといくらもいますけれど、その中に「諸国民に先立って、日本が人間としての範を示すべきこと」を提言している人は一人もいません

要するに、日本人は左右を問わず、世界を指導しようとする意志や意識が完全に欠如している、ということである。

日本の著作家は海外では読まれない

日本の有名な著述家の多くは、「欧米文化と日本文化の接合」という内向きの課題に取り組んでいるために、海外では全く読まれていない。内田によれば、司馬遼太郎も三作品しか翻訳されていないという。その文脈で述べられていること。

思想家において事態はさらに深刻です。日本の戦後思想はほとんどまったく海外では知られていません。例えば、吉本隆明は戦後の日本知識人たちがどういう枠組みの中で思想的な深化を遂げてきたのかを知る上では必読の文献ですが、アマゾンで検索する限り、吉本隆明の外国語訳はひとつも存在しません(加藤典洋さんによると、『共同幻想論』だけはフランス語の訳書があったそうですが、今は入手できません)。

これは余談になるが、角川ソフィア文庫の『共同幻想論』の「解題」で、埴谷雄高と奥野健男との対談の引用がなされている。そこで埴谷は吉本隆明について「世界的水準(において優れている)」と述べている。

口汚くて申し訳ないが、私はこれに対し「てめえはバカか?」と言いたい。

罵言を吐いた上でさらに嫌味を言わせてもらうなら、「身内である日本人同士の対談で身内である日本人を『世界水準だ』と讃えること」は、少しも「世界水準的」ではないだろう。

国号「日本」の由来

「そんなこと知ってるよ」という人も多いかもしれないが、この指摘には私はショックを受けた。もしかしたらこの『日本辺境論』で、私が一番衝撃を受けたのはこれかもしれない。

私はこれにまったく気づきもしなかったし、あるいはそもそも気づきたくないから、明確な指摘があるまでは気づかなかったのかもしれない。

「日の丸」というのはご存じのとおり「日本」「日ノ本」「日出づる処」の図像的表現です。地学の基礎知識があればわかりますが、「日ノ本」というのは「あるところから見て東方に位置するところ」ということです。「あるところ」とはもちろん中国です。「日本」というのは「中国から見て東にある国」ということです。

日本人の学び

『日本辺境論』の重要な眼目は、日本人の高度な学習能力についての説明である。

これには私は非常にしびれた。

この日本人の学習能力は、以前から、ポジティブな表現であれば、外来のものを取り入れてそれをより優れたものや日本人向きのものに作り変える能力として、ネガティブな表現であれば、「日本人の優秀性などしょせんは『猿真似』に過ぎない」という悪口として知られている。

内田は、学びについてこのように述べている。

学びは学んだ後になってはじめて自分が学んだことの意味や有用性について語れるようになるという順逆が転倒したかたちで構造化されています。

これは、その知識や学問を学ばなければ、その知識や学問について語ったり理解したりはできない、ということである。何故なら「まだ学んでいない(理解していない)」のだから。

このために、学びには、まず自分が選んだ師を徹底的に信頼するという「信」が重要になる。しかしこれは内田の表現で言えば、一種の「宗教的態度」であり、「清水の舞台から飛び降りる覚悟」が必要となる。内田はこの「清水の舞台から飛び降りる覚悟」を持つことにおいて、日本人は「例外的な才能に恵まれている」というのである。

新渡戸稲造が武士道の神髄をその無防備さ、幼児性、無垢性のうちに見たことを先に示しましたが、その欠点は、同時に、外来の知見に対する無防備なまでの開放性というかたちで代償されている。外来の知見に対したとき、私たちは適否の判断を一時的に保留することができる。極端な言い方をすれば、一時的に愚鈍になることができる。それは一時的に愚鈍になることによって知性のパフォーマンスを上げることができるということを私たちが(暗黙知的に)知っているからです。

日本人の優れた「信」の能力に関する内田の明察はこれに留まらない。

日本人は「鰯の頭」であっても信心することができる。(略)けれども、考えればわかりますが、ほんとうに「鰯の頭」を拝んだ場合には、いろいろと差し障りがあります。(略)そのリスクを回避するためには、「鰯の頭」であっても信心しうるほどの開放性を持ちこたえながら、それと同時にそれが無価値な「鰯の頭」である場合には、それを先駆的に知って、さりげなく回避する能力が必要になります。

私は内田のこの洞察をもとに、『マルクスの悟達』で一時的にマルクス主義に接近した小林秀雄が、結局マルクス主義や唯物論から離れて行ったことを説明した(下記の記事)。

批評家・小林秀雄は若い頃『マルクスの悟達』という評論を書いている。 ネット上で『マルクスの悟達』の感想を読んでみると、私には多くの人が...

日本人の本質的な二元性

これは特に言語において「漢字」(真名)と「ひらがな・カタカナ」(仮名)を使っていることにも関連して、日本人が本質的な二元性を持っていることを暗示した文である。

でも、「真名」と「仮名」という言い方自体がおかしいとは思いませんでしたか? 原日本語は「音声」でしか存在しなかった。そこに外来の文字が入ってきたとき、それが「真」の、すなわち「正統」の座を領したのです。そして、もともとあった音声言語は「仮」の、すなわち「暫定」の座に置かれた。外来のものが正統の地位を占め、土着のものが隷属的な地位に退く。それは同時に男性語と女性語というしかたでジェンダー化されている。これが日本語の辺境言語的構造です。

本書ではここまでヘーゲルとかハイデガーとか丸山眞男とかを引用してきましたが、彼らの文章はいわば「真名」に相当します。ですから、引用の後に「というようなことを偉い学者は言っていますが、これは平たく言えば……」というふうな「仮名に開く」パラフレーズ(表現を置き換えて分かりやすくする)作業を必ず行います。コロキアル(日常的)な生活言語の中に「真名」的な概念や術語を包み込んで、コーティングして、服用し易くする。このような努力は日本人にとって本態的なものだと思うからです。

例えば、日本人はなぜ神道と仏教という二つの宗教を、どちらか片方を捨てることなく持ち続けたのだろうか。それはそもそも日本人が本質的な二元性を持つことを示しているのではなかろうか。

この神道と仏教について述べるなら、仏教は外部から来たものであり、神道はもともとあった内的なものである。しかしもともとあった神道は、女性が男性を受け容れるように仏教を受け容れ、一つのものになる。それが神仏習合である。

本地垂迹(ほんじすいじゃく)説において神の正体は仏であるということは、つまり仏と神では仏の方が優勢であるということを示している。

何故なら仏は仏であり、なおかつ神もその正体が仏であるなら、神は仮の姿としてしか存在せず、すなわち実質的には神は不在で、仏しか存在しないということになるからだ。

これは内田の、日本(神)は辺境で、外的なもの(仏)を「本体=中央」として見なすという解釈にも合致しているように思う。