4人のYouTube出演者から分かる瓜田純士の異常な東京アウトロー人脈

アウトロー系YouTuber

最近、4人の大物アウトローが立て続けに瓜田純士のYouTube動画に出演したことで、ネットのアウトロウォッチャーに衝撃を与えました

いずれも普通は軽々に他人のYouTube動画に出演するような人物ではなく、中には素顔を見ることは愚か、出演を依頼するような繋がりさえ持ちえないような大物アウトローや元アウトローばかりです。

当ブログのアウトローカテゴリーの記事を好んで読む方はとっくに御存知かもしれませんが、ここでは瓜田のチャンネル動画に出演した4人の東京の大物アウトローたちをまとめてご紹介します

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4人のYouTube出演者から分かる瓜田純士の異常な東京アウトロー人脈

【木村兄弟の兄】木村泰一郎

まず最初に瓜田純士のチャンネル動画出演の口火を切ったのは、木村兄弟の兄・木村泰一郎でした。

左:木村泰一郎 右:瓜田純士

これは生配信で突如として始まり、後から確認する限り、Twitterで前もって「明日、木村兄弟の兄の木村泰一郎が出る」と予告した形跡すらありません。

なぜこれが衝撃的かといえば、木村泰一郎は木村兄弟の兄であり、この「木村兄弟」の木村兄弟グループといえば、絶頂にあった関東連合と徹底的に抗戦した唯一のアウトロー集団だったためです。

その徹底抗戦の結果、関東連合は木村兄弟の弟の木村孔次朗だと見誤って人違いの別人を殺害してしまう有名な「六本木クラブ襲撃事件」を引き起こし、自壊することになります。

さらに木村泰一郎の出演が衝撃的だった理由として、木村兄弟は非常に警戒心が強く、対立する関東連合ですら彼らの素顔を知る者は限られていたほどでした。

結局、この警戒心の高さが関東連合メンバーらの「木村兄弟の顔を知る者が少ない」という状況を作り、結果的に人違いで別人を殺害してしまうことに繋がり、関東連合の自壊の原因になったともいえます。

そして六本木の襲撃事件によって関東連合のリーダーである見立真一が逃亡した後ですら、ネットではわずか数葉の写真によって「どうやらこれが木村兄弟らしい」として噂されるのみでした。

ところが、その木村兄弟の兄・木村泰一郎がある事件で収監された刑務所から出所後、どのように説得したか不明ですが、瓜田純士のYouTube動画に素顔をさらして出たことで多くの人に衝撃を与えます

このライブ配信動画は、シャイな木村泰一郎がアーカイブに残すことを嫌ってか結局は削除されてしまったものの、多くの人にあらためて瓜田純士の不良人脈の凄さを印象付けるものとなりました。

そして動画配信後、瓜田はその突出した東京アウトロー人脈を誇るかのように木村泰一郎と撮影した2枚の写真をTwitterに挙げました

1枚は既に挙げた瓜田と木村泰一郎のツーショットであり、もう1枚はこちらの瓜田麗子夫人と泰一郎のツーショット写真です。

鬼面党の西山友紀

その次に現れたのが、関東連合に属する暴走族「鬼面党」の西山友紀でした。

伝説とカリスマがYouTubeライブ

鬼面党の西山は、六本木襲撃事件のために広く世間に知られることになった「木村兄弟」ほどではないにしろ、いわば知る人ぞ知る猛者で、体格の良さに恵まれたこともあり、アウトローウォッチャーの間では突出して喧嘩が強かったことで有名でした。

実際に西山は瓜田と出演した動画内でも、「実際に戦って喧嘩の強かった人は?」という質問に、ほとんどの場合は5秒ほどで終わってしまったと語り、誰の名前も挙げなかったほどでした。

西山の強さについては他にも有名な証言者がおり、見立真一や柴田大輔(工藤明男)の後輩でその世代における関東連合のリーダーだった石元太一も、もう一人の先輩である吉村良介とともに「別格の強さ」だったとしています。

実は、西山はもともとは関東連合と反目である「魔天使」という暴走族を結成しており、ほとんどのライバルを手段を選ばず潰してきた暴走族・関東連合は、この時も魔天使を相手に激しい抗争を繰り返しました。

既に悪名高かった関東連合の宮前愚連隊・ブラックエンペラーといった暴走族チームは、この魔天使を徹底的に攻撃しますが、魔天使は喧嘩自慢の西山を中心に徹底的に抗戦します。

ついには関東連合の宮前愚連隊・ブラックエンペラーは、西山の自宅に十数人で襲撃をかけるという強硬手段に訴えますが、これすら事前に同盟チームに連絡を受けて知った西山とそれに加勢した西山の父や兄のたった3人に迎撃され、非情な手段に訴えたにも関わらず警察が来る前に退散する羽目になったほどです。

結局、関東連合は西山ともう一人がいるだけの瞬間を狙って、また集団による襲撃によって拉致し、暴行を加えて脅しあげて傘下に下すことに成功しますが、こうした西山の気迫・根性と無類の喧嘩の強さは関東連合のメンバーに強い印象を与えます。

その後、西山は関東連合グループの「鬼面党」を継ぐことになり、西山の魔天使を下すことに最大の功績があった柴田大輔が同世代にいるにも関わらず、鬼面党のトップが関東連合リーダーになる習わしもあって、その世代の関東連合リーダーになり、数多くの武勇伝を作ることになりました

また西山は短期間で抜けたとされるものの、一時期、現在でも多数の関東連合OBが集結しているヤクザ組織である住吉会幸平一家の『堺組』(住吉会の三次団体)に在籍していたという噂もあります。

【生けるワンパン伝説】与国秀行(谷山秀行)

3人目は圧倒的なハードパンチで知られた不良・与国秀行(旧名:谷山秀行)です。

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[KO伝説]酔いどれ与国秀行~ワンパンマンの変身~後編

与国(当時は谷山秀行)は関東連合の見立や柴田などと非常に近しい関係にあり、同じく関東連合と親しかった金村剛弘とともに「谷山秀行・金村剛弘のどちらかが最強だ」とその時代における東京の「喧嘩最強説」を二分したでした。

与国秀行は短期間だけ関東連合の暴走族チームに加入してすぐに辞めたともいわれ、通常こうした短期加入は「バックレ」などと呼ばれて侮蔑や制裁の対象になるものの、与国のあまりの強さに誰も文句が言えなかったといいます。

この与国のハードパンチは有名で、ほとんどの喧嘩は1発殴っただけで終わったともいわれ、当時まだ不良の現役だった湘南乃風の若旦那は、「ワンパンで相手の顎が砕けて終わった」という与国の喧嘩の凄まじさを目撃したために不良を引退する切っ掛けの一つになったと後年語っています。

また関東連合リーダーの見立真一は、先輩だったこの与国に憧れたために「1発で相手を倒す」ことに拘ったという説もあり、与国に憧れていた当時の見立は、与国と同じボクシングジムに通うほどだったといいます。

さらに与国秀行は、喧嘩が終わった後にはすぐさま水に流し、一緒に焼肉屋に行って笑いながら飲み食いするなど、喧嘩の後の所作の爽やかさでも不良少年たちの羨望を集めました。

また不良の引退を決意した後でも、夫人とともに金属バットを持つ集団に襲われた時には、「俺は一切抵抗しない。でも嫁には手を出すな。不良ならそれぐらい守れ」とだけ語ると、突然地面にドカリと腰を下ろし、完全に無抵抗のまま相手に打たせ続けます

与国はこれによって片目を失明することになりますが、その入院時の仲間の見舞いに際しても、「片目は失ったが得るものはあった」と淡々と語り、不良の現役時、そして去り際ともに伝説を作ったまさに元アウトローの生ける伝説です

【最凶】神原三兄弟の長男・神原雅行

そして最後を飾ったのは神原三兄弟の長男である神原雅行です。

【神原雅行】初めて語る、彼のもう1つの素顔

先の与国秀行が東京で「最強の男」ならば、この神原雅行は東京で「最凶の男」として広く悪名をとどろかした人物でした。

当初、瓜田の生配信に登場した神原雅行は「あの神原三兄弟の神原雅行が!」とネットに大きな衝撃を与えますが、その動画は木村泰一郎の時と同じく削除されてアーカイブ化されませんでした。

それでも「神原雅行を見ることができた」「あの神原雅行が瓜田のYouTubeに出た」と、それだけでも十分な衝撃であり、しかもその余韻も冷めやらぬうちに、もう1本の神原雅行出演の動画がアーカイブ化される形で挙げられ、二重の衝撃がアウトロウォッチャーの間に広がります

その神原雅行は『闇金ウシジマくん』に登場する凶悪なキャラクターである「鰐戸三兄弟」のモデルになった人物としても広く知られ、抗争に勝つためには拉致や自宅の襲撃など手段を選ばなかった暴走族・関東連合ですら、神原のあまりの凶暴さに神原の関東連合への加入を断り続けたと噂されました。

神原の凶暴性は既に早い時期から発揮されていたといわれており、中学1年生の時には近所に住む小学生の女の子の片眼を失明させる事件を起こし、また「鬼ガンの神原」とも呼ばれ、地元・笹塚近辺のコンビニでは店員が諦めるまで鬼のようにガンをつけて金を払わずに商品を持ち去り、近隣のスーパーやコンビニはことごとく彼のこうした行為の被害にあったといいます。

さらにシルバーアクセサリーブランド「ゴローズ」に強盗に入り商品を根こそぎ奪ったこともあるとされ、こうした悪行がたたって12歳の時からはシャバにいるよりも塀の中にいる時間の方がはるかに長く、「ミスター懲役男」として知られるようになります。

こうして一部では既に名前が通っていた神原でしたが、偶然居合わせた格闘家の須藤元気が被害者の一人となった2004年の「渋谷通り魔事件」によって、さらにその悪名が広く知れ渡ることになりました。

一方で瓜田純士と会談した例の動画では、幼少期から母親によってマッチの火を押し付けられたという虐待の話、小学校2年から新宿の歌舞伎町を放浪し、小学校3年の時に映画館で性犯罪被害に合うなど、その凄まじい生い立ちが語られます。

特に自身も母親(神原雅行の祖母)に捨てられていた神原の母による虐待の話は、マッチを押し付けた母がそのたびに良心の呵責から半狂乱になり、彼女は自分の母の話をまくしたてた挙句に神原雅行を抱きしめて、神原もその母を抱きしめ返した、という逸話は多くの人にその生々しさで衝撃を与えました。

そしてその凄惨な幼少期の記憶を持つ神原雅行の口から繰り出された「子供の光を奪う大人は一番の社会悪」という言葉は、動画を見ていた視聴者たちに名状しがたく深い余韻を残すことになります。

まとめ

以上、「4人のYouTube出演者から分かる瓜田純士の異常な東京アウトロー人脈」として、

  1. 木村泰一郎
  2. 鬼面党の西山友紀
  3. 与国秀行(谷山秀行)
  4. 神原雅行

この4人を取り上げました。

瓜田純士の東京アウトロー人脈については、木村兄弟と関東連合の抗争を双方に深い関係があった瓜田純士の目線で書いた『遺書』によっても広く知られていましたが、このような出演陣を見てあらためて驚嘆した方も多かっただろうと思います。

(記事おわり)

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