瓜田純士と石元太一の対立|所沢のタイソンの拉致にワンターレンが?

「アウトローのカリスマ」瓜田純士と、関東連合の石元太一(千歳台ブラックエンペラーの総長)の対立は有名だが、この二人はどのような経緯で対立したのか?

そしてその対立の結果起こったとされる「所沢のタイソン」の拉致とは?

その時、瓜田ファミリーとして認知されていたワンターレンの動きとは?

また、瓜田と石元の対立の黒幕は松嶋クロスなのか?

こうしたことを瓜田純士の著書『遺書』やネットの情報などをもとに調べて、まとめてみた。
ただし時系列では微妙に不正確なところもあるかもしれないが、ご容赦願いたい。

瓜田純士と石元太一の対立の始まり

最初の切っ掛けとなったのは瓜田の「ミスターサンデー」出演からだという。

瓜田純士「ミスターサンデー」出演

その2010年12月某日の「ミスターサンデー」出演映像がこれである。

アウトローのカリスマが知れてる地上波出現。貴重映像!!!

この映像だけ見ても、いったいなぜこれが瓜田と石元の喧嘩の発端になったかは理解しにくい。実際にはもう少し別の出演部分もあったのかもしれない。

瓜田の『遺書』にも、「『ミスターサンデー』出演について石元が言いがかりをつけてきた」というだけで、この言いがかりが具体的に『ミスターサンデー』出演のどのような点に向けられていたかは書かれていない。

瓜田と石元の対立の裏に松嶋クロスが?

しかし『遺書』の瓜田の説明によれば、これは松嶋クロスが仕組んだとしている。

(石元との対立の)原因はくだらない。
芸能界に進出したい石元太一を、M嶋(=松嶋)くんがプロデュースすることになった。そこでM嶋くんが悪知恵をはたらかせて、僕と抗争させることで石元太一の株をあげる作戦を思いついたのだ。

引用:瓜田純士『遺書』

しかしこれは瓜田自身の説明であり、瓜田が勝手に思い込んでいた原因だという可能性もある。それでも、瓜田は松嶋とは中学の頃からの付き合いでその思考や性格をかなり理解しているはずだから、間違いとは言い切れない。

ともかく、瓜田は『遺書』でそのように説明しており、また自身でもそのように信じているようだ。

互いのブログでの応酬

そして瓜田純士と石元太一は、ブログで不満や相手の文への返答を応酬し合うようになる。

石元太一:2011年12月24日の投稿

石元はこの写真を自分のブログにアップした。


出典:NEVERまとめ

もちろんこれは左が松嶋クロス(松嶋重)・右が瓜田純士で二人の中学時代の写真である。そしてこの時、石元はこのような文章を載せている。

(笑)

スゴイ鬼剃りだよね(笑)

こんな中学生は最近は見ないよな(笑)

そういや、松嶋君の隣に写ってるの中学の後輩の瓜田って奴らしいけど、こいつカリスマでもアウトローでもなんでもねぇじゃん(笑)

この人間、俺とリオンが事件を起こした時に、あれは俺の後輩がやったみたいな事言ってたらしいけど、勘弁してくれよ(笑)

俺もリオンもお前なんか知らねぇって(笑)

ホントそういう奴って多いよな

どこどこの関東連だったとか言われてもわかんねぇし、会った事やお世話になった事がなければ先輩じゃないでしょ。

引用:石元太一「あきらめないからな、俺は。」

ここでなぜ石元が瓜田に反感をもったかというと、瓜田が如何にも「関東連合関係者」然としているように見え、それが気に食わなかったようだ。

工藤明男(柴田大輔)の『いびつな絆』によれば、関東連合には特に暴走族の現役時代に徹底されるルールとして先輩には徹底して敬語、一方で関東連合と関係のない先輩には敬語は使ってはいけないというルールがあった。

つまり年上でも、関東連合に無関係な者に対して敬語を使うことで相手を「自分より上」と認めてはいけないということだ。

だから石元太一も、自分が先輩と認識していない年上の人間が関東連合の関係者的な(と石元には見える、つまり石元からすれば「先輩」にあたる)立ち位置で出てきたのが癇に障ったらしい。

ちなみに瓜田純士の『遺書』によれば、関東連合において徹底して上下関係を意識した敬語使いのルールは、実は柴田大輔自身が、自分が収監された敬語使いに厳しい久里浜の特別少年院で徹底教育されたことに由来するルールだとしている。つまり柴田自身が久里浜の特別少年院から持ち帰ったルールなのだと。

『遺書』では実際、柴田大輔より年下の木村兄弟の弟・木村孔次郎が、柴田に対してぞんざいな口をきいてきた時、「久里浜でそんな口の利き方、許されたのか?」と詰め寄るシーンがある。

瓜田純士:2011年12月28日の投稿

それはともかく、瓜田はこれに答えて次のような文をブログに載せた。

ブログ拝見しました
懐かしい写真ですね
俺の直上の先輩の鬼ゾリ写真懐かしいです
今は音楽プロデューサーで活躍してますね
先月が確か最期の電話だったかな?
なんだか誤解しているようだけど
関東連合は語った事はない
同世代が友達なのと
先輩方
親がそうなだけで
俺はただの元ヤクザです
(省略)
貴方の事を後輩と言った事は一度もないですよ
リオンは昔
先輩方とバーベキューとか行きました
石元君は世田谷なら
千歳台ですね
僕の代は
吉岡がエンペラーしてましたね
荒川って喧嘩っ早い子も
同じ世代でした
エンペラーではないけど
喧嘩を参加してた子でした
上北沢は西山がいましたね
懐かしいです
貴方の言う通り
会った事も世話にもなってないのが先輩じゃない
そうですね
俺もそのスタンスだけど
年上は立てる社会にいたので、一応気をつけて付き合いしてます
(省略)
一応僕も公人な為
媒体は選ぶので
対談は無理かな
貴方の言うように
アウトローでもカリスマでもない
(省略)
石元君も体調 風邪等ひかないよう
素敵な新年を迎えてください。
活躍の程 応援しています。
瓜田純士

引用:瓜田純士VS石元太一 関東連合内 内戦 対決の歴史

瓜田にはそこまでの気持はなかったろうが、この文は一部では降伏宣言・引退&謝罪宣言のように受け取られた。

たぶんまずは相手の言い分をほぼ全面的に認めて、そして「アウトローでもなければカリスマでもない」といった言葉があるところからなのだろうか。

実際に、翌年の2012年1月15日に引退試合を行っているので、余計にそう受け取られたようだ。

石元太一の返答:2011年12月28日以降に投稿

そしてやや引き気味・譲歩的な瓜田の文に対し、石元はこのように返事をした。

人の事を悪く言うのは、いい大人がみっともない事だと重々承知してますが、俺根本的にあの手のタイプの人間が嫌いみたいです。
いちいちいろんな人の名前なんて出さなくてもいいし、興行サイドとか最後の試合って必要?
ましてや、公人って天皇陛下とかじゃないんだからさ

引用:瓜田純士VS石元太一 関東連合内 内戦 対決の歴史

瓜田が自分を大きく見せようとしていることを指摘、それに嫌悪感を持っているようだ。

松嶋クロスを問い詰める

次第に「関東連合 VS 瓜田純士」という構図が出来上がり、瓜田は四面楚歌の状態で狙われることになる。

業を煮やした瓜田は、自分と石元対立の原因だと思える松嶋クロスに直接問い詰めることにし、松嶋に電話をかけて掛け合ってみる。

「もしもし、ご無沙汰してます、純士です。グリコのオマケみたいな坊やがケンカ売ってるんすけど、何か企んでんすか?」

(略)

「純士。もう昔の関東連じゃなくなって来てるんだ。太一は千歳台エンペラーの後輩で、気合いもあるしケンカも出来る。揉めるなら勝手にやればいい。ただし、おまえがブログにあげた俺の中学時代の写真は消してくれ。頼む」

は? 何の話だ? ぜんぜん噛み合わなくて、イラついた。

「何言ってるんすか。あれは先に石なんたらが、先輩と俺の中学時代の写真をブログに出したから、その御礼じゃないすか」

電話はそこで切れた。

引用:瓜田純士『遺書』

「所沢のタイソン」とは?

その後、一般的には、インターネットのオフ会で瓜田と知り合ったという瓜田の弟分の「所沢のタイソン」が拉致されるという事件があったといわれている。

この所沢のタイソンについて先に説明しておくと、なかなか埼玉では評価の高い人間らしい。「タイソン」の本名は「 久保広海」。

相当腕っぷしが強いらしく、総合格闘技チャンピオンSを一撃で沈めた、木村兄弟の弟・木村孔次郎とクラブ内でタイマンをはって勝った、上の世代がタイソンを潰そうと徒党を組んだが結局潰せなかった、関東の同じ世代ではもっとも強い、などという噂がある。

「タイソン」なんてあだ名なのだから、おそらくハードパンチャーなのだろうくらいのことは想像がつくが、これは想像以上である。

だから「タイソンが拉致された」という話も、嘘か誇張、もしくは何か別の出来事が誤解されてそう伝わった、という可能性も捨てきれない。

それほどの人物が拉致されたなら、もっと派手な大立ち回りの話であれ、この時の石元太一らの武勇伝であれ、今以上に有名な話になっていそうなのに、このエピソードがあまりに地味に受け取られているのは不自然な気がする。

つまり場合によっては「拉致」それ自体が眉唾である可能性すらあるということだ。

「所沢のタイソン」の拉致事件?:2011年12月某日

そして「タイソンの拉致」についてだが、こういう中途半端にネットに噂や情報が出回っている事件にありがちだが、いくつかの説や噂が入り乱れており、何が真相なのか掴みにくい。

掲示板などで事情を知っているらしき人の話では、「タイソンの拉致」について、主に2つの説があった。

一つは、そのものずばりのエピソードとして、タイソンら2人が石元の後輩の関東連合6人に拉致られた、(そしておそらく暴行された)という話。

もう一つは、瓜田が石元太一から逃げてしまったので、タイソンが自分一人で話をつけに行き、そこで小池幹士(カンジ)らが男気を買ってタイソンとは和解した(タイソンのことを認めた)、という説。

そして後者の説では、そもそも話し合いで解決したために殴り合いにすらならなかったということだった。どちらかといえば後者の説が正しいと主張する者が多かったが、その両方に共通するのが、タイソンと石元太一自身は面識がない(会う機会がなかった)ということ。

少なくとも「石元らの一派に拉致られた」という言葉の印象から想像してしまうような暴力的な事件はなく、拉致られて云々というのはやや眉唾の可能性がある。

そして実際に瓜田純士の引退試合の行われた2012年1月15日に撮られた写真では、つい最近に関東連合に拉致られたにしては特に怪我をしているような様子も見えない(一番左)


出典:サイゾー

一番左がタイソンで、一番右がワンターレン。(真ん中はもちろん瓜田)

しかし瓜田がその後ボコボコにされていることからも、タイソンは拉致られて一方的にやられた、ということこそなかったものの、関東連合と瓜田との和解・仲裁には失敗したのではないかと思われる。

続いてこの写真の一番右の男、ワンターレンが動いたらしいが、そのワンターレンの動きの前に瓜田の引退試合があった(瓜田の引退試合を挟む)かもしれない。

そちらの方が流れが自然な気がするので、ここで引退試合を挟んでおく。

内藤裕と引退試合を行う:2012年1月15日

瓜田はアウトローを引退して音楽活動に専念すると宣言、内藤裕(元KGB)と引退試合を行う。これは、石元たちと揉めてしまったためではないかと見る向きもあった。

アウトローのカリスマ 瓜田純士引退試合

実際タイミング的にそう見るのが自然である

もちろん瓜田はそれを否定し、音楽のためだと言っている。この試合直前にサイゾーの取材に答えているが、そこで瓜田は「昨年末、ある事情で小指をツメた」と話した。

既にヤクザでもないのに何のために?

まさか石元らに向けてやったのだろうか。

そしてだからこそ、これ以上何も起こらないようにタイソンが動いたのだろうか。

この「ストーリー」は如何にも辻褄が合っている気がするが、もちろん憶測に過ぎない。

再掲するが、この引退試合の直前にサイゾーの取材に答えているが、そこでは後に袂を分かったと言われているタイソンとワンターレンがまだ瓜田と一緒にいるのである。


出典:サイゾー

"アウトローのカリスマ"こと瓜田純士(32歳)が、アウトローの世界に別れを告げた。 1月15日、ディファ有明で行われた地下格闘技イベント『BERSERKER(バ...…

ワンターレンとは?

一般的に言われている「タイソンの拉致」の後には、ワンターレンが一人で返し(報復)に行った、あるいは行こうとしたという話が続く。

このワンターレンはどのような人物か。

ワンターレンは本名・須本高欣在日台湾人である。

職業は当時、キックボクサー、また占い師もやっていたという話がある。


出典: 目黒藤本ジムオフィシャルサイト

ワンターレンは瓜田と地元が一緒にずっと背中を見てきたという。

サイゾーの取材では、ワンターレンは『北斗の拳』を引き合いに出して、自身を「バット」、瓜田を「ケンシロウ」に例えている。

タイソン(左)、瓜田(中)、ワンターレン(右)。■前編はこちらから さて、控え室には黒人のSP以外にもコワモテがふたりいて、瓜田の身辺警護にあたっていた。ワンタ...…

ネットでは「パンイチ」などというあだ名をつけられているが、それは瓜田がライブで「スタンドバイミー」を歌っている時に、ワンターレンパンツ須本高欣が一丁でパフォーマンスをしている映像があるからである。

瓜田純士 / Stand by Me(カバー)

しかし私はワンターレンのパンイチよりも、瓜田の声があまりにかぼそく、ライブで歌うレベルと思えないほど歌が下手なことの方が気になる。

瓜田の声量とファンらしき客の声援とが、明らかにアンバランスだ。

ワンターレンの返し事件とは?

そしてワンターレンの返し(報復)事件が起こったとされているが、「タイソンの拉致」に比べれば、ワンターレンの返しの話の方が比較的信憑性が高い気がする。

「ワンターレンの返し」とは、一般には、タイソンが拉致されたことに対する返し(報復)をワンターレンが単独で行おうとした、ということである。

もしタイソンが本当に6対2で拉致られてボコられた、あるいはクンロクを入れられたということなら実際に報復もありえるが、タイソンが関東連合にやられたとは考えにくいから、おそらくワンターレンは石元らに舐められっぱなしの兄貴分の瓜田に業を煮やして一人で動こうとしたのではないかと思う。

これに信憑性があるのは、ワンターレンは瓜田の引退試合でのサイゾーの取材に対し、瓜田の不良の現役時代、「手打ちが済んだのに、水面下で僕が勝手に襲撃しちゃったり……。そういう手打ち破りとかで、随分ご迷惑をおかけして、よく瓜田君に怒られましたと言っているからだ。

そして当時瓜田はそれをすべてフォローし、一緒に喧嘩をしてくれたというようなことを言っているが、さすがに石元たちを相手にしたこの時ばかりは瓜田にも不安があったらしく、「返しは後輩が勝手にやっている。俺は関係ない」とワンターレンを完全に切り捨ててしまったという話だ。

このことに深く失望したらしく、ワンターレンは後にブログで「瓜田は母親から仕送りを貰い生活している」「東日本大震災の時に募った義援金を全額搾取した」といったことを暴露、瓜田から離れた(あるいは離れた後で暴露した)という。

しかしワンターレンが瓜田から離れたのは、その返し云々のタイミングではなく、瓜田がJOYの姉の脅迫騒動で捕まった後の3月だと主張する人もいる。(後述)

瓜田純士のブログ:
2012年3月某日(6日?)に投稿(即時削除)

ここでまた瓜田のブログの文を掲載しておくが、瓜田は石元にコケにされているのが相当悔しかったらしく、意味は通りづらいが激しい憤りを感じる文章をブログに投稿、それもすぐに削除している。

ハニーに何かあったら
生き方全てが口だけの胸板
笑い話で今迄許したけど
それ以上いったら
生き恥コラ
生い立ちから全てバラすぞ坊やコラ
暴走族しか知らないで
アウトロー語った
勘違い坊や
おまはただ生きる恥なんだよ(笑)
頑張れよ
生きる事が恥ずかしい少年
お前
終わってるよ
全てがダサ過ぎて。
頑張れよ
チロルチョコ。
調子に乗のんなよ
たかだか雇われが
まぁ
頑張れよ
お前が逆立ちしても
俺にはなれないから
調子に乗ったら
お前の土下座写真バラまくぞ
質問に答えます!
いつも土下座してました。
人生の半分が詫びです!
胸板は暑いです!
生き方が詐欺なんで!
10月の逮捕状
お前頑張れよ。
生きている事が恥ずかしいんだから。
蛆虫が。
「己を知れ」

坊や

引用:瓜田純士VS石元太一 関東連合内 内戦 対決の歴史

こうなると起こった時系列を整理するのが難しくなってくるが、「ハニーになんかあったら」なんていう言葉があるから、当時付き合っていたJOYの姉・ソフィアと関係がこじれる前なのではないかと思う。

また「胸板」なんて言葉は石元太一の有名な写真を思い出させる。

「生い立ちから全てバラすぞ」という言葉があるが、石元の『不良録』はこの年の8月が第一刷なので、まだ石元は世間に自分の家族がヤクザばかりだと公開していなかったのかもしれない。またトーヨーボール殺人事件についてもか。

「暴走族しか知らないでアウトロー語った」というのは、おそらく瓜田には「自分は元ヤクザ」というプライドがあるので、石元は父親や親族がヤクザなだけで自身にはヤクザの経験がないことを言いたかったのかもしれない。

「たかだが雇われ」とは、瓜田は一貫して、石元が自分にからんでくるのは松嶋クロスの「石元プロデュース」が発端だと捉えているので、そういう言葉が出るのだろう。

ソフィア脅迫で逮捕
面会に石元らが来た?:2012年3月

瓜田はJOYの姉「Sophia」(28)に対して2月1日早朝に「芸能界から消えろ。弟がどうなっても知らないぞ」「事務所ごと潰してやろうか」などと脅迫したことで、Sophiaは被害届を提出、瓜田は3月27日に逮捕された。

この時瓜田の『遺書』によれば、瓜田は結局10日間で保釈されたものの、瓜田の中学時代の直の先輩である松嶋クロスとともに面会に石元太一が訪れているのだという。

しかし瓜田はこの頃、なぜかすべて面会を断っていたらしく会ってはいない

なぜ面会を断ったか、また松嶋はともかくなぜ一緒に石元まで来たのか、理由は説明されていないが、石元と瓜田の間のトラブル・対立と関係がある話をしようとして、松嶋が石元を引っ張って来たのかもしれない。

余談だがこの時、瓜田の面会には(もちろん松嶋らとは別に)瓜田と昔から仲がいい木村兄弟の兄・木村泰一郎も来たらしいが、同じく彼にも会わなかったという。

ワンターレンの裏切りの理由は?

キックボクサーのワンターレンが瓜田を裏切った理由は、瓜田が返しに行こうとしたワンターレンを切り捨てたせいだという説の他にもう一つある。

その説では、ワンターレンは石元襲撃を計画、しかしバレて立場が危うくなるが、瓜田が関東連合と掛け合って助けてくれる。

しかし直後にまたワンターレンは攫われてしまい、瓜田の悪口を書くように指示された。

つまり敵に脅迫されたせいだという。

またソフィアに相談され、ワンターレンは田無署に瓜田を売ったとか。つまりソフィアは被害届を出したことで瓜田は捕まっているのだから、この解釈だとワンターレンがソフィアに被害届を出すよう勧めたと考えられる。

しかしワンターレンが石元一派の言う通りにした割には、ワンターレンは瓜田を裏切ったことを石元太一に非難されている

あるいは石元の後輩たちが勝手にやって、石元太一自身が知らなかったのか、もしくはこれ自体、自分が無関係であることを装う石元の偽装工作なのか。

しかしそこまで石元太一はずる賢くはない気がする。

>ワンターレン、自分は知りませんが、瓜田の事を兄貴と慕っていた時期があるのなら、
>例え決別した後でも悪口は言うなよと自分は思います。

>すごくカッコ悪いですよね。

>どうせ薄っぺらい仲間意識でヤクザごっこしてたのかもしれませんが、
>仮にも兄貴と呼んでいたなら、何かしら面倒を見てもらった事があるのでしょう。

>だったら仲違いしても、黙っていればいいのにと思いますね。

引用:裏切りのパンイチマスク・ワンターレンこと須本高欣

瓜田純士ボコボコにされる:2012年5月

ある時、瓜田はブログで「階段で派手に転んだ」として写真をアップした(らしい)。

しかしそれはとても階段で転んでできるような傷とは思えず、おそらく関東連合の反目している石元一派の者たちにやられたであろうということが丸分かりの写真だった。


出典:石元太一「あきらめないからな、俺は。」

瓜田の『遺書』によれば(両方そうなのか分からないが)おかげで2回救急車に運ばれて、「今では顔半分にチタンが入っている」という。

瓜田は石元と、何とかして和解しなければならなかった。

石元太一のジムへ直接会いに行く

石元太一は見立真一が出資した格闘技のジムの雇われオーナーをしていた。

そこへ瓜田は、何やらメッセージを書いたらしき巻物を持ってジムに向かう。


出典:瓜田純士VS石元太一 関東連合内 内戦 対決の歴史

あいにく石元はいなかったが、そのままメッセージを置いて帰ると、後日一緒に飲むことになった。『遺書』によれば、その呑みの場で石元は、「本当、工藤(注:柴田大輔)殺してぇよ」と、自分の会社の上司である柴田大輔(工藤明男)に対する愚痴ばかり言っていたという。


出典:瓜田純士VS石元太一 関東連合内 内戦 対決の歴史

理由は、石元はずっと柴田大輔を慕ってきたが、最近では柴田は石元の芸能界入りにストップをかけてきたり、自分の動きたいように動かせてくれないからだという。

実際に工藤の著書には、自分と同じく裏の道を歩んできた石元太一が、芸能界のような日の当たるところに出ようとするのを戒めるような記述が散見される。

松嶋クロスに切れる

そのうち、例の六本木の人違い・金属バット撲殺事件が起こる。

松嶋は関東連合や見立のために、情報工作に瓜田を利用する。

瓜田がブログに掲載した、有名な「カンジくん(=国田正春)」「チャッピーくん(=小池幹士・もしくは佐藤幹士)」に対する非難の言葉である。『遺書』によれば、実はこれはその文面まで松嶋クロスが考えたものだということになっている。

瓜田は直の先輩である松嶋の頼みであったために最初はそれに乗ったものの、利用されていることに気づくと、ブログで関東連合に対して喧嘩を売るような文面を掲載、しばらく大阪で匿ってもらい、隠れることになった。

いよいよ我慢の限界になった瓜田は、松嶋クロスに直接電話で食って掛かる。

『遺書』のこの時の次のような言葉を見ると、やはり瓜田にとって石元とのことは本当に嫌な出来事・プライドの傷つく出来事だったのだということが分かる。

「僕が一番の後輩だとか、見立くんは純士のことを一番信頼しているとか言うんなら、なんで石元らにナメたまねさせたんですか? 純士だけは特別だとなんで言ってくれなかったんすか? こっちがどれだけ我慢したかわかります? 自分、腐っても同世代じゃ顔ですよ? 関東連ってそんなに偉いんすか? 見立くんの前で『自分と泰一郎とは兄弟分です』って言い切った人間、他にいますか?」

出典:瓜田純士『遺書』

瓜田純士「石元太一は遅れてきた可哀想な若い衆」

さらに『遺書』の中で、瓜田は石元に対して「可哀想な若い衆・石元太一」と題して表面上道場的でありつつも散々な書きようをしている。

 石元太一は、圧倒的に怖い先輩たちの言いなりにしかなれなかった、哀れな男だと思う。

石元は僕ら昭和54年生まれ世代より、さらに2コ下。一応、その世代の関東連では総長だったみたいだが、僕からしたら「遅れてきた可哀想な若い衆」という感じだ。

見立くんたち昭和53年世代の押さえつけが強く、いつまでたっても関東連の中では三下扱い。一時期は頑張って芸能人になろうとしたけれど、工藤明男に「勝手なことするな」と止められて断念(と見せて、強行突破しようとしていたがフラワー事件によりそれも潰えた)。フラワー事件に限らず、K村兄弟との抗争では、いつも先兵隊の役割を押しつけられていた。

引用:瓜田純士『遺書』

それでも一応、罵詈雑言を吐くわけでもなく、「M嶋(注:松嶋)くんも、そんな石元を不憫に思ったのかもしれない」などの冷静な分析もされている。

瓜田と石元にとって既に過去の出来事

おそらく石元は裁判の件で忙しく、今では過去の因縁などどうでもよいと思っているだろう。

それでも瓜田には嫌な思い出としてずっと残っているのではないかと思う。

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