田代まさしは西口茂男・住吉会総裁の甥っ子だった ツーショット画像

2019年11月6日に薬物所持の容疑で逮捕された「マーシー」こと田代まさしですが、実はツイッターの過去のつぶやきから、大物ヤクザである住吉会の西口茂男総裁(2017年に88歳で死去)と叔父・甥の関係であることが明らかになっています。

その田代まさしの過去ツイートでは田代の追悼コメントとともに、田代まさしと西口総裁とのツーショット写真が挙げられていました。

住吉会総裁の西口茂男とは? またその田代まさしの過去のツイートの内容やツーショット写真はどのようなものだった? この記事でまとめました。

住吉会総裁の西口茂男とは?

住吉会は六代目山口組に次いで規模の大きいヤクザ組織です。

西口茂男は2002年(平成14年)からその住吉会の総裁を務めていました。

西口茂男の簡単な略歴を記します。

まず昭和20年代に住吉一家向後平(向後初代)の若者になります。

1956年(昭和31年)3月6日、浅草の妙清寺での葬儀中に、住吉一家向後初代向後平と大日本興行初代・高橋輝男が拳銃で撃ち合いになり、両名と大日本興業の幹部1人が死んだ浅草妙清寺抗争事件により服役します。

昭和40年代に向後二代目を継承。

1991年(平成3年)2月に住吉一家六代目を継承、住吉連合会の各一家親分との親子盃を行い、組織名を住吉会と改称しました。

1998年(平成10年)に福田晴瞭に住吉会会長の座を譲ります。

2002年(平成14年)1月に住吉会総裁に就任。

一昨年の2017年(平成29年)に病院で死去しました。

西口茂男の画像

田代まさしは西口茂男・住吉会総裁の甥っ子!
両者は叔父・甥の関係だった

そして該当のツイートですが、田代まさしは西口が死去した2017年の9月12日当日の午後2時頃、ツイッターで次のようにつぶやいたといいます。

僕の大好きな叔父さんが昨夜亡くなられました。僕達兄妹を、おふくろが亡くなって以来自分の子供以上に面倒をみてくださった叔父さん!

上のコメントとともに西口総裁とのツーショット写真がアップされています。

ツイッターにアップされたツーショット画像

実際にアップされていた画像がこちらです。


画像:文春オンライン

サングラスのせいもあって表情の分かりにくい田代まさしと異なり、やはり甥っ子が可愛かったということでしょうか、西口茂男はヤクザの写真としては珍しく、柔らかい笑みを浮かべて機嫌良さそうに映っています。

そして他の西口総裁画像と見比べてみると、確かに西口茂男本人に間違いなさそうです。

「叔父さんのことを誇りに」

さらに田代まさしは該当のつぶやきに続けて、

僕達兄妹は叔父さんの親戚でいれたた(原文ママ)ことをおふくろの妹である叔母さんに感謝するとともに、叔父さんのことを誇りに思って、これからも生きて行きます。合掌

とつぶやいています。

田代まさし本人はこの「叔父さん」が誰なのか自ら明かしはしませんでしたが、週刊文春によってスクープされてしまい、そのためか該当ツイートは現在では削除されています。

西口総裁は田代のツイートから遡ること12時間ほど前、2017年9月12日の午前2時22分に都内の大学病院で死去したといいます。

翌々日14日に中野区の斎場で行われた西口家の家族葬・通夜では、田代まさしも帽子を目深にかぶって参列したそうです。

ちなみに両者の血縁関係を厳密に説明すると、2回の結婚歴がある西口茂男の妻のどちらかが田代まさしの実母(30年以上前に死去)の妹だった、ということです。

つまり直接の血の繋がりはなく、田代にとっては叔母さんにあたる実母の妹を介しての、義理の叔父・甥の関係だったことになります。

田代まさしは西口茂男の口利きで屋台の仕事をした?

西口茂男は何度も逮捕された田代まさしを大変心配しており、住吉会の関係者に「血縁については口外するな。でも何とかしてやってくれ」と伝えていたといいます。

1度目の懲役に行く前、執行猶予中だった田代まさしは毎年麻布十番祭りで『マーシーの焼きそば』の屋台をやっていましたが、この場所は住吉会の関係先で、西口茂男の口利きがあったと考えられています。

そして繰り返し逮捕された田代まさしですが、例のツ―ショット写真は死去前の2、3年以内に撮影されたと見られ、西口茂男・住吉会総裁には見捨てられることもなく、最後の最後まで交流があったということになります。

この記事は以上になります。