柳川組の谷川康太郎の名言集「通れるだけの細い道を」の意味とは?

柳川次郎の後を継いで二代目柳川組組長となった谷川康太郎(本名:康東華・カンドンファ)は、数々の名言を残している。

ここではその谷川康太郎の名言を紹介することにする。

柳川組の谷川康太郎の名言・飢えや貧乏からの出発

寒さのあまり

「わしらは当時、貧乏のドン底やった。組といっても名ばかりで、初代も入れて4、5人で布団一流れの中にそれぞれ足を突っ込んで寝てる始末やった。もちろん姐さんもまじえてですよ。あんまり寒いので、襖(ふすま)を外してきて布団の上にのせたこともある。襖のせたところで、ちっとも温いことないのにね」

「飢えた人間なら分かる」

「何が善で何が悪だと言えるのは、まだ余裕のある人間なんや。差別され、飢えとる人間は、目の前にある食い物を、奪い取ってでも腹へ押し込むしかないんや。いちど飢えた人間ならわかるはずや」

「そんなヤクネタ雇うてくれるか」

「ガキの頃から不良で逮捕歴数回、学校はナラショー(奈良少年刑務所)や。手に技術はないし、土方やるほどの体力もない。保証人の資格にかなうような知りあいもない。国籍は韓国。あんたがかりに企業経営者としようか。そんなヤクネタ雇うてくれるか」

「ヤクネタ」とは「イカれた奴」「手の施しようのない者」という意味の言葉。

柳川組の谷川康太郎の名言・社会論や歴史

「組は憩いの場」

「組は、前科とか国籍とか出身とかの経歴をいっさい問わないただひとつの集団だ。だから、社会の底辺で差別に苦しんできた人間にとって、組は憩いの揺籃となり、逃避の場となり、連帯の場となる」

柳川次郎も在日韓国人であることから「ヤクザになったのは差別がなかったから」と、似たようなことを言っていた気がする。

実際に柳川は、九州・中津で労務者として働いた時、ひどい差別をされ、また目撃することも頻繁にあったという。

そのことについて飯干晃一(『柳川組の戦闘』著者)が何度問いただしても、「憤激に堪えません」と一言だけ言ってそれ以上は語らなかったらしい。過去の話を蒸し返したくなかったからだという。

当時柳川は日本人との喧嘩でボロボロになると、故郷釜山の言い伝えにしたがって肥溜めに浸かった傷を治していた

多少のやせ我慢もあったろうが、翌日にはケロッとした顔で働きに出る柳川は、そのうちに「不死身の柳川」の異名を得た。

また柳川が「憤激に堪えません」と言った時、自分のことというよりかは、ひどい仕打ちを受けた同胞の記憶を、幾つも具体的に思い出していたのではないかという気がする。

教育とは

「飢えなくてすむように教えること。それが教育や。違うか。違う思うんなら、ナニか言うてみてや」

犯罪とは

「運が悪いものだけを『犯罪』という」

「バレなきゃ犯罪じゃない」ということと同じ意味なのだが、この谷川の言いまわしはずっとシニカルだ。

歴史という問題

「なにもそれを良いといったことはない。悪いものは悪いのですよ。わたしはそういう悪の一員である。それははっきり明言します。しかし、どうしてその悪が生まれたかということになると、わたしはやっぱり、歴史ということを問題にしないわけにはいかない」

「ドストエフスキーには失望した」

「うーん、正直なところ『罪と罰』には失望した。高利貸しの一人や二人を殺しても、奪った金を世の中を良くする革命のために使うのであれば許されると言われても、俺には説教にしか聞こえん。所詮、ドストエフスキーの作品はインテリの頭の中のお遊び用や」

もちろん谷川は『罪と罰』の意味を誤解している。

ドストエフスキーは、自尊心と結びついて観念的に増長したインテリの頭の中で、現実性のない思想が実践へと結びついてしまう恐ろしさを描写したのであり、それは後の中国の文化大革命やカンボジアのポルポトの大虐殺を予告するような意味があった。

しかし谷川が相当な読書家だったのは本当の話で、谷川の書棚には『マルクス全集』が揃えられていたという話が残されている。

柳川組の谷川康太郎の名言・ヤクザ稼業

「人殺しも七分は人のためにやれ」

「だから、わたしがいつも言うのは、おまえら、泥棒でも人殺しでもええやないか。なんでもやれ。しかし、人殺しをするにしても、せめて七分は人のためにやれ、自分のためだけに人殺しをやると苦しいぞ、と言ってきた」

「泥棒でも人殺しでも何でもやれ」しかし「人殺しも七分は人のためにやれ」というアンビヴァレンツさが面白い。

しかも「人のためになる人殺し」という概念は、谷川ならでは、ヤクザならではかもしれない。

そして「人のためになる人殺し」というのを掘り下げて考えてみると、この場合、「私的な憤懣から殺害するくらいなら、組のためになる抗争や喧嘩で人を殺した方がいい」ということになる気がする。

「泥棒は自分中心」

これは上の言葉の続きなのだが、少し長いので分割した。上の言葉から「とにかく、若いやつには懲役の話をしたら、いちばんよくわかる」という言葉を挟んで続く。

「懲役に行った者は、いろいろ見ているだろう。泥棒してきたやつは盗人(ぬすっと)といわれて、いちばん軽蔑される。泥棒こそおのれ中心やからや。しかし、人を殺しても、おれは人のためにやったんやということで、暑さも寒さもそう苦にならない。看守の顔だってジロッと見られる。」

監獄で泥棒が軽蔑されるという言葉は興味深い。つまり犯罪を犯す者にもある種の美意識があり、それが転じて監獄内のヒエラルキーに繋がるということである。

二つのことを思い出した。

一つは、戦前の監獄では、監獄内で集会などがあって収監者で固まって座る時、非暴力団系の犯罪者が円の一番外に、その内側にヤクザの親分連中円の中心に右翼たちが座ったという話である。

つまり戦前は右翼が罪を犯した者のヒエラルキーでもっとも上位だったのである。

もう一つはうろ覚えだが、イタリアかどこかでは、性犯罪者、それもたしかロリコンの性犯罪者は、他の受刑者とけして一緒に収監しないという話だ。

というのは、ロリコンの性犯罪者はひどく軽蔑されているので、一緒に収監していると他の受刑者に殺されてしまうことがあるからだそうだ。彼らにも「こんな奴らと一緒にされたくない」という悪人なりのプライドがあるのだろう。

「通れるだけの細い道をあけて下さい」

「通れるだけの細い道をあけて下さい。いやと言われるなら大きい岩を動かしますよ」

柳川組が山口組の傘下に入り、山口組の全国制覇の先兵として各地方に出向く中、地元組織の者に対して必ず言っていたというこの言葉は、谷川康太郎の言葉としてはもっとも有名なものだろうと思う。

この「大きい岩」というのが何を意味するかといえば、「殺しの軍団」柳川組の巨大な戦闘部隊であることはすぐ理解できるが、一方で「細い道」というのは、どうやらプロレスや歌謡ショーなどの芸能興行のことだったらしい。(飯干晃一『柳川組の戦闘』)

つまりこの言葉は、「そちらの地元で興行を打たせて下さい。嫌ならうちと戦争になりますが、それでもいいですか?」という意味なのである。

そして断られた場合、柳川あるいは谷川と結縁した地元の対抗組織、もしくは大阪から呼び寄せた大量の柳川組組員を使って、些細なことで地元組織を挑発、思惑通り戦争になったなら一挙に叩き潰すという戦略を取っていた。

もちろん興行の許可が出たなら興行を行い、また和戦いずれにしろ地元組織を柳川か谷川と結縁させていたということである。

余談だが山平重樹の『仕事で使えるヤクザ親分の名言』では、この言葉は「通れるだけの道をあけてください。イヤといわれるなら大きい岩を動かしますよ」となっており、「通れるだけの道」と「細い」が抜かされている。

たぶん「細い道」の方が正しいのだが、それに加えてこの言葉の効果というのは、「細い道」と「大きい岩」の、「細い」と「大きい」の対照性・コントラストにあるように思う。

それによって、「わずかな譲歩を拒んだばかりに大きな災難を引き寄せていいんですか?」という風に、譲歩することに道理を感じさせながら脅す言葉なのである。

だからそれも含め、「細い」という言葉は抜かさない方がいいのではないかと感じる。(あともう一つ『仕事で使えるヤクザ親分の名言』にダメ出しするならば、ヤクザや半グレでもない限り、ヤクザ親分の言葉を仕事で使うことはまずないと思う…)

車の出世

「チンピラの頃は地下鉄や国電が足やった。兄貴分になると、それがタクシーになった。大幹部時代は運転手付きの自家用車や。はじめは国産やったがそれが外車になった。おもろいもんや。外車は一台から数台に増えた」

「綺麗ごとは嫌い」

「わしはキレイごとが嫌いや。みんなも腹のなか割ったらそやないか。弱体化したら潰される。強い組がのしていくのがこの世界です。そして、相手をやっつけてから大義名分をたてよる。わしらはそれをやらんだけです」

弱肉強食であればこそ、なおさらヤクザの世界は大義名分を大事にする。

しかし谷川は、大義名分など所詮後付けではないか、と率直に言っているのである。

「ぜったいに解散はせん」

この言葉は既に柳川組組長の座を退いていた柳川に、柳川組の解散を説得された時の言葉であろう。柳川は谷川康太郎を2日がかりで説得したという。

「おれ、ぜったいに解散せんぞ。解散はいやや。会長(柳川次郎)の顔もみとうない。おれが人に涙をみせたんは、これがはじめてや。おれの気持、わかってくれへんのか!」

柳川は何とか谷川を説得することに成功したが、柳川も谷川も当時服役中だったために、解散のお伺いを立てる手紙を人に託して田岡一雄のもとへと送った。

ところがその使者は手紙を自分の判断で届けなかったために、独断で組の解散を決定したということで、2人はヤクザの世界ではもっとも重い処遇である絶縁処分を受けることとなったという。

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