たけしが幹子夫人と離婚調停?結婚生活や調停の理由は?調停はデマ?

31日、ビートたけしと幹子夫人が離婚調停に入っているという報道がありました。

関係者によれば、去年の夏に入る前の5,6月ころ、突然、調停期日通知書が届き、幹子夫人をはじめ子供たちを驚かせているとのこと。

たけしは自ら立ち上げた「オフィス北野」からも独立、愛人とされる女性パートナーと新事務所を立ち上げたばかりです。

いったい二人の結婚生活に何があったんでしょうか?

たけしの離婚調停の理由について掘り下げてみました。

たけしが幹子夫人と離婚調停の理由は?

たけしさんは3年前に18歳年下の愛人とされる女性パートナーと新事務所「T.Nゴン」を立ち上げて、自分が作った「オフィス北野」から独立したばかりですね。

ひそかに進められた離婚調停ですが、財産のことも含め話し合いは難航しているようです。

幹子夫人とたけしは、別居しているとはいえ40年にわたって結婚生活を続けてきました。

またたけしの影に見え隠れする女性パートナーの存在が、なおさら問題をややこしくしているようです。

そこに彼女の存在が感じられる以上、簡単には応じることができないのでは、と関係者は語っています。

今は双方が代理人を立てて話し合いを進めているようですが、それが不調に終われば離婚訴訟になります。

早ければ今春にも裁判となり、年内に「離婚」が決定する可能性があるとのことです。

雲行きが怪しくなったのは、たけしの新事務所設立のあたりからで、その直前には幹子夫人と共同所有だった世田谷区の土地の所有権をたけしが自分の名義に変更したそうです。

17年の春からは「T.Nゴン」でたけしのギャラも管理して、幹子夫人の方には入らない状態でした。

たけしと幹子夫人の結婚生活

たけしと幹子夫人はどのような結婚生活を送ってきたんでしょうか?

実は幹子夫人は元漫才師、たけしがお笑いコンビ「ツービート」として漫才ブームで大ブレークする前に知り合っています。

子供は1男1女をもうけ、1983年に結婚。

売れない時代を支え、その後は「北野企画」などの会社を立ち上げ、たけしの莫大な収入の管理もしてきました。

たけしは結婚してからも夫人の家に帰るのは、結婚生活の全期間を合わせても4,5日、あるいは10,20日ぐらいという話で、最初から通常の結婚生活ではなかったようです。

妻の家よりも愛人の家に帰ることが普通だったそう

たけしにとって女性とは、極端な世話焼きだった自分の母親が理想で、「最近なんか、朝起きりゃ、寝たまんまパンツを履かせてくれて『はい、いってらっしゃい』なんて感じになるんだから」と語っています。

幹子夫人は元漫才師ではありますがお嬢様育ちだそうで、そういう世話焼きはしない女性であることから、今の結婚生活のパターンが作られたようですね。

まとめ

たけしのギャラは新しい事務所が管理するようになったとはいえ、夫人は都内の一等地に複数の不動産物件を持っているようで、離婚したところで収入には困らないのではないかと見られます。

また幹子夫人やお子さんも含めて、たけしのことは尊敬していることに変わりないといいますから、よほどのことがない限り、離婚までの過程がドロドロのものになるということはないんじゃないでしょうか。

以上、最後までお読みいただきありがとうございました。

追記・調停はデマか?

1月2日にたけしの事務所が「調停うんぬんということはまったくありません」と否定しているという報道が見られます。もしかしたら単なる先走った報道だったのかもしれません。

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