高原弘史朗は元お笑い芸人 同級生コンビでコンビ名は「おてもと」

お笑い

ブロガーやアフィリエイターの間では有名なサーバーである「ミックスホスト」ですが、代表の高原弘史朗さんは「元芸人」という経歴だそうです。

高原弘史朗さんの芸人時代のことについて調べてみました。

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高原弘史朗は元お笑い芸人 同級生コンビでコンビ名は「おてもと」

経歴に「元芸人」

高原弘史朗さんが元芸人というのは、ミックスホストのサーバーコラムの経歴にも書いてあることで、別に隠していることでもないようです。

ホームページでは、高原弘史朗さんの経歴として「元芸人」という言葉があります。

また代表挨拶などにも、お笑いについて「幼少の頃から憧れていた」としており、そのための資金作りでウェブマーケティングの世界に入ったとあります。

では高原弘史朗さんの芸人時代はどのようなものだったのでしょうか。

長崎出身の同級生コンビ「おてもと」

調べたところ、高原弘史朗さんは小中学校の同級生である江崎龍矢さんと、「おてもと」というコンビ名で活動していたようです。

高原弘史朗さんは長崎出身ですが、コンビも地域密着型で地元で活動していたそうです。

コンビ名「おてもと」の由来も、目の前にあった割りばしの袋からつけたと無造作につけたと、いかにもお笑い芸人らしくいい加減です。

ネタの動画などは残っていませんでしたが、コンビの活動としては、2人が長崎で、男女1,000人が参加する大規模な街コン「長崎コン」に盛り上げ役として参加したという長崎経済新聞の記事もあります。

またコンビで地元のラジオ局の番組に出演したこともあったとか。

参考:長崎・浜町を食べ飲み歩く「長崎コン」、男女1000人で初開催へ

参考:地域密着型お笑いコンビ⁉

相方と一緒にバーを2年間経営

さらに高原さんは、長崎大学工学部で現役の大学生だった時から、長崎市千歳町でバー「BAR PARTY GLASS」を経営し、お笑いの相方・江崎龍矢さんに店長をしてもらっていたようです。

2010年12月に開店したバー「BAR PARTY GLASS」は、残念ながら2年で閉店しましたが、常連からは多くの閉店を惜しむ声が聞かれたそう。

あと、閉店について伝える記事の中で、実は高原さんは大学の6年生で「3留している」のだとか。

参考:長崎の現役大学生経営のバーが閉店へ-FBに惜しむ声殺到

しかし公式のプロフィールではちゃんと「長崎大学工学部卒」と書いてるので、卒業することはできたみたいです。

お笑い芸人としての活動は2年間か

高原さんは「代表挨拶」で、もともとお笑いのための資金作りでwebマーケティングの世界に入り、2年で夢を同期に託して引退した、と書いてるので、芸人として活動したのは2年間だけだったようです。

その後一旦はお笑いの世界に踏み込みました。ですがその頃には、経営とウェブの世界の方が面白くなっていました。2年の活動ののち、夢は同期や後輩に託し、ひっそりと引退。

引用:代表挨拶

芸人さんが身を引く理由は、所帯を持つことで経済的な理由から引退したとか、力量の不足を痛感して引退したとか色々ありますが、「別の仕事(経営とweb)がそれ以上に面白くなって」というのは、ある意味で最高の引退理由じゃないでしょうか。

最後に

高原さんは今でもお笑いが好きなようですから、きっと芸人時代のことは現在でもいい思い出なんでしょう。

この記事は以上になります。

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