島田紳助とヤクザ|引退理由となった極心連合会の橋本弘文会長との関係

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島田紳助は暴力団との交際が理由で2011年8月に芸能界を引退しました。

彼と関係のあったのは山口組の直系組織である極心連合会の会長の橋本弘文でした。

島田紳助の引退理由となったヤクザとの関係についてまとめました。

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島田紳助とヤクザ|引退理由となった極心連合会の橋本弘文会長との関係

島田紳助の引退までの経緯

極心連合会の橋本会長に右翼とのトラブルを解決してもらう

島田紳助は10数年前、仕事に遅刻しそうになっていたところ、前をゆっくり走る右翼団体「大行社」の街宣車に怒って口論になりました。

その場は何事もなく収まったものの、後でテレビ番組でネタとして喋ったことにこの右翼団体が激怒、局にまで乗り込んでくるという騒動になります。

一説には話し合いの席でも平身低頭のスタッフをよそに、紳助は憮然としてしっかり謝罪しなかったといいますが、内心では事が予想以上に大きくなったことに焦り相談相手を探します。

しかし問題は解決せずに日々心労が募るばかりで、紳助は「もう引退するしかないのか」と考えるほど思い詰めるようになりました。

そんな時に、この悩みを知っていた元プロボクシング世界チャンピオンの渡辺二郎から電話があり、「橋本会長(山口組系極心連合会・橋本弘文会長)にお願いして解決した」と言われます

これは紳助から頼んだわけではなく、渡辺二郎が勝手に相談して橋本会長が解決してくれたのだといいます。

紳助は渡辺二郎の伝手で橋本弘文会長と会談、橋本会長は「芸能界で活躍することが恩返し」と相場1000万ともされる謝礼も無料で済んだといいます。

今後については、「芸能人とヤクザだから会うことはできない」と橋本会長は語り、紳助に「男は心と心で繋がっていればいいんだ」「俺が亡くなったら遠くから手を合わせてくれればそれでいい」と話したといいます。

後に渡辺二郎と島田紳助のメールが表に出て問題になりますが、橋本会長と紳助の直接のメールのやり取りなどがないのはそのような理由からのようです。

紳助は暴力団と繋がりができてしまったことを危惧することもなく、むしろ心強い庇護者を得たと思って強気になります。

ネットの噂によれば、この頃、紳助は激高すると相手に「俺のケツ持ちを誰と思ってるんや!極心連合会の橋本会長やぞ!」と怒鳴りつけていたといいます。

島田紳助とヤクザとの付き合いが発覚

そんな中、2007年に橋本会長とのパイプ役をしていた渡辺二郎が恐喝未遂で逮捕・起訴されます。

渡辺の証拠物を調べると、携帯のフォルダに106通もの島田紳助とのメールのやり取り、直筆の礼状、橋本との写真が保存されていたことが発覚します。

そこから吉本興業も紳助の携帯メールを入手、紳助を呼び出して事情を聞いたところ、メールを事実だと認め、自らの引退を申し出たということです。

島田紳助の引退

紳助は引退の記者会見でも「ぼくの中では『この程度』、この程度でも引退しなくてはいけない」「頻繁に密着していたわけではない」として、そこまで親密な付き合いはしていなかったと語っています。

島田紳介さん 引退記者会見!
島田紳助 芸能界引退緊急記者会見 ノーカット フル

紳助は暴力団との交際を絶つか、芸能界を引退するか、という2択を迫られた末に後者を選んだ、ということになります。

これについては「大恩ある橋本会長を裏切れない」と紳助が感じたという話もあれば、縁を切った場合の復讐が怖かったという話まで諸説あるようです。

しかし紳助自身は引退会見で「これからも付き合わないが出会ったことを後悔していない」「これからも芸能人関係なく人としての感謝は持ち続ける」と語っています。

島田紳助とヤクザの関係

ここから島田紳助とヤクザとの関係についてまとめます。

島田紳助と渡辺二郎

元ボクシング世界チャンピオンの渡辺二郎は「極心連合会の相談役」ともいわれていますが、紳助は渡辺二郎のこうした噂が出るかなり前から付き合いがあったそうです。

当時、紳助は渡辺二郎本人に何度も確認したところ、当人は暴力団員であることを否定しており、そのために紳助もその認識でいたそうです。

そのために紳助は渡辺二郎と直接のやり取りだけなら「セーフ」だと考えて、橋本会長と稀に連絡しなければいけない時はわざわざ渡辺を介していたようです。

島田紳助が引退会見で語った橋本弘文との関係

紳助は橋本会長と会った回数も、引退会見では「4,5回程度」としています。

橋本会長と紳助は互いに会うべきではないことを理解しており、そのために会ったのも4~5回であり、これが理由で引退に追い込まれたことには紳助は非常に驚いたそうです。

紳助の2011年8月の引退時の記者会見では、「(橋本会長と)最後に会ったのは4年半前、新しくオープンしたバーに現れて会った。お酒を飲んでお祝いとして多めに金を置いて帰られた」としています。この時も橋本会長は20分程度ですぐ帰ったそうです。

また他に、大阪ミナミで近くで橋本会長がいると聞いた紳助が、週刊誌で報じられて(おそらく逮捕時の報道か)大変そうな時期だったので元気づけるために会いに行き、「お元気そうですね」と挨拶して帰ったといいます。

この時、紳助は渡辺二郎には「会長の顔を見ました。元気そうでホッとしました」とメールしたそうです。

そして紳助が吉本の女性社員を殴打して謹慎していた時には、渡辺二郎から橋本会長が心配している旨のメールがあり、紳助は「ありがとうございます。お二人がついてくれているから僕は心強いです」と返したといいます。

このメールは紳助が吉本との話し合いで「送った覚えがあるか」と問い詰められたものだったそうですが、こうした文面のメールは当時、紳助は他の心配してくれた芸能界の先輩とのやり取りでも送っていたもので、特別なものではなかったとしています。

紳助のメール「ほんま警察むかつきますね!」

橋本会長は2005年6月に競売入札妨害容疑で、2006年3月にも詐欺未遂容疑で逮捕されており、この時にツーショット写真や紳助直筆の礼状なども押収されたようです。

この橋本会長の逮捕時に紳助が渡辺二郎に送ったメールの文面にあったものとして、「会長心配です! ほんま警察むかつきますね!という言葉はかなり流布されて有名になりました。

FRIDAYの報道

いつ撮影したものか不明ですが、島田紳助・橋本弘文(極心連合会会長)・髙山清司(山口組の若頭・弘道会の総裁)のスリーショットの写真が残されています。

2011年8月の紳助の引退会見では「一緒に撮った写真は存在しない」としていましたが、この写真は『FRIDAY』2011年10月21日号に掲載されました。

ちなみに橋本弘文は2019年11月9日に引退し、極心連合会も解散し、髙山清司は現在でも山口組のナンバー2として知られています。

他にもFRIDAYでは2011年10月に紳助が不動産取引の会合にヤクザをともなって現れたとして報じ、紳助と吉本興業は「すべて虚偽」として名誉棄損にあたると損害賠償を求めましたが、東京高裁は「真実と信じるについて相当の理由があった」として敗訴しています。

報じられた内容は次のようなものだったそうです。

紳助は京都のJR京都駅や阪急河原町駅近くの広い土地を手に入れるため、キーマンとなる地元の同和団体「崇仁協議会」の会長である川村眞吾郎氏に面談を希望します。

紳助は建設会社の京都支社に勤める会社員と、川村氏の紹介を希望して面談しますが、その席に極心連合会の幹部がいたということを報じられました。

川村氏は結局、この面談については「あそこは暴力団の絡む難しい物件だから、紳助さんのような芸能人が触れるものではない」として断ったそうです。

ただ吉本と島田紳助は裁判までして事実関係を否定しているので、本当に紳助が建設会社社員との会談時にヤクザをともなって現れたのかどうかは分かりません。

(おわり)

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