椿隆之さんのロードレイジ被害事件について思うこと

この記事は平成30(2018)年2月2日放送の『爆報!THEフライデー』の椿隆之さんロードレイジ被害事件に関する放送を見た私の記憶に基づいて書かれている。

思うに、是非善悪の判断と路上の危機管理・危険回避に関する判断や心得は全く別物である。読者にはまずそれを了解してもらった上で、この先を読んでもらいたい。

事件概要

2016年11月8日、仮面ライダー剣(ブレイド)の主人公を務めた俳優の椿隆之さんが、バイクに乗った男とのトラブルが発端となり、その男の弟にゴルフクラブで殴られ顔面を粉砕骨折するという事件が起きた。

事件を時系列順に

事件の詳細な経緯を時系列順に整理してみる。
1、椿隆之さんが舞台稽古を終え帰る途中、狭い路地から歩行者優先のT字路に抜けたところ、左手の道から現れたバイクの男とあわや接触寸前という事故になりかける。
2、バイクの男は一方的に「危ないだろ」と怒ってきたので、椿隆之さんも応酬して口論になる。
3、バイクの男は携帯で警察を呼ぶ(或いは呼ぼうとする)。
4、椿隆之さんは「冷静な第三者が必要だから、友達を呼ぶ」と言い残し近くの稽古場に向かう。
5、椿隆之さんを待っている間に、バイクの男は自分の弟を携帯で呼ぶ。
6、椿隆之さんは稽古場から友人を連れて戻り、また椿隆之さんとバイクの男は話し出す。椿隆之さんの友人は冷静に話を聞いている。
7、バイクの男の弟が現れ、椿隆之さんを威嚇する。
8、四人になってまた口論が続く。
9、バイクの男の弟が一度現場を離れる。
10、戻ってきたバイクの男の弟の手にゴルフクラブが握られており、それで椿隆之さんの顔面を強打する。

最初に私は是非善悪の判断と路上の危機管理・危険回避に関する判断や心得は全く別物と書いた。是非善悪の立場から言えばこの事件はどのように言えるか?
「バイクの男の弟が悪い」
それだけだ。

ではひるがえって、椿隆之さんの行動や選択を路上の危機管理・危険回避という点で見た場合、現に椿隆之さんが選んだ道以外の、引き返すポイントや選ぶことのできた選択肢とは何だったのか。

東名高速道路のロードレイジ事件

たとえば同じロードレイジ事件でも、2017年6月5日に東名高速道路で一家の乗る車が追いかけられ、後続のトラックに追突されて娘二人を残し夫婦が亡くなるというロードレイジ(交通トラブル)事件の場合、選択を変えることによって危険を回避できるポイントは、最初の「パーキングエリアで車の止め方を注意しない」という1点しかない。
もしくは高速で追いかけられても、ドライビングテクニックでまいてしまうということだが、これは明らかに少数の人にしか実践できないことだから2点目と数えるのは無理があるだろう。誠に持って気の毒としか言いようがない。

「バイクの男」はどの程度危険な相手だったか

この事件に限らず、トラブル全般について言えるのは、トラブルの相手がどの程度危険で(乱暴な言い方になるが)タチが悪い人間かどうか、というのは決定的に重要であるということだ。東名高速の加害者は、口論から徐々にヒートアップするなどの過程を経ずに、たった一度注意されただけで不満を持って高速道路で被害者を追跡するという危険な行動に出ていることから、かなりタチが悪い、つまりトラブルの相手として危険な部類といえるだろう。

それでは椿隆之さんが最初にトラブルになった「バイクの男」はどの程度危険な相手なのか?
私は「バイクの男」はそれほど危険でもなければタチの悪い相手でもないと思っている。それはトラブル時、どの地点で判断できるかというと「バイクの男が携帯で警察を呼んだ時」である。

何故ならわざわざ自分から警察を呼んで警察立ち合いの元で相手に危害を加える加害者などまず存在しないからだ。

つまりこの時点で「ああ、このトラブルの相手はそう危険なタイプではない」と判断できるし、本来なら椿隆之さんもここでひとまず安心していいところだ。

そして現に椿隆之さんに加害行為を働いた男は「バイクの男」ではなく「バイクの男のである。

椿隆之さんのロードレイジ事件における危険回避のポイント

椿隆之さんのロードレイジ事件については、東名高速の事件と違い、危険を回避できたポイントは少なくとも二点あると私には思える。

まず第一に、バイクの男が最初に食って掛かってきた時に、謝ってしまう、もしくは適当に受け流してしまう、ということだ。この時点ではどちらも怪我をしていないのだから、こちらから謝罪することによって生じるデメリットは少々プライドに障るということだけだ。

第二に、「稽古場の友人を呼ばずに、バイクの男が呼ぶ警察を大人しく待つ」ということだ。
私には特に「稽古場の友人を呼んだこと」は致命的誤りに思える。
これは相手の「バイクの男」の立場になってみるとよく分かる。

なぜ「稽古場の友人を呼んだ」のは致命的な誤りか

椿隆之さんは「冷静な第三者」として稽古場の友人を呼んだのだが、バイクの男からするとどうだろう。バイクの男は椿隆之さんの稽古場の友人とは(よほど奇跡的な確率でバイクの男の知り合いではない限り)初対面だ。ということは稽古場の友人はバイクの男からすると「冷静な第三者」になりえるような人物なのか全く未知数だ。

そしてバイクの男からすると自分と現にトラブルになっている椿隆之さんの友人は「第三者」なのか? もちろん違う。バイクの男からすると「椿隆之さんの友人」は「第三者」ではなく「椿隆之さん側の人間」である。

つまりバイクの男からすると、椿隆之さんがこれから連れてくる稽古場の友人とは「冷静かどうかも未知数の、相手(椿隆之さん)側の人間」だということだ。

これから来るであろう「相手(椿隆之さん)側の人間」に不安を覚えたのか、それとも対抗心を燃やしたのか分からないが、バイクの男は「自分側の人間」つまり加害当事者となった「自分の弟」を呼ぶことになる。

つまり椿隆之さんの「稽古場の友人を呼ぶ」という行為が重要なトリガー(切っ掛け)となり、未来の加害者である「バイクの男の弟」を現場に呼び込んでしまったのだ。

また稽古場の友人を呼ぶという行為が間違っているもう一つの点は、そもそも椿隆之さんが来るまで待たなかった警察こそが、本当の意味での「冷静な第三者」に他ならないからだ。

もう一点だけ、椿隆之さんには「稽古場の友人を呼ぶと言ってそのままバックレてしまう」という選択肢もあったが、これはあまりおススメできない。というのもトラブルの相手が予想以上に執念深く、後日同じ場所やその近辺で待ち伏せされるかもしれない、というデメリットがあるからだ。

この事件への私の印象

最後に、危険回避に関するものではないのだが、この事件への私の印象を書いておく。

一つは、特にアクション系などの俳優さんのプロフィール欄を見ると、しばしば特技として空手や柔道といった記述が散見されることがあるが、椿隆之さんのプロフィールにはそのような記述がない。

椿隆之さんは普段から正義感が強く、当該事件以外でも駅などでよく他人のトラブルの仲裁などに入ることが多かったという。たとえ善意からであれ、そのように積極的にトラブルに介入する自分の性格について把握しておきながら、武道や格闘技などの訓練を何もしていないのは、いくら185センチという恵まれた体格とはいえやや不用心という印象を受ける。後ろから突然襲われたわけでもないのに、ゴルフクラブによって記憶が飛んでしまうほどの直撃を顔に受けてしまったのは、そのせいもあるだろう。

また、椿隆之さんが事件時にとった行動を詳細に検討すると、正義感が強い人にありがちな視野の狭さがほの見えるように思う。相手も自分と同じ人間で、相手なりの正義や言い分もあるのだという当たり前のことを看過してしまった場合、説得するにしろ相手の気持ちをなだめるにしろ上手くいかなくなることが多い。

そして、椿隆之さんがバイクの男と口論になったのは「正義感から」とされていることにも違和感を覚えた。もし直接トラブルになったのが椿隆之さん以外の人で、そこに仲裁に入ったというのならそれも分かる。だが今回の件についてはトラブルになったのは本人なのだ。そこでバイクの男相手に突っ張り続けたのは、純粋に正義感からだけなのだろうか。

たしかに「バイクによる危険運転について注意する」のは正義と全く無関係とは言えないかもしれない。しかしどちらも怪我をせずに事故を回避できたバイクの運転について、絶対に相手に非を認めさせるというのはそれほど重大な正義なのだろうか。

彼がバイクの男に徹底的に食い下がったのは、通常の意味での「正義のため」というよりかは、「自分の方が正しい」という「プライドのため」という方が大きいのではないだろうか。

結局のところ、かなりキツい表現になってしまうが、私にはこの事件は前途有望な俳優さんが自分のプライドを守るために戦ったが、自分のプライドどころか肉体すら守ることができなかった、という話に思える。

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