抑うつ状態の少年とその両親の話

米国で1983年に出版された、心理カウンセラーのM・スコット・ペックによる『平気でうそをつく人たち』は、道徳的な価値判断を交えない心理学の慣習を破って、「邪悪さ」という概念を導入し、そうした性質を持った人々の臨床記録を大胆に提示した。

ペックの意図は、その種の人々を単に批判することではなく、確かに我々の社会に存在し、臨床的にも出会う機会のある人々のその性質に対して、明確に名付けることによって対処しやすくする、というものだった。

というのも、そうした人々は、それと向き合う心理カウンセラーにすら、おぞましい恐怖や嫌悪感を与え、カウンセリングに混乱をもたらすからだ。

ここでは、そうして紹介されている実例の中でも、特に私が関心をひかれた、「邪悪さ」の性質を巧みに描写している話を紹介する。

抑うつ状態の少年とその両親の話

患者はロージャーという15歳の少年だった。

少年は成績が目に見えて低下したことを、両親に心配されて連れてこられた(我が国ではそのような理由からカウンセリングが行われることはあまりなさそうだが、アメリカではカウンセリングが日本より身近なために、そのような理由で連れてこられることがあるようだ)。

こうした若い、まだ子供の患者は「みなし患者」と呼ばれる。

というのも、当の少年はまだ子供で、その問題の多くは両親の方に見い出されるからだ。ゆえに、その子供は、カウンセリング当事者として「一応、患者と見なされる」という意味で「みなし患者」と呼ばれるのである。

少年とのカウンセリング

カウンセラーのペックが初めて少年に会った時、少年は明らかに生気のない表情をしており、抑うつ状態にあった。

その種の少年と話す場合には常にそうであるように、ペックが何を訊いても少年から思わしい、手応えのある反応を得ることはできない。

切り口を変えて、「何でも三つだけ願いが叶うならば何を叶えたいか」という話をした時、はじめてそれらしい反応を得ることができた。

一つ目は「ステレオが欲しい」

二つ目は「バイクが欲しい」

ペックは少年が答えるたびに「いいねえ」と褒め、より少年が乗り気になって、率直に話し、カウンセリングの手掛かりになるような答えを引き出そうとする。

そして三つ目の答えは「寄宿学校に行きたい」だった。

ペックは「これだ」と思い、なぜ寄宿学校に行きたいか訊くが、「何も話すことはありません」と拒絶的な反応を得る。

そして少年は他にも「家も学校も問題ない」と言う。

結局分かったのは、去年の秋に寄宿学校に行きたいということを両親にお願いしたが、却下された、ということだけだった。

しかし、一回目の面接の成果としては、まずまずのものだった。

両親との面接

次にカウンセラーのペックは、ロージャーの両親と面接を行った。

その「R夫妻」は、一見して上流の洗練された雰囲気の、裕福そうな夫妻だった。

夫妻は家庭の事情を話し、そこにこれといった問題がないのに、何故このようなことになったか分からない、と言う。

その話しぶりも、夫妻の洗練された社交術のために気持ちのよいもののはずだが、しかしカウンセラーのペックは夫妻に何か「漠とした不安」を感じる。

ペックが寄宿学校のことについて訊くと、R氏は息子がそういう希望を述べたことを覚えていないようだ。しかし妻の方は思い出し、夫(R氏)にそれを教える。夫人は、夫婦ともに、「年端もいかない子供が親元を離れるべきではないと考えた」と言う。

「だけど、先生がそのほうがいいとおっしゃるのなら、もういちど考えてみたほうがいいと思うよ」R氏が口をはさんだ。「どう思います、先生? 寄宿学校に入れれば息子の問題は解決するとお考えですか」

この答えを訊いてカウンセラーのペックは混乱する。

もし家庭に問題があり、少年が家庭から出るために寄宿学校に行くことを望み、両親がそれを阻んだなら、寄宿学校について夫妻がもっと反発するはずだからだ。

しかしペックは「この年頃の子供には自分にとって何がいいか掴む直感的な能力がある」と言い、だから今すぐ決める必要はないが、おそらく寄宿学校に行かせるのが現時点では最良の選択肢だと思われる、と話す。

そしてペックは、知り合いの心理テストの専門家である「レブンソン博士」のテストを少年が受けるように勧める。

一か月後にペックはレブンソン博士と会うが、予想通り少年の両親から連絡はないという。ペックは、これでもう少年や両親と関わることはないだろうと思う。

少年が窃盗事件を起こす

しかし半年ほど経ってから、突然R氏から連絡が入る。少年が、お世話になっている神父の家に、窃盗に入るという事件を起こしたらしい。

少年はあれから転校して、別の学校(セント・トマス校)に通っているが、その学校の校長からカウンセラーのペックのもとに手紙が届く。

少年は成績こそあまり良くはないが、学友や教職員から好かれている、また地域社会問題のプログラムでも活躍している、もし先生(ペック)がその方がいいと言うなら、他の少年は退学処分を既に受けたが、ロージャー少年だけは特別に在籍させるつもりである、とのことだ。

またロージャーは昨年のクリスマス休暇で、ニューヨークで開かれた「精神遅滞会議」(知恵遅れの子供に関する会議)で学校の代表者に選ばれた、とのことだった。

少年と二回目のカウンセリング

二回目のカウンセリングでは、少年は相変わらずうつ状態にあったが、以前と違ってやや敵意と虚勢を感じさせる態度だった。

少年は神父のことは好きで、なぜ盗むに入ったのか分からないと語る。

少年はほとんどの場合、曖昧な返事をしたが、寄宿学校にもう行きたいとは思わない、今いるセント・トマス校に残れるようにしてほしい、ということだけ、はっきりカウンセラーのペックに意思表示をした。

ニューヨークで行われた「精神遅滞会議」について訊くと、部屋が汚れているという理由で行かせてもらえなかったらしく、それを聞いて思わずペックは憤りを露わにしてしまう。

ロージャーの顔が無表情になった。「それでいいんです」
私は、自分の声に怒りの調子がこもるがままにして言った。「それでいいって? 君はごほうびにニューヨークに行かせてもらえるはずだったんだぜ。君がいいことをしたからなんだ。それなのに行かせてもらえなかった。なのに、それでいいって言うのかい。そんなばかな話ってないだろう?」

その少年の無意識の不満から、少年は神父の家に盗みに入ったのだとペックは気づく。しかしペックがそう言っても、ロージャー少年自身は「わかりません」と答えるだけだった。

両親との面談

ロージャーの両親と面談すると、夫妻はレブンソン博士の心理テストを受けなかったことについて、最初の面接時のペックの小さな言葉尻を捕まえたり、「息子は気乗りしないようだった」とか「自尊心が傷つくのではないかと思った」とか言って、巧みにペックとロージャー少年のせいにしてしまう。

ペックは率直に、部屋が汚いという理由で少年をニューヨークに行かせなかったことを咎めた。「部屋が汚い」ということが、少年が努力によって手に入れた褒章を禁ずるほどの理由とは思えなかったからだ。

ペックは息子さんは今の学校が気に入っているので、もう(寄宿学校へ)転校の必要はないこと、また、もう一度レブンソン博士の心理テストを少年が受けられるように勧める。

そして思い切って「夫妻がカウンセリングを受けた方がよい」と言う。

一瞬沈黙した後、R氏は「面白がっているような笑み」を浮かべる。

ペックは、二人には少年への共感が全くないと述べ、少年の心の状態を改善するために与えた、「寄宿学校への転校」と「レブンソン博士の心理テストを受けるべき」とした自分の助言を無視したこと、また学校で少年へのご褒美としてニューヨークに行けるはずだったのにそれを禁じたこと、こうした判断は全て、「夫妻が無意識に息子に憎しみを抱いていること」を示していると伝える。

R氏は、それはペック個人の判断に過ぎず、信頼するに足りないと主張する。

夫人は、叔父がアルコール中毒だったことを引き合いに出し、何かしらの遺伝的原因で、自分たちの行動とは無関係に息子が悪くなった可能性もあると言う。

ペックは恐怖心を覚えつつ、丁寧に、「遺伝が原因である可能性は低く、一般的に考えて少年のうつは十分に治療可能であり、これはおおむね98%は正しい」だろうこと、そして「即急に対処すべきで、時間の猶予はあまりない」と説明する。

しかしR氏は相変わらず、ペックの言葉尻を捉え、ペックに診察不可能な遺伝的な病気の可能性もある、と言う。

「いいですか。私が最も驚いたのは、お二人が、ご自身が治療を必要としていることを認めるくらいなら、ご自分の息子さんが不治の病を持っていると信じるほうがましだと考えておられる、つまり、息子さんを抹殺してしまいたいと考えておられるように見えることです」
ほんの数秒のあいだではあったが、私が見ることのできたものは、二人の目のなかの恐怖、純粋な動物的恐怖だけだった。しかし、次の瞬間には二人は、持ち前の洗練された落ち着きをとりもどしていた。

同じような押し問答が反復され、実りのないまま少年の両親との面談は終わった。

その後、ペックは夫妻の抵抗を押し切り、ロージャーと最後の会話を交わす。

この会話の中で、ペックはロージャーに「セント・トマス校に残れるように校長に電話で話をする」という話をしているので、(その電話をしたという記述こそないものの)おそらく実際にしたのだろう。

最後に受け取った便箋

3週間後、ペックはR夫人から小切手の同封された便箋(びんせん)を受け取る。

それにはこう書いてあった。

先日は、突然ではございましたが、ふたたびお時間を割いていただき、大変ありがとうございました。夫も私も、息子のロージャーのことで先生が示してくださったお心遣いに心から感謝申し上げております。先生のお言葉に従い、ロージャーを寄宿学校に入れたことをお伝えしておきたいと思います。ノースカロライナの陸軍学校で、素行に問題のある子供の教育では大変評判のある学校です。これで、すべてがうまくいくものと確信しております。いろいろとありがとうございました。

それっきりロージャーがどうなったかは分からない。

著者ペックは、「おそらくR夫人は、『先生のお言葉に従い』と書いたとき、彼女自身、実際にそう信じこんでいたのだと私は考えている」と書いている。

ペックはときおり「彼のことを思い出し、彼のために祈っている」という。

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