大崎洋(吉本興業会長)と明石家さんま・ダウンタウンとのエピソード

吉本の闇営業問題で注目をされているのが、吉本所属の芸人もさることながら、彼らが所属している吉本という会社そのものです。

その吉本で、2019年4月1日に社長から会長になったのが、ダウンタウンの初代マネージャーだったことでも知られている大崎洋(おおさき ひろし)氏です。

この大崎洋氏と明石家さんま、ダウンタウンとのエピソードなどを調べてみました。

大崎洋(吉本興業会長)

出典:「よしもと」次の100年 大崎洋社長に聞く お笑いだけ、ちゃいまっせ

プロフィール

名前:大崎洋(おおさき ひろし)

生年月日:1953年7月28日

出身:大阪府堺市

高校:大阪府立泉北高等学校

大学:関西大学社会学部卒業

職業:吉本興業ホールディングス会長・前社長

経歴

大崎氏は関西大学に2浪して入りました。

吉本に入社した理由は、当時サーファーだったために私服で通勤可能な会社だったから選んだそうです。

同期入社3人のうち、ひとりは、なんば花月と人気者の桂三枝(現・文枝)や売り出し中の明石家さんまさんを担当、もうひとりは、うめだ花月と絶頂期の横山やすし・西川きよし、勢いのあった島田紳助・松本竜介を担当しました。

そして、自身はうめだ花月より格下と見られていた京都花月に配属され、「ミスター吉本」と呼ばれた木村政雄さんの下で猛烈にしごかれることになります。

木村政雄は横山やすし・西川きよしのマネージャーを8年半つとめた経歴を持つ吉本の元社員。1980年に東京事務所(現在は東京本社)の所長になり、部下の大崎洋とともに漫才ブームを築く。2002年10月、当時社長だった林裕章と対立したことが原因で退職したとされる。現在は「木村政雄の事務所」(「の」は鏡文字)で活動。
大崎氏の経歴はWikipediaによれば次のようなものです。

1978年 吉本興業株式会社に入社
1980年 吉本興業東京支社(当時は東京事務所)へ上司の木村政雄と共に異動
1982年 吉本興業東京支社(当時は東京事務所)から大阪の吉本総合芸能学院の担当社員へ異動
2000年 株式会社ファンダンゴの取締役に就任
2001年 吉本興業の取締役、株式会社アール・アンド・シーの取締役に就任
2002年 株式会社有明スタジオの取締役に就任
2006年 吉本興業取締役副社長に就任
2009年 吉本興業代表取締役社長に就任

引用:Wikipedia

上記の経歴には未記載ですが、現在の吉本社長は岡本昭彦氏で、大崎氏は会長になっています。また一時期、「ガキ使」でお馴染みの藤原寛さんが吉本の社長になったという話も聞かれましたが、それは「吉本興業ホールディングス株式会社」ではなく、その子会社の「吉本興業株式会社」になります。

そしてその藤原氏は、おそらく岡本昭彦氏が社長に就任してからでしょうが、いつの間にか「副社長」に降格されているようです。

大崎洋と明石家さんまとのエピソード

明石家さんまはかねてから60歳になったら芸能界を引退する、としていました。

しかしさんまのギャラは吉本全体の8分の1ともいわれ、辞められては困る会社によってご機嫌取りをされて引き止められている状態です。

また「先代の林(裕章)社長には育ててもらった恩があるが、現在の(おそらく発言当時は大崎社長)社長にはお世話になっていないから、好きな時に辞めさせてもらう」と言っていました。

しかし義理堅いさんまはそれでも自分が抜ければ大きな穴ができると分かっているため、なかなか辞めるにやめられず、一説には島田紳助が辞めた時、「自分の力で紳助を復帰させるので、その代わり60歳で引退させてほしい」と言ったといいます。

紳助の引退会見直後、大崎氏に相談されたさんまは「俺に任せろ」と言い、関西ローカルなどで「紳助は復帰してもいい」などと発言して紳助復帰への空気作りをしていました。

しかし結果的にそれには成功せず、引退できなかったさんまは現在でも現役で活躍しています。またさんまの「いつでも辞める」発言は、もう一つには「俺に代わる若手を育成しろ」という会社へのメッセージだと解釈している業界人も多いようです。

大崎洋とダウンタウンのエピソード

大崎氏はダウンタウンの初代マネージャーとしても有名です。

大崎氏が初めてダウンタウンを見たのは、1982年に『吉本総合芸能学院(NSC)』が開校し、大崎氏が同学院の担当になった時だといいます。

ダウンタウンはNSCの一期生でした。

それを見て、大崎洋はダウンタウンのネタの運びやしゃべり方の間、手振り身振りの表現力、何よりも発想の突拍子さに衝撃を受けたといいます。

大崎氏とダウンタウンとの興味深いエピソードとして次のようなものがあります。

最初はもちろん無名のダウンタウンのスケジュールは真っ白でした。会社からも相手にされていないダウンタウンでしたが、大崎氏は彼らのマネージャーを引き受けます。

「真っ白なスケジュールを渡してもしょうがないので『○月×日△時から大崎とコント打ち合わせ』などと3人だけのスケジュールを書き込んで彼らに渡しました。それでも2人は『これは仕事と違いますやん。大崎さんと打ち合わせしているだけですやん』とは言わずに『ありがとうございます』と受け取って、時間どおりにやってきて、3人で一生懸命黙々とネタ作りに励んだ」

引用:ライブドアニュース(女性自身)

新人のころから鼻っ柱が強くて生意気だったと専ら言われているダウンタウンですが、意外にも健気な一面があったそうです。

またある日、松本人志と大崎氏は一緒にスポーツジムに行くと、そこで25メートルのプールがあって、2人でそこに入ったとき、ふっと「今は一緒に過ごしているけど、売れるようになったら僕の言うことなんか聞いてくれなくなるなぁ。でも、松本が間違った方向へ進もうとしていたら、絶対にとめなければいけない」と思ったといいます。

そこで「25メートル1回も息継ぎせずに潜水したら、将来俺の言うことを聞いてくれるか?」と尋ね「ええ、いいですよ」と約束させました。

 実は元水泳部で潜水はお手のものだった大崎社長。泳ぎきった大崎社長は松本にそのことを約束させることに成功。この日の約束は、後に果たされることとなる。

「ある出来事があって、松本が頑として首を縦に振らなかったときに『あのときのプールの約束、今使うわ』と言って。松本は『えーっ、こんなときにですか……』と言いながら『わかりました』と苦笑していましたね(笑)」

引用:ライブドアニュース(女性自身)

またまだ松本が映画を撮っていなかった時、楽屋で、「これから本出したり、映画撮ったりいろんなことしような」と話しかけると松本はこう返したといいます。

 「大崎さん、何でそんなこと言うんですか。僕は金持ちの家に生まれたわけでもないし、運動神経がいいわけでも、ギターが弾けるわけでもない。やっとお笑いっていうものを見つけて、100メートル走を一生懸命、走ろうとしているのに。走り幅跳びもしなさい、棒高跳びも、て」

引用:ZAKZAK

しかし結果的に松本人志さんは映画を何本か撮ることになります。

大崎洋が登場するダウンタウンのドッキリ動画

またダウンタウンの番組に出演している吉本社員といえば「藤原」さんが有名ですが、かつては大崎氏もダウンタウンの番組で、浜田と松本が大ゲンカするというドッキリ(下の動画)に仕掛け人として登場しています。

【ダウンタウン】浜田と松本が大ゲンカ!ビビる東野、号泣する今田

大崎氏はダウンタウンの二人と組んで全員が大ゲンカするというドッキリを仕掛けた揚句、まだ若かった今田耕司さんが泣いてしまうほどの熱演を披露しました。

これを見るにつけ、大崎氏は一般的にいう「社長」「会長」のイメージとは違い、デスクワークではなく、現場(バラエティ・舞台や劇場)をよく知る人という印象を受けます。

以上になります。

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