大川宏洋は大川隆法の長男でYouTuber?清水建設に務めていた?

幸福の科学の総裁である大川隆法には5人の子供がおり、その5人はいずれも全員が教団の経営に関わっていた。

しかし長男の大川宏洋(おおかわひろし)は、教団との決別を宣言して別の道を歩き始めている。

この大川宏洋はどのような人物なのか、経歴を調べてみた。

大川宏洋の画像

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大川宏洋の経歴

小学校に上がるまで

大川宏洋は 1989年2月24日、大川隆法を父として大川きょう子を母として、母方の実家である秋田・矢島町(現・由利本荘市)の病院で生まれた。

大川夫妻には5人の子供がいたが長男である。3歳くらいまで秋田と東京を行ったり来たりして生活をしていた。幼少期は父母より祖父母と過ごした時間の方が長いという。

大川隆法東大卒で学歴至上主義者でもあることから、小学校に上がる前から「とにかく東大法学部に現役合格せよ」と言われていた。

「東大早慶以外は大学ではない」「何事も一番でなければ意味がない」というのが大川隆法の教えだったという。

4歳、5歳のころには開成中や麻布中などの有名進学校、東大の学園祭などに連れていかれ、「お前はここに行くんだぞ」と念押しされ続けた。

幼稚園には通うことはなく、朝8時から夜8時まで『太陽の法』といった経典の内容を頭に叩き込まれたという。当時は友達など一人もいなかった。

家庭環境

大川家で食卓を囲む時は、父の隆法がひたすら教団職員などの人物評や政治について喋り続け、それを子供たちは聞く、という独特のものだった。子供が発言することは許されなかった。

食事が終わると隆法は歴史や宗教の本を読み始め、リビングではNHKの教育テレビや歴史教材といったものが延々流され、子供はそれを見続けた。

私語は許されず、喋ると隆法は「うるさい、バカ波動を出すな」と怒ったという。

子供が粗相すると秘書のクビが飛ぶので、秘書にはいつも「総裁先生の前で余計なことをするな」と陰で殴られていたらしい。

地元の公立小学校に入ったころ、ようやく何か自分の家庭がおかしいということに気づいた。送迎は車で、授業参観には秘書が来ていた、といったところからだった。

当時、教団の秘書からは、あなたに友達は必要ないと言われ、放課後は自宅に直行して勉強し、修学旅行にも行かなかったという。

部屋は一人部屋だが監視カメラがついており、5人兄弟全員が見張られていた。

中学受験に失敗して立場が一変

宏洋が麻布中学に落ち、東京学芸大学付属竹早中に進学すると、隆法は明らかに宏洋に失望し、扱いがまったく変わる。

大川家は4階建てで、3・4階が両親、2階が子供、1階がスタッフなのだが、麻布中受験に落ちると、宏洋の部屋は1階の隅になり、2階以上への立ち入りが禁止された。

食事も家族と別になり、父母や姉妹との接触がなくなった。

父母は中学受験の失敗を、互いに相手のせいにしたために夫婦関係が悪化。

その後離婚しているが、宏洋は自分の中学受験の失敗のために両親の仲が悪化したために、責任を感じたという。

後継者に位置づけられていた宏洋が退けられたことで、兄弟や姉妹も自分が一番になる可能性が出て競争心が激しくなり、喧嘩の回数が増えて兄弟仲まで悪化している。

両親の離婚

高校は中学受験の失敗を挽回して早稲田大高等学院に進学できたが、恋愛も楽しみたかった宏洋は男子校であることにストレスを感じ、1年で青山学院高等部に入学し直す。

父からは「理解できない」と言われ、とうとう自宅から追い出されて月5万の仕送りをもらって教団の職員寮の六畳一間に住むことになった。

高校1・2年の間は家族と会うこともまったくなくなった。

しかし高校3年で異変が起こる。母から連絡があり、別れたいということだ。

中学受験の失敗以来仲が悪かった両親だが、仕事面でも折り合いが悪くなっていたようだ。

教団のナンバー2の母の教団の切り盛りがうまくいかなくなり、隆法に「実権のない名誉職に退いてくれないか」と提案されると大ゲンカになってしまったことが原因だった。

両親の離婚について話し合うために久しぶりに5人兄弟で集まると、母についていっても食えないので、父についていくことが決まった。

一番下の妹はまだ小学生だったが、みな両親に特別な感情を持っていなかったという。

結局離婚するまで5年ほどかかったが、宏洋が母と父のパイプ役をすることで徐々に父親と宏洋との関係性は回復し、母親の部屋が空いたこともあって大学4年まで実家に住むことになる。

教団での仕事と林建設への就職

大学1年から教団のアニメ映画「仏陀再誕」の脚本など、教団の仕事を手伝い始めた。

映画製作は楽しく、これを自分の仕事にしたいと感じ始めた。

当人は教団の仕事というより、映画の仕事に就いたという感覚だったという。

しかし次第に映画の仕事は減り、教団中枢の仕事が増えた。

稟議書にハンコを押すだけで月収100万以上もらえたが、社会人経験も積めないことが不満で、父親に直談判した。

かなり揉めたが隆法はしぶしぶ認め、この時に林建設に就職、3年ほど働くことになる。

大川総裁の長男として生まれたことへの感謝【宏洋氏の質疑応答より(2012年12月)】

YouTubeを始め、教団から離れる

その後、教団に呼び戻されて系列芸能事務所「ニュースター・プロダクション」の社長に就任した(この頃、ようやく両親の正式な離婚が成立している)。

2012年に大川隆法は30歳ほど年の離れた教団職員の近藤紫央(大川紫央)と結婚、出身が同じ徳島で話が合うようで、何人かの結婚候補のうちに迷っていた隆法に宏洋は近藤紫央がいいと勧めたという。

2016年には映画『天使にアイム・ファイン』『君のまなざし』といった作品に携わり、2017年3月に自身が座長を務める「劇団新星」を立ち上げている。

2018年の8月23日からYouTuberとしてデビュー、10月1日にアップロードしたYouTube動画内で教団との絶縁を宣言した。

現在まで教団は「退職ではなく休職」としているものの、重ねて2019年の1月に、宏洋は正式な書面を送って幸福の科学を退職している。

【音声公開】幸福の科学に対して法的措置をとりました【狂乱の宴】

最後に

大川宏洋によれば、兄弟は全員「洗脳」されてはおらず、単に家業として教団と関わっているという意識らしい。

大川宏洋は週刊文春の記事上で、「父は、僕にとって最高の反面教師」「名誉欲や金銭欲にまみれると、人生で一番大事なものを失う」と述べている。

大川宏洋のSNS等
Twitter:hiroshi19890224
インスタグラム:hiroshi19890224
YouTubeチャンネル:宏洋神の子の日常
YouTubeチャンネル:宏洋 地上に舞い降りた堕天使狂乱の宴

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