岡田准一が格闘技に目覚めた理由は高岡蒼佑とのトラブル?関東連合が関係の噂も

V6の岡田准一さんといえば、格闘技に精通しており、鍛え上げた肉体で有名です。

しかし以前はザ・ジャニーズの正統派美少年だった岡田さんが、いつの間に肉体派に路線変更したのでしょうか。

岡田さんが格闘技にのめり込んだのには、表向きの理由と、またそれとは別に「本当はこれが理由」という二つの説明があるそうです。

ここでは岡田さんが資格を持つ3つの格闘技を紹介した後、岡田さんが格闘技にのめり込んだ表向きの理由と影でささやかれている噂の両方をご紹介します。

岡田准一は3つの格闘技に精通

岡田さんは3つの格闘技の資格を持つことで知られています。

格闘技によほど詳しくない限り、このすべては知らないと思いますが、それは

  1. ジークンドー
  2. カリ
  3. USA修斗

の3つです。

ジークンドー

最初の「ジークンドー」はかのブルース・リーが自分が学んだ様々な武術のエッセンスを取り入れて作った武道で、実戦的であるとして名高いものです。

よく格闘技・武道マニアは、有名な武道や格闘技でも「路上では必ずしも強くない」なんて(自分はそこまで実戦経験豊富でもない癖に)ディスったりするものですが、そんな小うるさい格闘技マニアでも(私の周りだけかもしれませんが)、「ブルース・リーのジークンドー、佐山聡の掣圏道(掣圏真陰流)を学んでいる者はガチで強い」と言う人は多いです。

カリ

さらに「カリ」はインドネシアの伝統的武術で、武器を用いるものだといいます。

ジークンドーは素手の武術ですが、カリは徒手空拳の他にも、剣、短刀、剣とナイフの二刀流、棒術といった様々な武器術を扱います。

沖縄空手のインドネシア版みたいなものに、(空手は刀を取り上げられた影響で剣術がないと思われるので)さらに剣術をプラスしたというイメージの武道でしょうか。

USA修斗

そしてUSA修斗は、佐山聡が掣圏道を作る前に作った、ルールの範疇で打撃・投げ・関節技という総合的なテクニックを用いる格闘技が「修斗」ですが、その愛弟子の中村頼永が代表を務めるのが「USA修斗」です。

修斗とどう異なるのか気になるところですが、公式の説明では、修斗が流派を指すのではない無形のものであるのに対して、体系立てられたテクニックがあるのが「USA修斗」だと説明されているようです。

いってみれば「修斗:USA修斗」の関係性は「空手:剛柔流空手」の関係性と似た感じかな、と思います。

そしてこの3つ、ジークンドー・カリ・USA修斗のチョイスは、格闘技をかじった人が聞くと「あっ、マジっぽいな」と思えるような並びです。

そこで自然と「そこまで岡田准一が本気になって格闘技に打ち込んだ理由とは何なのだろう?」と気になってくるわけです。

岡田准一が格闘技に目覚めた理由とは?

岡田准一が格闘技にのめり込んだ表向きの切っ掛けは、2007年のテレビドラマ「SP 警視庁警備部警護課第四係」に出演をしたことだとされています。

このドラマに岡田さんは企画段階から参加、撮影の1年以上前からジムに通い、そのような役作りから入って格闘技にハマっていったとされています。

そして2012年の映画「天地明瞭」の舞台挨拶では、「何オタクですか?」という質問に岡田さんは「歴史と格闘技です」と答えるなど、この時には既に相当な「格闘技オタク」になっていたのが伺えます。

つまり表向き、岡田さんは「役作りで格闘技をやるうちに本気になっていった」ということだとされています。

もちろんこのような説明(ドラマ「SP」が切っ掛け)自体はけして間違ってはいないようですが、よほどの熟達者でなければ資格を取得できないジークンドーで認められるほど格闘技・武道に真剣に打ち込んだのには、もう一つ別の切実な理由があるともささやかれています。

高岡蒼佑とのトラブル・関東連合が関係?

よく知られている通り、岡田さんの妻は、高岡蒼佑さんの元妻である宮崎あおいさんです。

高岡蒼佑さんといえば、関東連合のOBではないものの、そこにかなり近い立ち位置にいたた金村剛弘(かねむらたかひろ)さんを「兄貴」として慕っていたとも言われ、そのため関東連合は身内といわないまでもさほど遠くない関係にあったといいます(金村氏は2008年3月17日に何者かに撲殺されて亡くなっています。下の写真は金村剛弘さん)。

高岡さんは当初、岡田さんについて話を聞くと妻を寝取られたと考えて怒り、岡田さんを都内の個室カラオケ店に呼び出して関東連合OBとともに囲んで脅したという噂があります。

この時、恫喝された岡田さんは心底震え上がり、半泣きになりながら「芸能界を引退するので勘弁してください」とまで言ったとされます。

最終的に(ジャニーズ)事務所の介入でこの件は収まったそうですが、この出来事は岡田さんにとってトラウマになり、後に格闘技にのめり込んでいく動機になったとも考えられます。

そしてたしかに、ジークンドー、カリ、USA修斗という極端な「本格志向」や並大抵ではないのめり込み方を考えると、この説にはそれなりに説得力があります。

もちろん単なる噂であるという可能性もありますが。

時期について

ところで高岡さんと宮崎あおいさんの結婚は2007年です。

そして岡田さんと宮崎あおいさんの関係はよほど早ければ(あくまで「よほど早ければ」ですが)2008年1月公開の『陰日向に咲く』の共演時、少なくとも2011年の離婚やその直後の時期には既に何かしら関係があったと考えていいかもしれません。

一方で岡田さんがジークンドーの正式な指導員に認められたのが2010年10月で、既に2年半に渡って修行した末のことだとされています。だから2008年4月前後からジークンドーを練習したことになります。

だからよほど想像を逞しくすれば、宮崎さんと岡田さんは2008年の最初の共演時に既に関係を持ち、高岡さんらに恫喝された、恫喝された個室カラオケ店の席にはまだ亡くなっていない金村さんも同席していた、震え上がった自分を鍛えるために岡田さんはすぐさまジークンドーの道場の門を叩いた…などと妄想することもできるかもしれません。

しかし、さすがにそれは出来すぎているような気がします。

よって仮に噂(岡田の格闘技熱の動機が高岡とのトラブル)が事実だとしても、時期的に考えて高岡さんとのトラブルで急激に格闘技に目覚めたというよりは、既に練習していたものの単なる「役作りのための手段」の一つでしかなかった格闘技を真剣にやる原因になった、ということだと思います。

嘘かホントか分かりませんが興味深い噂でもあり、岡田さんの格闘技への真剣さを思い起こすと妙に説得力も感じたので書いてみました。

以上になります。