ニーチェの言葉『悦ばしき知識』拾い読み【神の死・その他】

ニーチェの著作は、(訳者には申し訳ないが)ちくま学芸文庫の『反時代的考察』だけは訳文の拙さのためにどうしても受け入れがたかったが、それを除けば何を読んでも面白い。

ここでは、とりわけ個人的に面白いと思っている『悦ばしき知識』から、特に面白いと思った興味深い言葉を拾いながらご紹介する。

ニーチェの言葉『悦ばしき知識』拾い読み

訳文は手元にあるちくま学芸文庫の『悦ばしき知識』、信太正三の訳に依拠することにする(私は名訳だと思っている)。引用する前に書く数字は、アフォリズムに割り振られている番号である。手元のちくま文庫の構成通りに従っている(他の出版社でもたぶん変わらない構成であると思う)。

引用等の注意点3つをあらかじめ記載しておく。

  1. 原訳文の傍点は付けるのが煩わしいし、無駄な余白が空いて見栄えが悪くなるので、太字に変えてある。
  2. あまり日本で知られていないマイナーな人物が多く登場するので、なるべくWikipediaやコトバンクの該当人物の説明欄へとリンクして案内するようにする。
  3. 引用部分で一行の余白を空けているところでは、余分な言葉を省略している。

神の死

一応、有名な「神の死」に関する記述から始める。

該当箇所は125番であるが、ある男が狂気につかれたように「おれは神を探している! おれは神を探している!」と叫びながら駆け回る描写から始まっている。

その男はこう言う。

「神は死んだ! 神は死んだままだ! それも、おれたちが神を殺したのだ! 殺害者中の殺害者であるおれたちは、どうやって自分を慰めたらいいのだ? 世界がこれまでに所有していた最も神聖なもの最も強力なもの、それがおれたちの刃で血まみれになって死んだのだ、――おれたちが浴びたこの血を誰が拭いとってくれるのだ?

こうした所業の偉大さは、おれたちの手にあまるものではないのか? それをやれるだけの資格があるとされるには、おれたち自身が神々とならねばならないのではないか? これよりも偉大な所業はいまだかつてなかった――そしておれたちのあとに生まれてくるかぎりの者たちは、この所業のおかげで、これまであったどんな歴史よりも一段と高い歴史に踏み込むのだ!」

しかし人々はそれを聴いても理解しない。

男は自分が来るのが早すぎたと思い、立ち去る。

彼は教会に押し入って、死んだ神のために鎮魂歌を歌うが、当然まだその意味を汲み取れない人々は彼をつまみ出す。男はつまみ出されながらもこんな風にうそぶく。

「これら教会は、神の墓穴にして墓碑でないとしたら、一体なんなのだ?」

死を見ぬ者たち(人間)のために

この文は読むたびに心を打たれる(278番)。

もろもろの路地、もろもろの欲望や声々のごったがえすこうした混乱のただ中に生きることは、私に憂鬱な幸福感を覚えさせる。何とかずかずの享楽、焦燥、渇望が、何とかずかずの渇欲的な生や生の陶酔が、一刻一刻と明るみに立ち現れてくることだろう!

けれども死と死の静寂とこそが、この将来における唯一確実なもの、万人に共通のものなのだ! この唯一確実なもの共通なものが、人間に対しほとんど何の力をも加えることができないとは、また彼ら人間が自分を死との兄弟だと感ずることが全くないぐらいだとは、何とも奇体なことではないか! 人間が死の思想を金輪際考えたがらないのを見ると、私は幸福の思いにうたれる! 彼らのために生の思想を百倍も考察に価するものとしてやるために、よろこんで私は何かをしたいと願っている。

例えば私は(彼の著述は私には難解であまり親しんではいないものの)ハイデッガーを一流の哲学者だと信ずるが、同じ一流の哲学者でも、おそらく死について真摯に思索することで自らの思索の境涯を確立したハイデッガーと、死を軽視する人々を見て喜びと愛情に目覚めるニーチェとは何と似ていないことだろう。

同じ本物の哲学者でも、性格に応じてこれほどの対照性が現われるのはとても興味深く、面白いことだと私には思える。

夢想と自己回帰

一番はじめの「たわむれ、たばかり、意趣ばらし」と題された章において、ニーチェは幾つもの詩を書いているが、三三番の「孤独な者」と題された詩の一節は興味深い。

私が好きなのは、森や海のけものたちのように
しばし自分を無くすること、
いとしい妄想に耽ってうずくまること、
やがては遠くから自分を帰れと呼びよせて
自分自身へとおのれ自らを――誘惑すること。

「いとしい妄想」とは、少しばかり空想に耽るということであろう。そして、やがて自分自身の使命としての思索へと自分を呼び戻すということ、つまりニーチェ自身の(内的な)生活の一風景を切り取った詩なのだろう。

不届きな私は、こんな文章を読むと「ニーチェにもこれくらいのだらしなさがあったのか」と少し安心してしまう。

精神的懐妊

72番で、ニーチェは「母性愛」には多義的な含みがあることに言及した後で、思索者の精神的懐妊についてこのように記述している。

同様に、精神上の懐妊は、女性的性格に似かよった瞑想家の性格を生み出す。――これは男性的な母たちである。

この記述は彼が、自分自身の思索癖と結びついた非活動的な性格を自省することで思い浮かんだ考えなのではないかと思える。時にニーチェは、そうした自分の性格をわずかに恥じており、自分のそれへの解釈をもて余すようなところが見られる。

敵前での勇敢

例えばこのような記述(169番)にもそれが窺える。

敵前での勇敢は、それだけのことだ。そんな勇敢さがあったとて、あいもかわらずの臆病者で優柔不断の間抜け者だってありうる。ナポレオンは、彼の知るかぎりで「最も勇敢な人間」とされたミュラに関し、そんなふうに判断した。

ここからニーチェは、人間にとって「公の敵」、つまり皆にとって共通する強力な敵は、人がそれを意識することで自己の徳性を高めるために不可欠なところがある、という結論を引き出すのだが、その結論の正誤はともかく、いったい(ニーチェ以外の)誰が「勇敢」という言葉から「敵前での勇敢」以外のものを連想するだろうか。

彼は抽象的な思考における「真理への勇気」を強調する一方で、こんな不公平な思索をすることもあった。要するに彼は自分には「敵前での勇敢」が不足している、つまり男性味が不足していると薄々感じていた、だからこそこのような不自然な考察を引き出してしまったのだ。

その不自然さをニーチェ自身も薄々感づいているということは、「あいもかわらずの臆病者で優柔不断の間抜け者臆病者」という無理矢理な罵言の連続からも窺うことができる。

ナポレオンの近代理念への敵意

362番では、近代理念に対するナポレオンの敵意について語っている。

それゆえ、ヨーロッパにおいて男性がふたたび商人と俗物とを支配するようになり、そのうえ恐らくキリスト教や十八世紀の空想的精神によって、さらにそれ以上に「近代理念」によって、甘やかされてきた「女性」を支配するようになることさえも、ナポレオンのおかげと目される日がいつかくるであろう。近代的理念のうちに、ずばり言って文明そのもののなかに、わが身の仇敵のごときものを認めたナポレオンは、この敵意の抱懐(ほうかい)のゆえに、ルネサンスの最大の継承者たる実を示したのだ。

私にはナポレオンが近代理念を「わが身の仇敵」と見なしたとは必ずしも思えないが、この言葉からはむしろ、ニーチェ自身の近代理念への敵意が窺えて面白い。

ちなみにニーチェの著作には人物評が多いのも特徴だが、ほとんどの場合、それはかなりの辛口で、頻出する者のうち、例外的に常に好意的に評価しているのはナポレオンとゲーテくらいである。

保守的な家柄

10番では、ニーチェが保守的・伝統的な家柄について、どのように考えていたかが窺えて興味深い。

私としては、ある時代の非凡な人間たちをば過去の文化とその諸力から突然に生え出た新芽だと、解したいのだ。

――そう考えれば実際になお幾分たりと彼らを理解できるというものだ! 今日では彼らは縁遠い、奇妙な、並み外れの者に見える。

――古い諸衝動のこうした再発がおこるのは、とりわけ一民族の永く保たれてきた家系や階級においてである。それに反し、種族や慣習や価値評価があまりに急速に変化するところでは、そうした隔世遺伝がおこりそうな余地は全くない。

ニーチェは近代理念の敵対者としては如何にも革新的なイメージを帯びているが、実際にはしばしば非常に保守的な思想や文化の支持者に見えるところがある。上の引用などはその最たる例である。

ニーチェの人物評

ここからしばらく『悦ばしき知識』におけるニーチェの様々な人物評を取り上げる。

皇帝アウグストゥスとティべリウス帝

かなり長いが、興味深いので全文を引用する。36番。

臨終の言葉。――皇帝アウグストゥス、いうならば賢者ソクラテスのように厳しく自己を制御することも沈黙することもできたあの怖るべき人間が、その臨終の言葉を述べるに当たって自分自身への慎みを捨て去ったことを、ひとびとは想いおこされるであろう。自分は仮面をつけて喜劇を演じていたのだとほのめかしたとき、はじめて彼は自分の仮面をぬぎすてたのだ、――彼は祖国の父王役を、玉座の英知を、それが彼の本姿だと人をたぶらかしかねないほど巧みに演じてきたのだ! 「友よ、喝采してくれたまえ、喜劇は終わったのだ!」、と彼は言った。――「何たる芸人として予は死ぬことか!」と言った臨終の皇帝ネロの感慨は、また死に臨んだアウグストゥスの感慨でもあったのだ。それは俳優の虚栄だ! 俳優の饒舌だ! それはまさしく死にゆくソクラテスと対照されるものだ! ――だがティベリウス帝は黙って死んでいった、あらゆる自虐者の中でも一番の苦悩者でもあったこの人は、――彼こそはほんものであったのであり、決して俳優ではなかった! この者の脳裡を最後にかすめたものはいったい何であったろうか! おそらくこうではなかったろうか、――「生――これは緩慢な死だ。この阿呆なおれは、おびただしい数の人命をちぢめた! おれは仁恵者(じんけいしゃ)たる資格をもっておったろうか? おれは人間たちに永遠の生を恵むべきだったのだ、そうすればおれは彼らが永遠に死につつあるのを眺めることができたろう。それを眺めるための実に立派な眼を、おれはもっていたのだ、――〈なんたる見物人として予は死ぬことか!〉」彼が長い瀕死の苦しみのあとでもう一度気力をもちなおしそうに見えたとき、ひとびとは彼を枕で窒息死させたほうがいいと考えた、――彼はいわば二重の死を死んだのである。

ソクラテス

上の文で登場した「賢者ソクラテス」についてはこのように述べている(340番)。

ソクラテスが行ったり、言ったり――あるいは言わなかったり――したことのすべてにわたって見られる彼の剛毅と英知に、私は感嘆する。皮肉でもあり溺愛されもしたこのアテナイの怪物にして誘惑者、このソクラテスは、不遜きわまる若者たちをも震え上がらせ嗚咽させたものだが、しかし彼はたんに、かつて存在した最も賢い饒舌家だっただけではない、彼は沈黙においても同じく偉大であった。私の思うには、彼は生涯の最後の瞬間にも沈黙を守ってくれたらよかったのだ――そうすればおそらく彼は一そう高級な精神の一人に数えられたことであろう。

「おお、クリトンよ、私はアスクレピオス神に雄鶏一羽の借りがある」。この笑止でもあり恐ろしくもある「末期の言葉」は、聞く耳ある人には、こうきこえる――「おお、クリトンよ、人生は一個の病気である!」と。こともあろうに! 明朗で、誰が見てもひとりの兵士のように生きてきた、彼ほどの人物が、――ペシミストだったとは! どうやら彼は人生に対し良い顔をして見せていただけだったのであり、一生涯自分の究極の判断、自分の奥底の感情を隠していたのだ! ソクラテス、このソクラテスが、人生に悩んでいたのだ! のみならず彼はなおその復讐までやったのだ――あの婉曲な、ぞっとするような信心ぶった、だが瀆神的な言葉でもって! ソクラテスのごとき人物でさえも、復讐せずにはおれなかったのか? 彼のあり余るばかりの徳性のなかにも一グランの宏量が不足していたのか? ――おお、友よ! われわれはギリシャ人をも超克しなくてはならぬ!

フリードリヒ・ニーチェは、その著書『悦ばしき知識』において、ソクラテスがその死の直前に述べた言葉を解釈し、ソクラテスはペシミストであった、と...

シャンフォールとミラボー

ニーチェは95番で、シャンフォールは「人間通でもあり民衆をよく知ってもいた」と評し、にも関わらず革命の味方をしたことを不思議がっている。

その原因についてニーチェは、シャンフォールの中にあった母親への愛情に原因を求めている。つまり、シャンフォールの母が貴族を憎悪していたことから、彼は母に代わって貴族たちに復讐するために、革命を支持したというのである。

しかしながら、シャンフォールの憎しみと復讐とによって同時代人全部が教育された。そして最も高尚な人間たちがこの学校を卒業した。ミラボーが、シャンフォールを、自分のより高い・より年嵩の自己――そこから彼が励ましや戒めや決裁を期待しまたそれを忍受した――を仰ぐかのように、仰ぎ見たことを、思いやるがいい、――人間としては、今日このごろの大政治家中の一級品と比べてすら、全くの段違いの偉人に属するミラボーがである。

――だがシャンフォール、魂の深さや背景をゆたかに備え、陰鬱で・苦悩し・燃え立っていたこの人間、――人生に対する治療剤として笑いを必要とみなし、笑わなかった日はいつも自分がほとんど見失われたとばかり思った思想家、――このシャンフォールは、フランス人であるというよりむしろイタリア人のように、ダンテレオパルディの血縁者のように見える! シャンフォールの臨終の言葉を御存知だろう、――「ああ! 友よ」、と彼はシエイエスに言った、「心臓が破裂するか、青銅なみに冷たくなるしかないこの世界から、いよいよ私はおさらばする――」。これはたしかに死になんなんとする一フランス人の言葉ではない!

ニーチェの散文の趣味

92番は、ニーチェの散文の趣味が窺えて興味深い。

私の見るところでは、ジァコモ・レオパルディプロスペル・メリメラルフ・ワルドー・エマスンおよび『空想談話』の作者ウォルター・サヴェージ・ランダーだけが、散文の巨匠と呼ばれるにふさわしい者と思う。

日本人にとってはなかなかマニアックな名前ばかりが並んで面白い。ウォルター・サヴェージ・ランダーは検索したが出てこなかった。

私など、知っていたのは『カルメン』の作者のメリメくらいである。

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