最初に読むべき本はどれ?ニーチェ哲学入門

ニーチェの思想に近づきたいという人のために、初学者が最初に読むべき本を紹介する。書籍では「ニーチェ」というキーワードは売れ筋らしく、ニーチェの名を冠した書物が溢れているが、私はそのどれもオススメしない。

『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』みたいなものはもちろん、『超訳 ニーチェの言葉』のようなものでもそうだ。

『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』なんて聞けば、私は「ニーチェはそんなに優しくねえよ」と思ってしまう。

一応はニーチェの翻訳であるはずの『超訳 ニーチェの言葉』のようなものでも、あまりに平易にしようという意志が度を過ぎ、原型が失われており、もはやニーチェの文章とは思えない。

そしてその時点で、それはニーチェについて書いた本ではない。何故なら、そこには厳しくも無性に面白い独創的な思想の創始者としてのニーチェ、フリードリヒ・ニーチェという一人の「人間」が不在だからだ。

労を厭わずに原典に挑戦しないならば、そこに本来あるはずの危険も魅力も面白さも、本当には感じることはできない。

ニーチェ初学者がはじめに読むべき本

前置きが長くなったが、さっそく始める。紹介するのは三冊だけだ。自分の好みや考えによって、そのうちのどれを最初に読むのか選択するのがベストだと思う。

着実に段階を踏んで理解したいなら『道徳の系譜』から読むべき

『道徳の系譜』は、ニーチェ哲学の根本概念である「ルサンチマン」について書かれている。この概念はニーチェが「利他主義的道徳」を否定する上で、もっとも基礎的な下敷きとなっているもので、これを理解していなければその後のニーチェ思想の発展を辿ることが難しくなる。

ゆえに、着実に段階を踏んで理解したい、インスピレーションや直感に依存せずにニーチェの著書に近づきたい、という人にはこれから読むことをオススメする。

色々なニーチェの著作を拾い読みできる『若き人々への言葉』

次の方策は、角川文庫から出ている『若き人々への言葉』から読むということだ。

この『若き人々への言葉』は厳密にいえばニーチェの著書ではないが、ニーチェの色々な著作から、「これ」という文章を抜き出して編まれた一冊である。解説の「いとうせいこう」は、これを「ニーチェのヒット曲メドレー」という言葉で表現しているが、まさにそんな感じの一冊だ。

「原典に挑戦すべき」という私の立場と矛盾していると思われるかもしれないが、これは紛れもなくニーチェの文だから私は問題にしない。また、もともとニーチェは体系的な書き方をせず、アフォリズム形式で書くことが多いので、こうした編集スタイルとも相性がよい。

『若き人々への言葉』のどこがいいかといえば、アフォリズムや一塊りの文章ごとに題名がついており、目次を眺めながら興味の出たところから読むことができるということだ。「ルソーと革命」「自由精神」「自己克服」「生とは何か」などの100個ほどあるタイトルの中から気になったところから読めばいい。

そしてその文章に興味が出たら、文章の末尾に『悦ばしき知識』とか『曙光』とか、どの著作から抜き出した文章か分かるので、その原典に挑戦することができる。

ただ注意してほしいのは、『若き人々への言葉』の原田義人の翻訳は悪くないが、そうして芋づる式に辿った著作の翻訳が酷いこともあるので、にチェレンジするならば翻訳の評判を事前に調べた方がいいかもしれない(私はその方式でちくま学芸文庫の『反時代的考察』を読み、ガッカリしたことがある)。

そして「『悲劇の誕生』『反時代的考察』の思想圏」とか「『曙光』『悦ばしき知識』の思想圏」とか「『ツァラトゥストラ』の思想圏」といった具合に、ニーチェの思想の発展時期で区切って提示してくれるので、思想の軌跡も辿りやすい。

自分の直観と感性を信じて『ツァラトゥストラ』から読む

おぼろげな記憶だし手元にその著書もないのでボカシて書くが、オリンピックのある競技で銅メダルを取った女子アスリートが書いた著書に、10代の頃に『ツァラトゥストラはこう言った』(『ツァラトゥストラかく語りき』)を愛読していたと書いていた。彼女はツァラトゥストラを自分の友達のように感じたという。

彼女にはとりわけ知的なイメージもないし、到底ニーチェの思想を正しく理解していたとは思えない。しかし、何かしら強い印象によって惹きつけられたというのは間違いないのだろう。そういう読み方もアリだと思う。少なくとも『超訳』のような原型を留めていないものを読むより、よほど健全だと私は思っている。

だから同じように、自分の感性がもともと持っている力を信じて『ツァラトゥストラはこう言った』から読んでみる、というのも一つの手だ。

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