ベルクソンの『道徳と宗教の二源泉』ニーチェとの比較

『道徳と宗教の二源泉』は、フランスの哲学者アンリ・ベルクソン(1859~1941)による道徳論・宗教論的著作である。

ベルクソンの『道徳と宗教の二源泉』

ベルクソンとニーチェ

私の思い過ごしでなければ、ベルクソンの『道徳と宗教の二源泉』は、科学が文明社会に対して与えた影響を緩和し、道徳と宗教を擁護しようという意図があったものと思われる。

その意味でベルクソンは、科学が与えた影響から一直線に思索を進めた(と私には思える)ニーチェとは対極にいる。

ニーチェとベルクソンが対立しているのは、ニーチェが「プラトニズム」を主敵の一つと見なしていたのに対し、ベルクソンがプラトンに対して比較的好意的であることからも窺える。

ベルクソンは、通常プラトン自身の思想として解釈されている『パイドーン』における霊魂不滅説の展開も、プラトン的な言葉で語られただけで、ソクラテスの思想の中にも内在していたのではないかと推測している。

しかし、プラトンがパイドンのなかでソクラテスに帰している魂の考え方が、もしソクラテス自身のものでなかったとすれば、彼の生涯は、特に彼の死は、果たして理解されるであろうか。もっと一般的にいえば、我々がプラトンの対話篇のなかに見いだす霊魂、その起源、肉体へのその挿入に関する種々な神話は、ひとつの創造的情緒を、ソクラテスの道徳的教えに内在的な創造的情緒を、プラトン的思想の用語で記述しているにほかならないのではなかろうか。

ニーチェへの言及

ニーチェは1844年生まれ、ベルクソンは1859年生まれと、その生年は15年しか離れていない。ベルクソンがニーチェについてどのように考えていたか気になるところだが、それほど強く意識していた形跡は見られない。

『道徳と宗教の二源泉』中で、ベルクソンがニーチェに言及しているのは、人間の社会において、命令する側と服従する側とが渾然一体となっているが、それを互いに完全に分離していると見なすところに「ニーチェの誤謬があった」としている部分である。

すなわち、彼は一方に「奴隷」を、他方に「主人」を置いた。本当のところは、同種二態は、大概の場合、我々各人を命令本能を持つ首長であると同時にまた服従を覚悟した臣下でもあるようにする。

実際にはニーチェの思想はそう簡単に片づけられるほど単純ではないが、いずれにしろ、特別思想上の敵と強く意識していたわけでもなさそうに見える。

ダーウィンの進化論

ニーチェは著書のどこかでダーウィンの進化論を「凡庸なればこそ発見できた真理」と揶揄していたが、そのような攻撃は、むしろ(思想の終着点は全く異なっているが)ニーチェとダーウィンが近いからこそだと私には思える。

ダーウィンもニーチェも、「偶然」というものに大きい意味を与えている。

ダーウィンの進化論とは、「淘汰」という一種の偶然の連続による生物種の洗練に他ならないし、またニーチェは『ツァラトゥストラ』でこのように述べる。

「偶然」――これは、この世で最も古い貴族の称号である。これを、わたしは万物に取りもどしてやった。わたしは万物を、およそ目的にしばられた奴隷制から救いだしてやった。

ベルクソンの「生命の飛躍(エラン・ヴィタル)」とは、いってみれば「偶然」に大きな意味を与えたダーウィンの生物学的理論から、人間が持つ自由を擁護しようとしたものと見える。ゆえにベルクソンのダーウィンへの攻撃は、ニーチェのそれよりもっと深い必然性がある。

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