松嶋クロス(松嶋重)の瓜田純士『遺書』での喧嘩・抗争エピソード

松嶋クロス(松嶋重)といえば見立真一に次ぐ関東連合のナンバー2だった者として知られている。

しかし関東連合の他のメンバーと異なり、松嶋クロスは腕力で抜きんでていたわけでもなく、その喧嘩の仕方や立ち振る舞いは独特だった。

彼は腕力よりも知恵を使う不良だった。
むやみに喧嘩に加わらない。作戦を考えて、暴力は他の人間にふるわせる。知略で相手を攻め落とす、頭と要領の良い人だった。

引用:瓜田純士『遺書』

松嶋は腕力が重視される不良の世界でどのように立ち振る舞ったのか。

不良の後輩として少年時代をともに過ごした瓜田純士の『遺書』の記述などから、松嶋クロスの若かりし日の喧嘩・抗争のエピソードをまとめてみた。

松嶋クロス(松嶋重)のエピソード

初対面の時の松嶋クロス

松嶋クロスと瓜田純士の関係性とは、松嶋は昭和53年生まれ、瓜田純士は昭和54年生まれで一学年下だった。

そのために瓜田にとって松嶋は、不良の先輩として初めて憧れた人だったという。

二人の付き合いは、瓜田のあまりの凶暴さに新宿から杉並の区立高南中学校に転校させられたことに始まる。

そこで瓜田は松嶋に一風変わった方法でアップをかまされている。

翌朝。学校に行くと「おいっす」と、ひとりの生徒が教室に入ってきた。
ハイパーリーゼントの学ラン姿。パッと見て不良だとわかった。周りの同級生たちが異様にびびっている。

引用:瓜田純士『遺書』

COOLのタバコを手にした松嶋は瓜田に挨拶すると、隣の席から鉛筆をとってさらさらと英語の筆記体で文字を書いた。

それは瓜田の記憶によると、「ロックな生き方をしようぜ」みたいな意味だったという。

なんだかんだ言って、当時の僕はまだ中学一年生。そんな僕にとって、COOLのタバコ、英語の筆記体、ROCKな生き方、すべてがかっこ良く見えた。

引用:瓜田純士『遺書』

中学時代の松嶋重と瓜田純士


左が松嶋重(クロス):右が瓜田純士

「そんなことをしたら焼き肉屋がかわいそう」

『遺書』のこの件(くだり)は何度読んでも笑ってしまう。

その頃、松嶋と瓜田は、松嶋と同学年の「レイチェル」という男と組んで、カツアゲ・恐喝を行うようになった。

松嶋が品定めをして、「こいつはいける」と思った奴にゴーサインを出し、瓜田とレイチェルが通りの裏に連れていき、ボコボコにして金を巻き上げる。

しかし松嶋は「俺は一番重要な見張りという役をする」と言って去ってしまい、暴行に加わることはけしてなかった。

しかも終わった後、「金は俺が管理する」といってすべて取り上げてしまう。瓜田たちの報酬はたまに奢ってもらえる焼肉だけだったという。

それでも瓜田は松嶋を尊敬していたので文句は言わなかった。

しかしある時、松嶋に二人が焼肉を奢ってもらっていたところ、松嶋と同学年のレイチェルが堪忍袋を切らして詰め寄ったことがあった。

「おいM嶋、ここの焼き肉代をおまえが払ってくれるのはうれしいよ。だけど、今までのカツアゲの分け前は、これじゃ全然足りないだろ」

「金はおれが管理することになってんだろ」

「そういうのはいいんだよ。とにかく、おれと純士は、いま食った焼き肉があたったみたいだ。店から慰謝料50万円、たまにはおまえが自分でとってこいよ」とふっかけた。

するとM嶋(注:松嶋のこと)くんは真面目な口調で、「レイチェル、それは人間としてやっちゃいけないことだぞ。こんな焼き肉屋から50万円カツアゲとか、かわいそうすぎるだろう。この店、潰れるかもしれないぞ」と諭した。レイチェルくんは僕に「こいつこそ人間終わってんな……」と耳打ちした。僕は苦笑いするしかなかった。

引用:瓜田純士『遺書』

喧嘩では最後にコーヒーを奢り、一発だけ殴る

松嶋が3年、瓜田が2年の時、松嶋と瓜田は他の中学に乗り込み、片っ端から潰していった。

瓜田が相手をボコボコにし、服をひんむいて座らせる。

松嶋はそれには参加せず、缶コーヒーを買ってきて、「おまえら、1コ下の瓜田にボコられたんだから、杉並を偉そうに歩けないよな。おれが高南中の松嶋だ、今後逆らうなよ」と言って一発だけ殴る、というのがお決まりのパターンだったという。

なんでコーヒーをおごるのかと訊くと、シメた後に優しくしておけば警察に駆け込まれないで済むからだという。よくそんなところまで頭を回るなぁと思った。M嶋くんには「純士、おれが一番重要な役割をやってるんだからな。おれに感謝しろよ」と何度も言われた。僕にはとうてい思いつかない作戦だったので、たしかにそうだったのかもしれない。

引用:瓜田純士『遺書』

東田中学グループから敵前逃亡、ボコボコにされる

松嶋・瓜田たち高南中に対し、後に関東連合の中心となった昭和53年世代のメンバーは、杉並区立の東田中学校に固まっていた。

松嶋・瓜田らの高南中に、(既に東田中の不良の中心だった見立真一を抜きだったものの)この東田中を先頭にした3つの中学の混成グループが攻め込んできた時、松嶋がバックレてしまったというエピソードがある。

攻め込んできた東田中の不良たちは金属バットや鉄パイプで武装し、さらにはハイパーリーゼント・スキンヘッド・防塵マスクなど、漫画『ビー・バップ・ハイスクール』さながらだったという。

この時、彼等はすぐに松嶋クロスを発見すると、その東田中グループの中にいた(見立真一と同世代で後に六本木の事件に関わった)「カンジくん」こと佐藤幹二(後に小池幹二)が、松嶋のピアスを見ながら「てめえ、耳に良いものぶら下げてるな」と凄み、さらには「口にも穴開けてホッチキスで閉じてやろうか」と言ったらしい。

ところが松嶋は「やれるもんならやってみろよ、だがちょっと待てその前に靴を取ってくるからよ」と言ってどこかに行ってしまう。

やっぱり。大勢で乗り込まれて勝ち目がない場面で、彼が正面からやりあうわけがない。

引用:瓜田純士『遺書』

しかも、不良ではなかったが、当時一番高南中で喧嘩が強いとされていた野球部のXに「X 、あとは頼む」と言って去っていったという。

その「X」は「ひとりずつぶん殴ってやるからアゴ出せ!」と一喝して怯ませ、「見立を呼んで来いよ!」と東田中グループを威圧、そこに警察が到着して東田中グループは連行されてしまった。

こうして、とりあえず襲撃は退けられたのだけれど、怒りがおさまらないのはXくんだ。敵前逃亡をはかったM嶋くんは、後日Xくんに呼び出されてボコボコにされてしまった。

引用:瓜田純士『遺書』

そこで松嶋はあらためて見立と対決して「ケジメをとる」ことになる。

見立真一に完全に呑まれるも、
永福町ブラックエンペラーの副総長になる

Xと見立は同じ小学校の同じ野球部だったらしく、松嶋は真面目だったころの見立を知っているXに、「見立なんて大したことない。松嶋なら勝てる」と言われ、ハッパをかけられる。

そこで松嶋・瓜田はさっそく見立真一を襲撃する段取りを立てた。二人が見立を襲撃するつもりで向かったのは、見立の地元・阿佐ヶ谷にあるパールセンター商店街だった。

この時も松嶋は、見立と一対一の場合、見立と仲間が一緒にいた場合、など色々なパターンを想定してシミュレーションをして瓜田と打ち合わせて、松嶋を尊敬してる瓜田はまたそれに感心する。

深夜0時ごろ、パールセンター商店街に着く。すると閑散とした商店街で、はるか遠くに見立真一の姿が見え、それがぐんぐん近づいてくる。

生の見立の迫力に圧倒された二人に、すっとぼけた見立が「どちらさん?」という第一声を発した。

M嶋くんは「高南中のM嶋だよ。知ってるだろ」とすごんだけど、見立くんはまったく怯まなかった。僕は逆に、M嶋くんがややビビっているのに気づいた。

引用:瓜田純士『遺書』

しかし瓜田と集まって来た他の見立側の人間が集まり小競り合いを始め、結局見立と松嶋の勝負はうやむやになる。

さらに松嶋たちと見立たちは、そのままカップラーメンの話題で盛り上がるなどして、いつの間にか打ち解けて仲間になってしまった。

やがて見立と松嶋ら3年、瓜田と東田中学の2年という風に、学年ごとで集まって毎日遊ぶようになる。

そして21代目以降休止していた永福町ブラックエンペラーを復活し、見立真一が総長になった時、松嶋は副総長、国田正春(愛称:チャッピー)は特攻隊長、佐藤幹二(後に小池幹二、愛称:カンジ)は役職なしで参加していることから、仲間になった東田中たちのグループの中でもすぐに地位を確立したということが分かる。

瓜田たち後輩をイラプション・BAD-Gにぶつける

そんな風に松嶋は、けして腕力が秀でていなくとも他の不良と渡り合い、認めさせる術に長けていた。

見立が傷害で施設に入っていた時期に、チーマーのイラプションやBAD-Gが幅を利かせ、邪魔になってきたときにも、自分で行かずに瓜田たちを利用してうまく潰している。

その頃、瓜田は見立真一にシャレで「ワキガ王子」というあだ名をつけたことで11時間にも及ぶヤキを入れられたためにバックレていた。

松嶋はそれを利用して、ある日突然瓜田を呼び出して、バックレの件はパイ(チャラ)にするという条件でイラプションやBAD-Gを潰すように命じた。

瓜田はバックレをなかったことにしてやるというので、張り切ってこの仕事をした。

 もし僕が負けてもM嶋くんのメンツは傷つかないし、「瓜田にそのエサをちらつかせたら死ぬ気でやるはず」とふんだのだと思う。
彼の戦略に、僕はまんまとはまったのだ。
M嶋くんは最後に、「頑張れよ」と言ってくれた。
僕は絶対にイラプションとBAD-Gをたたき潰すと決めた。

引用:瓜田純士『遺書』

この時のイラプション・BAD-Gに対する抗争は、瓜田自身の奮闘や木村兄弟の兄・木村泰一郎(たいいちろう)が仲間に加わって活躍したこともあり勝っている。

しかし瓜田はこの時、抗争に勝ったものの最後のタイマンで自分が出て決着をつけなかった(最終的に木村泰一郎がイラプションの頭をタイマンで潰した)ことなどから、抗争に勝ったのに松嶋や同い年の柴田大輔にヤキをもらい、最後に「ヤキありがとうございました」と言う羽目になるなど、散々な目に合っている。

結局、松嶋は自ら汗をかくことなく、まんまとイラプション・BAD-Gを潰すという狙った通りの結果を得ることができた。

瓜田純士の『遺書』について

例えて言うなら、工藤(柴田)の本が散文的・ジャーナリズム的なら、瓜田の文章は詩的・抒情的という違いがある気がする。

また瓜田には虚言癖があるという噂で、柴田大輔(筆名:工藤明男)などはそれを揶揄して、「自分たちは『遺書』を『うしょ』と呼んでいる」などと言っている。

それで『遺書』にも嘘が書いてあるのではと警戒する向きもあるかもしれないが、読後感でそういう嫌な印象は残らない。

そして虚言癖の噂の割には、具体的に「『遺書』の~~の部分は事実と違う」というはっきりした断定はあまり聞こえてこないから、瓜田には自分をよく見せようとカッコつけている部分はあるかもしれないが、少なくとも『遺書』中に露骨な嘘はついていないのではないかと思う。

関東連合やその周辺人物に強い味のある人からすれば、『遺書』は確実に面白く感じるように仕上がっているので、食わず嫌いしている人は読んでみるといいかもしれない。