工藤明生と藤井学「歌舞伎町五人衆」対談『実話ナックルズ』記事全文

アウトロー誌『実話ナックルズ』2019年2月号に、ネット上の伝説「歌舞伎町五人衆」で最大派閥とされた工藤明生と、「歌舞伎町五人衆」(と言いつつ挙げられているのは10人)の最後に名前が挙がっていた歌舞伎町阿弥陀如来・藤井学の対談が掲載されています。

一時は「実在しない」とまで言われ、現在でも詳しい素性は伏せている工藤明生と、自分の闇金グループを作り、また杉並出身で関東連合の中心世代とも接触があった藤井学の、160分にも及んだというこの貴重な対談を全文引用で公開します。

工藤明生(くどう・あきお)20代で大手広告代理店を経て、イベントサークルの仕切りなどを手がける。まだ流行前の闇金に目を付け経営。現在は27の会社を持っている実業家。

藤井学(ふじい・まなぶ)1976(昭和51)年、杉並生まれ。小学校高学年から非行に走り、20代で金貸しとして成功。覚醒剤使用で懲役生活に入り、3年前に出所した。

※ネット上の伝説「歌舞伎町五人衆」の名前・メンツについては下記記事を参照
歌舞伎町五人衆メンバーの名前は?その実態は歌舞伎町で派手に遊んでいた者たち?

”歌舞伎町五人衆”カネと暴力の真相

タイトルは『”歌舞伎町五人衆”カネと暴力の真相』

取材・文は「鈴木ユーリ」氏となっています。

各見出しも原文通りに引用します。

なにぶん元の文章が長文なので、細部については原文と違うところもあるかもしれませんが、最低でも文意は変わらないように引用します。

次から引用文始まります。

主戦場は「カジノ」と「キャバクラ」

21世紀の幕が開け、「ミレニアム」と呼ばれ世界が沸いていた2000年初頭、歌舞伎町は別のブームに沸いていた。高級キャバクラの派手なネオンの下、2時間待ちの行列ができる中、並ぶことなく黒服にVIPルームに通される男たちがいた。

のちに、歌舞伎町五人衆と呼ばれる男たちだ。

藤井(以下、藤) はじめまして、藤井です。

工藤(以下、工) 工藤です。実はこうしてちゃんと会うのって初めてですよね。

 こういう形で挨拶するのは初めてですね。共通の知り合いは多いんですけど。ネットじゃ、”歌舞伎町五人衆の統帥”なんて言われちゃってるYくん(※)とかね。

 実は僕は藤井さんを何度か見かけたことがあるんです。僕が歌舞伎のカジノで遊んでるとこにYくんと闇カジノに入ってきたんですけど、もう張れないくらいドバーッてチップ張ってたのが印象的で。

 10年くらい前ですよね? あのころカジノに狂ってましたから。

 そんな時代でしたよね。最初に結論言っちゃうと、ネットじゃ色々書かれてますけど「歌舞伎町五人衆」なんて存在しないんですよ。

 そう。リアルな世界では何もない。ネットで名前あがってる人間て、知ってる人間もいたっすけど知らない人間もいた。知ったのは10年くらい前です。後輩から「学くんも名前あがってますよ」って言われてびっくりして。でも結局、俺らに物事サシで言えねえ人間たちがネット上で言ってきただけなのかなって。

 歌舞伎町で評価されるのって、結局どんだけ豪快に遊んだかってことなんです。だから「五人衆」は、要するに闇金をシノギにしてキャバクラやカジノで派手に金をばらまいてた人間。

 歌舞伎って狭いじゃないですか。村みたいなモンっつうか、その密集してる中で話が沸くんですよ。

 だから歌舞伎町五人衆っていうのはヤクザでも武闘派でもなくて、闇金バブルを作り出したメンバーで、基本的にはずっと派手に遊べる財力をキープできた人間でしょう。

※二人の会話に出てくる「Yくん」とは、ネットの歌舞伎町五人衆の噂で「五人衆のトップ」とされ、「華僑」とも言われている「矢野高宏」なる人物であると思われます。

闇金バブルで喰った奴、喰われた奴

2000年初頭の歌舞伎町の闇金バブルは、山口組直系組織の五菱会から派生したブームだったことは、今では広く知られている。だが2003年に五菱会グループは摘発され徐々に勢いを失っていく。変わって不夜城のアスファルトからタケノコのように台頭してきたのは、ふたりと同年代の当時まだ二十歳前後のイケイケの新興勢力だった。そして、そこには東京の街の不良ならではの悪知恵(ストリートワイズ)があった。

 闇金をはじめた時期、藤井さんと僕はまったく同じ2001年ですね。あの頃、歌舞伎に闇金ブームが来たんですよね。

 五菱会があって、みんなそれを真似してた。自分なんかは十代の時から金貸しをしてて。六本木じゃねえ赤坂じゃねえってカジノがいっぱいあったんですけど、各店舗に兵隊いっぱい行かせてサービスチップで荒らした金で、18、9から街金みたいなことやってて。寿司屋の勘定みたいに十日一割で貸してました。その延長っていうか、後輩たちに資料とか名簿かっぱらってこさして始めましたね。

 大事なのは人材なんですよね。僕はクラブイベントやってたおかげで下の人間がいたから、彼らを使ってやらせてましたね。当時はやれば上がるって感じで。2万円貸したとしたら、それを例えば3万5千円で返させるんですけど、利息だけでジャンプさせるんですよ。それでまた1週間たてば1万5千円取り立てる。それを延々続ける。

 追い込みとかしました?

 ほとんどしない。みんな闇金ていうと荒っぽいイメージだと思うけど、対面もしないし全然違う。どうしても返済しないやつのとろには大人数で囲んだりはしましたけど。

 自分も客には優しく接してましたよ。もちろん追い込む時は追い込むんですけど、逃げ道もちゃんと用意してやる。

 これだけは言いたいんですけど、闇金でカネ借りて助かった人間だっていっぱいいるんですよ。だって、どこに行ったって借りれないわけですから。闇金のおかげでしのげた、そういう側面は確実にありました。

 悪いことばかり言われますけど、旅行連れてったり社員も大事にしましたよ。

 カネっていうのは魔術じゃないんだから、従業員がいて店舗がないと稼げないんです。そこを分かってないやつは闇金バブルでポッとカネ持ってもだいたい落ちぶれていくんですよね。

 調子こいてる田舎モンいっぱいいましたよね。だいたいワンボックスで攫われて消えてくけど。

――月収はどれくらいあったんでしょうか。

 自分は月2億がマックスですね。「イチローに勝ったかな」って思いましたよ。

工 ネットでは月収2億とか言われてましたけど、実際はもっとありました。2003年から数年間は特にヤバかった。だから自分でもおかしいのはわかってるんですけど、歌舞伎で毎晩何百万も使ってました。

 カジノで一千万溶かしたりね。そんな派手な遊び方してる連中が、次第に「五人衆」って呼ばれるようになっていったんじゃないですかね。

――ビジネスする上で不良とのかかわりも当然あったと思いますが、どのように付き合っていたんでしょうか。

工 僕は相手がヤクザだろうと社長だろうとまったく関係ありません。話をもらって「この人とならいける」と思ったら最後までやり抜きます。ダマされたら自分の責任じゃないですか。八方美人でだけやっていたら、仕事はできません。

 不良とは自分は戦ってきたっすね。19歳で任侠右翼に入ってたから、歌舞伎で「この野郎!」ってなったら相手が誰だろうが引けない部分はあった。


画像:藤井学の写真(左上から時計回りで。毎月のように遊んでいた北海道すすきので。街金を始めた10代後半。闇金時代の社員旅行で幹部と。最後にシャブにハマり出した頃の写真)

五人衆の誕生

若くして数十億におよぶ財をなした若者たちは、夜の街で無尽蔵にカネを使った。

カネの集まる場所には人々が群がる。目立つ人間には尾ひれのついた噂も立つ。いつしか五人衆はネットのアウトローウォッチャーの間で、「総勢500名の巨大組織」(原文ママ)「関東連合の黒幕」「某女優を愛人にしている」「裏社会から政界まで牛耳るフィクサー」などと囁かれるようになった。

※上の文に「歌舞伎町五人衆」を「総勢500名の巨大組織」とした箇所がありますが、たぶん「500(五百)」ではなく「5000(五千)」の間違いです。もちろん「実際に5000(五千)人の組織だった」ということではなく、ネット上の噂として正しくは「5000(五千)人の組織とされていた」という意味です。

対談は続きます。

 変な噂いっぱい立ってましたね。でも正直俺も当時は若かったから、新宿で名前売りたいな、カッコつけたいなってのがあったんですよ。だから歌舞伎町の住人が集まるキャバクラは戦場だった。俺はカネ払わなかったっすから、ほとんど。伝票持ってきた時点で「お前なめてんのかこの野郎」ってなるんで。今もそうっすけど。

 僕はオールマイティーな男を目指してましたね。飲み屋も常連で、昔ヤンチャもしてて、金も人望もある。不良とも仲良くしてる。なんかあったら男も見せられる。これ全部網羅するの大変なんですけどね。

 そういう人間力ってキャバクラで磨かれる。揉め事も多いから、負けねえって意思がないと食われちゃう。

 だからずっと飲んでるやつって、それだけで評価されるんです。逃げも隠れもしないし追い込みもされないから飲んでいられるわけです。

 間違いないですね。現役の人間も半グレも中途半端なやつは入れないですよね。変なケツの割り方すると歌舞伎にはいられなくなる。歌舞伎町って出る杭は打たれるし、すぐに絵描かれる(ハメられる)し。こっちも腹くくってないとやっていけない世界。

工 そういう意味では、カネだけ持ってもダメなんですよね。暴力も人脈も情報もなくちゃいけない。そうじゃないと妬みや恨みに勝てない。

――ネットでは「五人衆」の関東連合黒幕説、某芸能人愛人説、暴力団企業舎弟説など様々な噂が飛び交ってますが。

 関東連のことは本にも書いたけど、自分の地元に後輩がいるんですよ。一緒に遊んだりガキの頃から渋谷でチーマー狩ったりした奴が。でもある日、「俺はもう関東連合だから」って言われて寂しい思いもした。俺もその頃には任侠右翼に入ってたから、「組織に入った以上しょうがないな」って怒ったりしなかったけど。芸能人は工藤さんですか?

工 どうかな? わかんないですね。ただイベントやってた時から周りにそういう子はいっぱいいましたよ。誕生会やってあげたりとか。それがネットに書かれるって意外だったですけど。

 誰がチンコロしたんだ?って話ですよね。

工 けっこう有名な芸能人とも付き合ったことあるけど、そっちは書かれてないから大丈夫です。でも歌舞伎じゃ芸能人と付き合うより有名キャバ嬢連れて歩くほうが評価が高いんですよね。

――工藤さんは関東連合と関係はあるんですか?

工 付き合っている人間はいますよ。でも僕は幹部でもなんでもないし所属したこともない。ネットじゃ武勇伝みたいにカッコいいことばっか書いてありますけど、嫌な思いはいっぱいしましたよ。撃たれたことも刺されたこともあります。けど自分が好きでやってることだから。結局悪い仕事なんだから。双六でいうと上りのない世界ですよ、闇金て。ゴールがない。結局法律が厳しくなってバブルも弾けて手を引きましたし。

危ない橋ばかり渡ってきた

闇金バブルが弾けると、歌舞伎町で名を売った人物もそれぞれが別の道を歩きはじめた。ヤクザになり、実業家になり、詐欺師になる者もいた。

工 自分は闇金やめてからも仕事ばかりです。こないだ立ち上げた会社で27社目かな……色々やってますけど、ブラックはやってないですよ。卑怯なグレーはやってないです。五人衆の中には歌舞伎でキャバクラや六本木のクラブも持って完全に正業で成功している人間もいますね。

藤 自分は懲役上がって3年なんで、グレーなことは下がやっててタッチしてないけど、黙ってても金が入ってくる。でもまあ、酷いことばっかやってきたんでロクな死に方しねえなって思ってます。もう40過ぎたし、背中に仏さん背負ってるし、これ以上悪いことしようとは思ってないけど、とりあえず表と裏の交通整理はビッチリしてます。

工 歌舞伎町で闇金やって、いいこともたくさんあったけど悪いこともついてくる。でも後悔はしてないですよ。あんなに金持ったこともないですし、あんなに遊べたことも今後ないでしょう。

「カネがすべての街だけど、カネだけの奴は消えていく。暴力も人脈も情報もトップじゃないと」それが歌舞伎町で生き残る最低条件。ふたりがなぜ「歌舞伎町五人衆」と呼ばれたのか、その理由の一端がここにある。

「何億ものカネが簡単に手に入る。ランボルギーニでも、ウブロでも、女でも何でも買えた。でも楽しいのは最初だけ。すぐ飽きる」

だが派手な夜の世界に憧れた新しい世代がまた不夜城にやってくる。歌舞伎町アンダーグラウンドは、飽くなき欲望を包み込み、今後も「歌舞伎町五人衆」を生み出していくだろう。

以上になります。