【ナックルズ】田丸大が木村兄弟の弟を倒す写真|ケンカの勝敗は?

関東連合
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関東連合の田丸大といえば、元TOP-Jの副リーダーとして知られており、喧嘩の強さや人望の厚さで有名だった人物です。

田丸大について一部で噂されているのは、田丸が木村兄弟の弟・木村孔次朗をぶっ飛ばしている写真がアウトロー誌の『実話ナックルズ』に掲載されたらしい、ということです。

実はこの噂は事実であるらしく、関東連合メンバーと木村兄弟の周辺者でその両方に面識がある「アウトローのカリスマ」瓜田純士も著書の中で認めていることです。

この写真について調べたところ、画像をネット上に発見しました。

またこの喧嘩の勝敗についても、見ていたらしき人たちの証言から探ってみました。

よろしければご覧ください。

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【ナックルズ】田丸大が木村兄弟の弟を倒す写真|ケンカの勝敗は?

【ナックルズ】田丸大が木村兄弟の弟・木村孔次朗をぶっ飛ばす写真

「関東連合の田丸大が木村兄弟の弟・木村孔次朗をぶっ飛ばしている写真」などと聞けば、アウトローマニア垂涎のものだと思います。

それなのにこれがそこまで知られていないのは、おそらくこれがモザイク入りの写真で、構図も(乱闘だから致し方ないものの)ゴチャゴチャしてどれが誰だか分かりにくいことからだと思います。

実物がこちらです。

おそらく1枚目の写真で左側にいる短髪スーツの男が田丸大、ブレて見えづらいですが、右側に低い姿勢でいる男(もつれて2人いるようにも見えます)が木村孔次朗でしょうか。

また関東連側と見られる者たちはスーツ姿で、冠婚葬祭の帰りや途中などで木村孔次朗に出くわしたのでは、と推測できます。

場所は歌舞伎町の風鈴会館前?

また匿名掲示板の書き込みによると、この喧嘩のあった場所は新宿歌舞伎町の「風鈴会館前」とされています。

風鈴会館は今でもあるので、「元」というのがよく分からないですが、風鈴会館に入っている店舗の一つが閉鎖され、それを「元」と表現したのでしょうか。

たぶんシンプルに「風鈴会館前」と理解していいのではないかと思います。

画像:Google

写真は『実話ナックルズ』グラビア

筆者自身も掲載号についてよく知らないものの、「ナックルズ」はよく慣例的に歌舞伎町などの繁華街での喧嘩や酒で乱れた酔客・女性を撮影した写真をモザイク入りでグラビアに持ってきます。

この写真もその一種であったようです(後述)。

しかもこれは市川海老蔵暴行事件(2010年11月25日)や六本木クラブ襲撃事件(2012年9月2日)で関東連合が世間の耳眼を集める以前のものなのです。

したがって関東連合や木村兄弟の名もそこまで知られておらず、取材対象として執着されていなかった可能性があり、ナックルズ記者らもこれを関東連合・木村兄弟の写真と知らずに掲載した可能性もあります。

『実話ナックルズ』田丸大・木村兄弟の弟の写真の掲載号は?

ではこれは『実話ナックルズ』の何月号に掲載されたものなのでしょうか。

瓜田純士は関東連合と木村兄弟の抗争を記した著書の『遺書』で、このように書いてます。

2008年ごろから、K村兄弟と関東連の抗争は激しさを増していった。

春先だったと思う。雑誌『実話ナックルズ』のグラビアに、孔次朗が殴られてぶっ飛ばされている写真が掲載されてしまった。殴っているのは関東連と親しいDくん(元TOP-J)。

この「関東連と親しいDくん(元TOP-J)」という記述は、「関東連と親しい」という部分だけだと微妙ですが、「元TOP-J」という部分から、「大くん」、つまり田丸大を指していると思われます。

そして瓜田のこの記述から、2008年の春先に発売された『実話ナックルズ』であると推測できます。

「春先」ということから、2008年の1~3、4月に発売されたものでしょうか。

ここからさらに憶測が入りますが(繰り返しますが筆者自身は未確認です)、Amazonで『実話ナックルズ』の2008年のものを見ると、

  • 2008年2月号( 2007/12/28発売) ¥352円~
  • 2008年3月号(2008/1/30発売) ¥28,478円~
  • 2008年4月号(2008/2/29発売) ¥352円~
  • 2008年6月号(2008/4/30発売) ¥1,211円~

と、3月号だけヤケに値段が高騰しています。

ひょっとして例のグラビアが高騰の原因で、該当写真の掲載号は3月号なのでしょうか?

1/30発売という、『遺書』の「春先」という条件にも合致します。

しかし一つだけ抜けて取り扱われていない「5月号」もそれはそれで怪しい‥‥。

ところで、公式サイトのバックナンバーでも(2020年11月28日)現時点で買い求めることができるもっとも古い号が「2009年09月30日発売号」(2009年11月号)で、2008年のものではありません。

どうしても実物が見たいならAmazonなどになるでしょう。

また筆者自身が確認したわけではないので、最悪「どれでもない」という可能性もあるので、くれぐれも買い求める場合は慎重に、自己責任でお願いします。

田丸大と木村兄弟の弟・木村孔次朗のケンカの勝敗は?

さて、瓜田の「孔次朗がぶっ飛ばされた」という記述からもこの喧嘩の優劣がある程度分かってしまいますが、いちおうこの喧嘩の勝敗、どのような模様だったのかを匿名掲示板の書き込みなどから探ってみます。

この喧嘩について、3つの証言を見つけることができましたので、それを見て勝敗について探ってみましょう。

証言1「木村孔次朗が田丸の目に指を入れた」

これは直接の目撃者からの証言です。

  • 木村孔次朗が田丸大の目に指を入れている時に警察が大勢来て連れていかれた。
  • 田丸大は警察に素直に応じたが、木村孔次朗の方は抵抗して暴れていた。
  • そのために田丸は警察が来てラッキーだと思っているように見えた。

「目に指を入れる」喧嘩といえば、木村兄弟は兄の泰一郎はチーマーの「イラプション」リーダーとのタイマンで、孔次朗も関東連合の柴田大輔との喧嘩でそれぞれ目に指を入れた(あるいは入れようとした)そうで、手段を選ばぬ泥臭い喧嘩は兄・弟問わず、木村兄弟の持ち味だったようです。

またこの証言者は「田丸は警察が来てラッキーだという感じに見えた」と書き込んでいますが、しかし田丸は木村孔次朗のような「狂犬タイプ」ではなく、大勢の警察が来た以上続けることはできないと判断しただけのように思えます。

また「ヤクザは先輩から警察対応を学び、普通のチンピラと比べれば警察に対してそれほどゴネない」などという話も聞くことがあります。

田丸がこの頃に本職だったかは分かりませんが、田丸は住吉会幸平一家の堺組に属しており、それでこのような対応になっただけだという可能性があります。

証言2「どう見ても田丸大の勝ち」

これも直接喧嘩を見た人の証言です。

この方は、

  • 木村が負けそうになって苦し紛れに目に指を入れたり、足を持って投げ飛ばしたりした。
  • ギャラリーから多くのヤジが飛んだ。
  • どう見ても田丸の勝ちだった。

としています。

証言3「タイマンではなく3対2だった」

これは直接の目撃者ではなく、後輩のホストが見たそうで伝聞です。

この方によると喧嘩は田丸大と木村孔次朗のタイマンではなかったそうです。

  • 田丸側が3人、木村側が2人だった
  • すぐに警察が来たために決着がつかなかった
  • (先述したように)場所は元風鈴会館前

3つの証言を総合すると‥

伝聞一人を含む3つの証言をすべて総合すると、具合の悪いことに、

  • 警察が来て田丸はホッとしていた(木村の優勢?)
  • どう見ても田丸の勝ちだった(田丸の勝ち)
  • すぐに警察が来て決着がつかなかった(引き分け)

と、いうなれば「木村の優勢(と解釈できる証言)」「田丸の優勢」「両者引き分け」と、すべてに1票ずつ入るような結果になっています。

強いて言えば、「警察が来て田丸はラッキーという感じに見えた」という表現に比べて、「どう見ても田丸の勝ち」と、田丸に軍配を上げた目撃者の表現の方が力強いものになっています。

瓜田純士『遺書』では

結局、田丸大と木村孔次朗の喧嘩の勝敗についてはどのように考えればいいのでしょうか。

重複する部分もありますが、木村兄弟と親しい瓜田の『遺書』での記述をまた引用します。

春先だったと思う。雑誌『実話ナックルズ』のグラビアに、孔次朗が殴られてぶっ飛ばされている写真が掲載されてしまった。殴っているのは関東連と親しいDくん(元TOP-J)。

雑誌の誌面で恥をかかされたK村兄弟は、Dくんや関東連への敵意をさらに強め、新宿や六本木で小競り合いがまた増えてきた。

木村孔次朗に「田丸にやられた」という自覚があったからこそ、ナックルズでの写真掲載で(モザイク入りにも関わらず)「恥をかかされた」と思ったのでしょう。

だからやはり、田丸大の判定勝ちくらいに考えるのがちょうどいいのではないでしょうか。

田丸大にやられて木村兄弟の弟・木村孔次朗は足に怪我

実はさらに、匿名掲示板では、田丸と木村孔次朗の喧嘩について、喧嘩の勝敗などよりもずっと興味深い証言があります。

なんと、「木村孔次朗は田丸大にやられたことで足を怪我した」というものです。

これだけで関東連合や六本木クラブ襲撃事件について詳しい方は既にお察しだと思います。

「木村孔次朗の足のケガ」と言えば、関東連合の六本木クラブ襲撃事件において、実際には人違いだった被害者の特徴に、「木村兄弟の弟・木村孔次朗と同じで足をひきずって歩いていた」というものがあります。

背格好や服装など諸々の特徴の類似もあったでしょうが、明らかに簡単に演出できるものではない「足を引きずって歩く」という特徴のために、関東連合関係者らは「これは木村兄弟の弟の木村孔次朗だ!」と考えたようなのです。

木村兄弟と対立していた関東連合からすれば、「木村兄弟の弟の足にケガを負わす」ということは田丸大の大きな功績といえるでしょう。

ところが結果的に、(田丸が木村孔次朗の足に怪我をさせたのが本当だとすれば)それが皮肉にも関東連合を崩壊させる事件の原因の一つとなったということになります。

まるで小説か映画のような予想外の結末といっていいのではないでしょうか。

この記事は以上になります。

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