横綱 稀勢の里は引退会見で何を語った?引退会見の内容詳細は?

引退を決意した横綱・稀勢の里(きせのさと)が引退会見を開きました。

ここでは

  • 横綱稀勢の里は引退会見で何を語ったのか

ということを中心にお伝えしようと思います。

稀勢の里引退会見


引退会見は1月16日午後3時半すぎから始まりました。

冒頭で稀勢の里は「私、稀勢の里は今場所を持ちまして引退し、年寄・荒磯として後進の指導に当たりたいと思います。現役中は大変お世話になりました」と述べます。

今の心境について

「横綱として皆様の期待に添えられないということは非常に悔いは残りますが、わたしの・・・」ここで大きく言葉に詰まる。

「土俵人生に一片の悔いもございません」と涙をこぼしつつ語りました。

引退を決めた理由

「やりきったという気持ちが一番最初に出ました」

記者:そのあとで師匠と話を?

「はい」

相撲人生について

相撲人生について聞かれ「本当にいろいろな人に支えられ、1人ではここまで来られなかったと思いますし、感謝の気持ちでいっぱいです」と述べました。

一番心に残っていること

「ありすぎてなかなか思い出せませんが、やはり稽古場が僕を強くしてくれました」

今場所について

「覚悟を持って、場所前から過ごして、稽古してきました。自分の中で『これでダメなら』という気持ちがあるくらい、いい稽古をしました」

「その結果、初日から3連敗という形で自分の中で、一片の悔いもありません」

「けがをして以来、自分の中ではいちばんいい動きができていたので自信を持って臨みました」と涙を拭いました。

ケガについて

「一生懸命、やってきました」と一言答え、ポロポロと涙をこぼすシーンもありました。「ケガをする前の自分に戻ることはできなかったです」とも。

「このまま潔く引退するか、いつも稽古場で自問自答していた。ファンのため、応援してくれる方のために相撲は続けようと判断してやってきたが、このような結果になって申し訳ない」

先代の鳴戸親方について

稀勢の里は、入門時の師匠で平成23年に亡くなった先代の鳴戸親方について聞かれてこのように答えています。

「先代は稽古場というものを大事にしていました。
稽古場の大事さを次の世代の力士たちに教えていきたいです」

また引退について先代に何を伝えたいか?と聞かれ、
「本当に、感謝の気持ちを伝えたいです」と。

先代の鳴戸親方が大関と横綱とで見える景色が違うと話していたことについて聞かれると、「大関と横綱は本当にまったく違うものでした。でも、まだまだ先代が言っていた景色は見えなかったです」と。

そして横綱という地位はどういうものかと問われ、
「自分自身を変えてくれた」と涙を流しながら答えました。

「この一番」というのを挙げるなら?

「2017年に横綱昇進を決めたあとの千秋楽での横綱 白鵬関との一番です。2011年に大関に昇進したときには千秋楽で琴奨菊関に負けました。その悔しい思いを持って、次に昇進するときには絶対に負けないという気持ちで取った一番でした」

土俵人生で貫いてきた信念は?

「『絶対逃げない』その気持ちです」

入門時の思い出は?

「早く強くなりたい。早く大銀杏を結いたい。その気持ちだけでした」

外国人力士について

「自分を成長させてくれたのは横綱・朝青龍関はじめ、モンゴル人力士のおかげという気持ちもあります。あの人の稽古を巡業中に見て、背中を見て、少しでも強くなりたいと思いました。上がれなかった時も、日馬富士関に声をかけてもらったり、非常にいいアドバイスをいただいて感謝の気持ちでいっぱいです」

日本人横綱としての期待・重圧について

「いい環境だったと思います。あの声援の中で相撲を取れることは力士として幸せなことでした。本当にいい思い出です」

どういう弟子を育てたいか?

「一生懸命相撲をとる力士、けがに強い力士、そういう力士を育てていきたい」

力士人生で忘れられない思い出は?

「天皇賜杯をいただいた時です。嬉しかったです」

会見の終わり


「ありがとうございました」と言って横綱が席を立つと、会場から拍手が沸き起こりました。稀勢の里は涙を流しながら語る場面が多く、その様子がとても印象的な会見でした。

同席の田子ノ浦親方は?

引退会見に同席した田子ノ浦親方はこのように述べました。

「自分から引退を言うつもりはないと決めていました。稀勢の里が入ってからずっと一緒にやってきて、いちばん近くで見ていたので。どれだけ相撲に熱意をもっていたか、けがと向き合い相撲をやってきているのを見てきました」

「自分の努力で横綱まで上がってきている責任感が強い男なので、そういう男が自分から私のところに相談に来るまではできるだけ支えていければなと思っていました」

このように自分から「引退」の言葉は出さないことを決めていたそうです。

また「きのう本人から相談があると言われ、本人の口から『引退させてください』とありました。本当によく頑張ったなと思います。相撲界にというよりも先代が夢に描いていた幕内優勝、そして横綱という僕たちができなかったことをやり遂げてくれてすごく感謝しています」と話しました。

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