チーマーKGBの初代リーダーから歴代トップ【千葉・津田沼】

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こちらの動画でKGB(キング・オブ・ギャング・ボーイズ)の内藤裕がKGBリーダーについて話しています。

動画の主だった内容と、ネット上の情報をもとにKGBの初代から4代目リーダーまで歴代のリーダーをまとめました。

一部、匿名掲示板の情報が混じります。
真偽のほどは保証できませんのでその点をご了承ください。
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チーマーKGBの初代リーダーから歴代トップ

内藤裕:KGB(キング・オブ・ギャング・ボーイズ)の話

動画の主だった内容はこのようなものです。

KGBは正式名称「キング・オブ・ギャング・ボーイズ」の略が名前の由来でした。

しかし内藤は略して「キング・ギャング・ボーイズ」としています。

KGB初代は柔道をやっており、体も大きく、喧嘩の強い武闘派で、この人の名前から「○○・ギャング・ボーイズ」ということもあったそうです。

内藤は初代の時から3代目までKGBにいました。

内藤は(おそらく)2代目からYouTubeで名前を言わないよう口止めされたらしく、この方は30人の従業員を抱える社長になっています。

3代目の時にKGBはTOP-Jを下して関東ナンバー1になります。

KGBはオシャレな不良で、当時は内藤もロン毛だったそうです。

それに先立つのが川奈毅(かわなつよし)の関東連合でした。

内藤はTOP-Jの井上勇(18億ATM不正引き出し事件で逮捕)と、喧嘩をする前から仲が良かったといいます。

井上は3代目リーダーの矢尻に一方的に喧嘩を売ったものの、矢尻には敵わず、津田沼、千葉、東京の人間の前で負けを認めました。

矢尻は喧嘩も強かったそうですが、冷静でもあり、喧嘩を収める度量もありました。

内藤によればKGB初代は新小岩(東京)で、2代目3代目から津田沼になったそうです。

内藤は瓜田と思しき人間に対し、「今でも格闘技やってるからスパーリングやるぞ」と言っていますが、久保は上の動画ではあまりスパーリングについては多くを語っていません。

(下はタイソンチャンネル内藤裕の第1弾動画)

チーマーKGBの歴代のトップ

ここからKGBのリーダーについてまとめています。

KGB初代リーダー:不明

初代リーダーは不明です。匿名掲示板ではイニシャルが「F」とされています。

ただこの時代に、「信義(のぶよし)」「兼弘(カネヒロ)」という有力なメンバーがいたそうです。(『カネヒラ』とされることもありますが、こちらは間違いみたいです)

KGBは「キング・オブ・ギャング・ボーイズ」(もしくはキング・ギャング・ボーイズ)ですが、その初代の有力メンバーの名前から「カネヒロ・ギャング・ボーイズ」とも呼ばれたといいます。

したがってこのカネヒロ・もしくは信義のどちらかがリーダーだった可能性があります。

2代目リーダー:田中雄二

KGB2代目リーダーは田中雄二です。

現在では経営者をしており、キックボクサーとしても活躍してチャンピオンベルトも獲得しています。

3代目リーダー:矢尻哲郎

3代目リーダーは内藤裕の兄貴分でもある矢尻哲郎です。

3代目KGBは「マニアック」という名前でも活動していたという噂もあります。

4代目リーダー:不明

KGBには4代目もあったそうですが、リーダーは不明です。

(記事おわり)

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