ドナルド・キーンの養子のキーン誠己とは?養父との共著がある?

アメリカ出身の優れた日本文学者・日本文化の理解者であったドナルド・キーン氏が96歳で亡くなった。

ドナルド・キーン氏は生涯独身だったが、キーン誠己氏という養子がいたようだ。

キーン誠己氏は「五代目 鶴澤 浅造(つるざわ あさぞう)」の名を持つ三味線演奏者でもある。このキーン誠己氏について調べてみた。

ドナルド・キーン死去

日本文学の国際化に貢献した文化勲章受章者で米コロンビア大名誉教授のドナルド・キーンさんが24日、心不全のため東京都内の病院で死去したことが分かった。96歳。通夜・葬儀の日程は未定。お別れの会を後日開く。喪主は養子のキーン誠己(せいき)さん。

引用:毎日新聞

ドナルド・キーンさん死去 日本文学研究の第一人者(19/02/24)

キーン誠己

キーン誠己氏は1950年生まれで出生名は上原誠己(うえはらせいき)。

実家は新潟市(旧巻町)にある造り酒屋「上原酒造」で、誠己氏は次男だった。

2017年2月15日の日経新聞紙上では、次のように語っている。

「実家は新潟市(旧巻町)にある造り酒屋ですが、大学は東京に出ました。当時は大学紛争まっただ中でろくに授業もない。先に上京していた兄に連れられてアングラ劇場などに出入りするうち文楽と巡り合ったのです。筋書きの面白さと迫力に引き込まれ、すぐ弟子入り。1972年からは人形浄瑠璃文楽座に所属し三味線を弾き始めました」

この浄瑠璃が、養父となるドナルド・キーン氏との縁になる。

ドナルド・キーンの養子になる

2006年11月に誠己氏はドナルド・キーン氏を訪ねる。

キーン先生の対談が東京であると聞き、アポイント無しで楽屋を訪ねました。私からすれば、古典芸能に詳しい大先生。しかも全くの初対面です。無謀にも指導をお願いすると、大英博物館に越後国柏崎を舞台にした古浄瑠璃の床本が残っていることを教えてもらいました。

この時の出会いから2人の交流が始まる。

ドナルド・キーン氏は11年の東日本大震災後に日本永住を決め、12年3月初めに日本国籍を取得しているが、同じ月の下旬に誠己氏と養子縁組をした。

養子の申し出はドナルド・キーン氏からで、戸籍上の名が「キーン ドナルド」だったために、誠己氏も「上原」から「キーン」に改姓することになったという。

誠己氏は養子縁組の前からドナルド氏の身の回りの世話や秘書業務をしており、毎日3度の食事を作り、夕方には一緒に買い物に出かけていた。

また誠己氏にはドナルド・キーン氏の日々の暮らしを伝える「日々、ドナルド・キーンとともに」というブログもある。

三味線奏者として

三味線奏者としての誠己氏は「五代目 鶴澤 浅造(ごだいめ つるざわ あさぞう)」であり、「越後 角太夫(えちご かくたゆう)」とも名乗っている。

上の写真は2017年9月24日に新潟県柏崎市で上演した「弘知法印御伝記」の一場面での誠己氏。「弘知法印御伝記」は初対面の時にキーン氏が誠己氏に床本の存在を教えた浄瑠璃。

文楽 「仮名手本忠臣蔵」 十一段目 1

ドナルド・キーンとの共著『黄犬(キーン)ダイアリー』

誠己氏には2016年に平凡社から出版のドナルド・キーン氏との共著がある。

ジャンルはエッセイで、内容はキーン氏が日常で感じたことを語り、養子の誠己氏が父の素顔をつづったというものである。

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