川崎通り魔事件の犯人から「無敵の人」論争が勃発?

川崎市登戸のカリタス小学校に向かうスクールバスを待つバス停で、無差別殺傷事件があり、19人の怪我人が出て、女子児童一人と男性一人、そして犯人の男が死亡するという事件が起きました。

この事件に関連して、犯人は「無敵の人」だという意見やそれをめぐる様々な見解が飛び交っています。

「無敵の人」とは? 川崎通り魔事件をめぐる「無敵の人」論争とは?

ここにまとめました。

無敵の人とは?

「無敵の人」とは、ネットから生まれた言葉で、現在では、社会的には決定的な負け組であるために地位も名誉も財産も持たず、失うものがないゆえに「無敵」である人、という意味で使われます。

「無敵の人」という言葉とは裏腹に、それは決定的な社会的弱者が失うものがないゆえに一転して社会に対して危険な存在と強制力を持つことを表した言葉です。

もともとは2チャンネルを作った「ひろゆき」さんが2008年6月ごろに言い出したのが始まりです。

逮捕されると、職を失ったり、社会的信用が下がったりします。

元々、無職で社会的信用が皆無の人にとっては逮捕というのは、なんのリスクにもならないのですね。(中略)

でも、現在はインターネットを使った犯行予告をすることで、警察官を特定の場所に動員したり、飛行機を遅らせたり、警備員を走らせたりするぐらいの発言力が手に入ってしまっているわけです。

彼らは、それなりの社会的影響力を行使できる状態にあるのですね。

でも、欲望のままに野蛮な行動をする彼らを制限する手段を社会は持っていなかったりするわけです。

ちなみに個人的に、こういう人を「無敵の人」と呼んでいたりします

無敵の人に命令系統があって、ボスを捕まえたら解決するってものでもないのですね。

無敵の人が何かをしたら、無敵の人を捕まえて、一定期間だけ閉じ込めておくことは出来ますが、一定の期間が経つと無敵の人は社会に戻ることが出来るわけです。

んで、無敵の人は気が向いたときに社会を混乱させることが出来ますが、無敵の人が社会を混乱させる前に無敵の人を止めることは誰にも出来ないんですよね。

3回刑務所に入ったら死刑とか、野蛮な刑罰のような気がしますけど、こういったルールでも作らない限り、現状には対処出来ないんじゃないかなぁ、、と思う昨今です。

引用:ひろゆき公式ブログ

川崎通り魔事件で「無敵の人」論争が勃発?

犯人が通りまですぐに犯行後すぐに自殺してしまったことから、犯人は失うもののない「無敵の人」だっただろうという推測がなされました。

ツイッターのトレンドには「無敵の人」という言葉が入るほどでした。

「無敵の人」批判への批判など

犯人は本当に無敵の人?

まだ情報が少ない状況で犯人を「無敵の人」と呼ぶのはどうかというツイートもありました。


でも、通り魔+本人自殺なんだから「無敵の人」でほぼ間違いないんじゃないでしょうか。

無敵の人という言葉には、嫌悪感を示す人と「自分にもそのような要素がある」と同情的あるいは共感的な反応を示す人と反応が別れます。

私もどちらかといえば自分の中に「無敵の人」の要素がある気がします。

そして解決策を提示するのはとても難しい問題です。

こんなツイートもありました。

しかしそもそも「結婚もできない」から無敵の人なんじゃないでしょうか。

そして本物の「無敵の人」は、仮に一時的に何かしらの立場を作られたとしても、その立場すら放置して破滅へと向かってしまうだろうという気がします。

以上、川崎通り魔事件での無敵の人論争の情報でした。

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