川名毅への関東連合のクーデターの真相とは?溝口敦が本人に取材

川名毅(かわな つよし)は一時期、関東連合のメンバーを束ねていましたが、次第にメンバーとの仲が険悪なものになり、ついにクーデターが起こって縁が切れたとされています。

そこまでの経緯やその時の様子は柴田大輔(筆名:工藤明男)の『いびつな絆』などでも描写されています。

一方で、裏社会をテーマにしたライターの第一人者として名高い溝口敦が川名毅本人に取材した著書『闇経済の怪物たち』では、微妙に違うことが書かれています。

二つの記述を比較してみました。

川名毅への関東連合のクーデター

川名は関東連合メンバーに、自分の人脈を紹介したり仕事を紹介したりする一方で、「場面」と呼ばれる自分の力を誇示する場などに呼びながら、そこでの足代を自分のポケットに入れるなどして利用していました。

そのことで徐々に「ただ働きさせられている」という不満が貯まって、とうとうその不満が爆発する形で関係が破綻したといいます。

『いびつな絆』では川名毅(川奈毅)と関東連合メンバーたちが割れることを、特に松嶋クロスが強く主張したといいます(文中の「K」は川名毅(川奈毅)です)。

関東連合のなかでKと割れることを強硬に主張したのは松嶋クロス(元AV監督)だった。

Kの下で直接働いていた松嶋の中には特別な思いがあったのだと思う。尊敬と憎悪の入り混じった複雑な思いで、それは恋人に期待を裏切られて憎悪するようになるケースにも似ていた。

松嶋は単にKと割れるというだけでなく、Kを陥れて潰したいと考えているように思えた。

引用:工藤明男『いびつな絆』

そして見立はクリエイティブな発想ができる松嶋の意見を尊重する傾向があったので、そのまま川名とは割れる方向で話がまとまっていきました。

当日の出来事についてはこのように書かれています。

「あんたにはもうついてけない――」

S54年生まれのリーダーが少年院から戻ってきた2000年。見立君以下、二十数名で六本木ロアビル内にある喫茶店にKを呼び出して最初に言った言葉だ。出会ってから約4年、関東連合の権力がKから、見立君に移った瞬間だった。

「ちょっと待ってくれよ。俺がお前らにしてやったことを思い出してくれよ」
Kはもの凄く口が達者である。私たちもそのことは充分に理解していたため、事前にKに言いくるめられないように話し合っていた。

それでもKの饒舌な口調で説得され続けると、
「確かにK君にはお世話になりました。自分はK君にもっとしっかりしてもらいたくて……」
と、Kと和解しそうになる者もいた。

「ガタンッ!!」
座っていた椅子をひっくり返して立ち上がったのが見立君だ。
「お前らが文句ばっか言ってっからこうなってんだろ!? どうすんだよ? やっぱり仲直りでもして、また下でタダ働きすんのかよ?」

和解に傾きかけた仲間に痺れを切らしたように言うと、その者は黙ってしまった。見立君はKに向き直る。

「あんたもどうすんだよ!? こっちは割れるけど揉める気あんのかよ?」
「いや待てよ見立。そういうのじゃないだろ。俺はもともと、お前らのことを考えて、お前らのためになる人脈を繋いできただろ?」
「だから揉める気あんのかよ?」
「いや、だからそんな気はないって」
「わかった。じゃあこれで絶縁で――行こうぜ」
Kは、まだ何か言いたいことがありそうだったが、私たちは口を開けたままのKを残して喫茶店を後にした。

引用:工藤明男『いびつな絆』

クーデターの真相とは?溝口敦が本人に取材

ところが、溝口敦が川名毅本人に取材した『闇経済の怪物たち グレービジネスでボロ儲けする人々』では、だいぶ違う印象を持つ記述になっています。

「関東連合を解散しないなら…」

特に違うのは、割れるまでの前段階で先に三行半を突き付けていたのは、川名の方だったということです(『闇経済の怪物たち』では川名の名は「多田達也」と仮名にしてあります)。

数年後、多田さんは徐々に関東連合のメンバーに剣呑さを感じていく。
「彼らは下の者に向かって『刺せ』『殺せ』とマジで命令している。こいつら、ヤバいなと思い始めた。傷害致死で相手を殺す。もはや喧嘩というレベルじゃない。やってることが異常すぎる。トーヨーボール事件(2000年)の首謀者として石元太一は相手側に1名の死者を出した。この石元もまた変質した関東連合の犠牲者だと思った。

ぼくは30歳近くになっていたし、もう少し仕事をまじめにやりたかった。彼らとはこれ以上、まともに付き合えない。それで松嶋クロスを呼び、関東連合を解散しないなら、俺が紹介したルートは今後使うな、紹介した仕事もやめてもらう、と言い渡した。松嶋は『えっ』と絶句していた

引用:溝口敦『闇経済の怪物たち』

と、このように川名から絶縁に近いことを言い渡したとされています。

柴田(工藤明男)の『いびつな絆』の記述とはだいぶ印象が異なりますが、柴田が意図的に印象操作をしたというより(それをしても得はないので)、単純に川名が言い出したことを松嶋クロスは他のメンバーに伝えなかっただけなのかもしれません。

例えば『いびつな絆』で書いているように、松嶋が特に「K(川名)と割れることを強硬に主張した」というのも、川名から先に三行半を突き付けられた松嶋はメンバーにそれを黙ったままで、先にクーデターを起こして既成事実を作って「振られる前に振ろう」と焦った結果だった可能性があります。

『いびつな絆』では、関東連合内で川名に対する不満が出始めても、今まで世話になった情があるためになかなか縁を切れずにぐずぐずしていたという記述があります。

そんな中で逆に川名の方から縁を切るようなことを言われたために、松嶋はかなり衝撃を受けたのかもしれません。

また、川名が関東連合の過度な攻撃性を危惧していたということは、それを裏付けるような記述が『いびつな絆』でも見つかります。

いつものように”場面”で呼ばれた席で、私たちはKとはまったく関係のない他の席の客と揉めはじめた。きっかけは覚えていないが、いずれにせよ些細なことだったはずだ。私たちは苛立っていた。

そんな苛立ちを、トラブルを止めに入ったKに対して爆発させた。

「何で止めるんですか! あいつが先に生意気なこと、言ってきたんじゃないですか!!」
「まあ待て! 社長もいるんだから、ここはおとなしくしておけ。ここでやってもパクられるだけだぞ!」
「じゃあ、K君はナメられたまま引けって言うんですか!? こっちは馬鹿にされても黙ってろって言うのかよ!」

引用:工藤明男『いびつな絆』

このエピソードで川名が喧嘩を止めに入っているのは、関東連合の過度な攻撃性を憂慮していたという川名自身の証言と符号しています。

「一人一人とタイマン」してもいい

さらに割れた当日について、『闇経済の怪物たち』ではこのように書かれています。

と、何日かして関東連合から多田さんに相談したいことがあると連絡があった。2000年のことである。多田さんが六本木ロアビルの喫茶店に出向くと、待ち構えていた関東連合のメンバーが多田さんを囲んだ。

「あんたにはとりあえずもうついていけないってことになった」
と、いきなり言い出した。関東連合としては多田さんに関係を切られるより、むしろ自らクーデターを仕掛ける形を取りたかったのだろう。

「おいおい、待てよ。俺はお前らについて来いなどとは一度も言ったことはないぜ」
多田さんが突っ込みを入れた。

多田さんは当時を振り返って言う。
「結局、彼らはぼくが持っている物を全部ほしがった。ぼくみたいに安泰になろうと思っていた。ぼくもホントは知らんぷりをしていたかったけど、彼らのためを思って、みんなに仕事を紹介したりした。だが、彼らは逆恨みした。ぼくの下にいては、タダ働きさせられるだけだ、いいとこは全部、ぼくに持って行かれると曲解した。

ぼくは自分の利益を考えて、彼らとつき合ったわけじゃない。彼らと手を切るとは、ぼくから言い出したことだし、彼らとの絶縁に異議があるわけがない。だから以後、ぼくが紹介した人脈や仕事は使うなと、ここでも繰り返した。

紹介した人に迷惑はかけたくない。お前らの一人一人とタイマンで勝負してやるよ。だから、あえて、こうぼくは明言した。まだまだこいつらには負けないぞ。それだけの自信はあった」

引用:溝口敦『闇経済の怪物たち』

なんと川名は「一人一人とタイマン」してもいいとすら言ったといいます。

ずいぶん『いびつな』の記述の印象と違います。

川名は川名で自分のメンツを守るために何かしら作り話をしている可能性はありますが、このクーデターに関する語り口の違いはなかなか興味深いと思います。

同じことが見る角度によってこうも違って映し出されるということの好例ともいえるかもしれません。

以上になります。