加藤諦三の生い立ちとは?祖父母や父親について

ニッポン放送系のラジオ番組『テレフォン人生相談』でラジオパーソナリティーを務めている加藤諦三は、心理学的な著作を多く持っていることで知られている。

その著書は親子関係を重視しているために、現代の「毒親論」の系譜の、もっとも最初期のものと考えてもいいのかもしれない(と私は考えている)。

私の知る限り、加藤は自分自身の家庭について集中的に書いた著書はない。しかし、しばしば父親を中心として、自分の育った家庭について言及されることがある。

そうした加藤自身の育った家庭についての記述を集めて、加藤の生い立ちや家庭、父親についてまとめてみた。またWikipediaの記述も補助的に参考にした。

加藤諦三の祖父母

祖父は加藤政之助

加藤諦三の祖父は政治家の加藤政之助(1854年~1941年)である。

加藤政之助は立憲改進党に所属し、大隈重信を下野させ、国会開設の切っ掛けとなった激しい政府批判をしたことでも知られる。

この祖父の政之助のことは、2010年出版の『「自信が持てない人」の心理学』の記述を読む限り、加藤諦三も尊敬しているらしい。

政之助が16で父親を失ってから懇願されて村長になったこと、県庁の役人になったが、出世が約束されているのにそれを蹴って政治家の道に進んだこと、などが書かれている。

加藤諦三の祖母

しかしこの政之助の妻、つまり加藤諦三の祖母のことは、一族の中の諸悪の根源のように考えている(父系母系が逆である可能性もあるので、加藤政之助の妻ではない可能性もある。しかしおそらくは、それは加藤政之助の妻を指しているように思える)。

私は、祖父母を中心とした私の一族は、かなり心理的に問題のある一族であると思っている。そしてその一族をそこまで心理的に荒廃させた張本人は祖母だと私は信じている。ところが、やはりそのとんでもない女である祖母は、我が親族の中では「偉大な祖母」として神聖にして侵すべからざる存在なのである。

引用:『「あなたを傷つける人」の心理』

具体的に祖母がどういう人間であったかの記述はないが、病的な集団ではとんでもない人間が崇拝の対象となっている、という文脈でこの祖母が出てくるので、加藤諦三が祖母にどのような印象を抱いているかがよく分かる。

またこの「祖父母」の「祖父」が加藤政之助を意味するのだとすれば、加藤諦三の祖父に対する印象は、肯定・否定の両方を含む、アンビヴァレンツなものなのかもしれない。

加藤諦三の生い立ち

6人兄弟

加藤諦三の一家は大家族だったらしく、6人兄弟だったという記述がある(『「大人になりきれない人」の心理』)。

その記述は、加藤諦三の父親にとって6人も子供を育てるのは苦痛で大変なはずなのに、そんなに子供を作ったということについて批判的な記述である。

加藤諦三はそれを「子供が犬を飼いたいと思って飼う」ことに例えて、父親の未熟な心理のためだとしている。

子供時代

加藤諦三の子供時代のエピソードとして、学校で「コガネムシ」の歌を習って家に帰って歌ったら、父親からこっぴどく怒られたという話がある。

父親は自分の家が自分が望むほど金持ちではないことから、その歌を聞いて激怒した。そこで夜中まで説教をされたということである。

加藤諦三は大人になってからふとした機会にその歌を聞いて、涙が出るほど心を揺さぶられたという(『「不機嫌」と「甘え」の心理』)。

加藤諦三の父親

父親の職業

『「大人になりきれない人」の心理』には父親についての記述として、

  • 大学を卒業して、祖父のコネで文部省に務めた。
  • 文部省時代、父は一銭もお金を家に入れなかった(「当時は八百屋や魚屋も帳面で買うことができた」とある。つまりツケで買っていたということだろう)。

という記述がある。

しかし父親は大学の教員になったらしい。

父親の日記の記述

『やさしい人』では「ある高齢者の死ぬ前の日記」を取り上げている。

しかしこれは明らかに加藤諦三の父親の日記だろうと思える。

そこには「この人生で、自分がしようと思ったことのうち一つでもしていたら、自分の人生はこうまで苦しいものにはならなかったろう」と書いていたという。

他にも、父の日記には「もうどうにもならない」という記述もあったという(『「大人になりきれない人」の心理』)。

「苦しみ抜いて」死ぬ

加藤諦三には父親や家族だけを中心に記述した著書というのはないが、『「大人になりきれない人」の心理』ではやや詳しく父親について記述がある。あくまでも心理面の話であるが。

その中で、「自分にとっては許しがたいが、父の立場に立てば違う」と書いている。

加藤諦三に言わせれば、父は「苦しみ抜いて」死んでいった。

父は5歳児のように未熟なのに、結婚して家庭を持つ羽目になった。

そして自分自身が未熟なのに、「愛に無関心な女」である妻(加藤諦三の母)と結婚して、6人もの子供が生まれ、父親にならなければいけなかった。

父自身が成熟していないのに、家庭を持つ羽目になった。

父親は家族が嫌いで、妻が嫌いだった。

ある時、加藤諦三の父は激昂して、幼い子供たちの前で「俺一人が働かなければならないということはないんだ。明日からみんな働きに出ろ!」と言ったという。

それを加藤諦三は「父親の憎しみの叫び」と書いている。

そして最後には父は「女をみんな殺したい」と日記に書いて死んでいった。

いったい当人がどのような心情からそのようなことを言ったか不明だが、妻を中心として、女性のために嫌々働かざるえなかった、という気持ちから言ったのだろうと加藤諦三は書いている。

なぜこの『「大人になりきれない人」の心理』には、父親についての記述が多いのか? その理由は、おそらく加藤諦三にとって、「大人になりきれない人」の典型的な例が、自身の父親だと思えたためだろう。

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