金村剛弘の死の真相は?西新宿襲撃事件の犯人はだれなのか?スペクターの斎藤と西村?

関東連合の後見役ともとらえられていた金村剛弘(かねむらたかひろ)は、異常に鍛え上げられた肉体を持ち、その体躯から東京の不良会では「喧嘩最強」と呼び名の高かった男です。

しかしその金村剛弘は、2008年3月の早朝、西新宿5丁目の路地で金属バットのようなもので武装した、目出し帽をかぶった複数の男に襲われて大怪我を負い、数日後に病院で亡くなっています。

これがいわゆる西新宿事件(西新宿襲撃事件・西新宿撲殺事件)です。

この西新宿事件で亡くなった金村剛弘の葬式で、関東連合リーダーの見立真一は泣きながら「絶対に返し(報復)をする」と誓い、そのことが藤本亮介さんが犠牲になった、後のいわゆる「六本木フラワー事件」の人違い殺人に繋がっているといいます。

そしてそのような重大な事件にも関わらず、この事件は未だに未解決で犯人は捕まらないままになっています。

この西新宿襲撃事件の犯人とはいったい誰なのでしょうか?

どのような経緯で金村さんは命を落としたのでしょうか?

金村剛弘はどのような人物だった?

金村剛弘(かねむらたかひろ)は在日韓国人で本名は金剛弘(キム・ガンホン) 。

西新宿出身で1975年(S50)12月20日生まれ。

広末涼子の元夫である岡沢高宏とは小学校5年生の頃に知り合い、いじめられていたところを助けたことから「兄貴」と慕われるようになります。

後に金村と岡沢は一緒に「新宿ジャックス」(ギャング集団)を結成。

さらにその後、暴走族・久我山狂乱恋命に入ったようです。

俳優の高岡蒼佑(宮崎あおいの元夫)も金村を「兄貴」として慕っており、2006年12月に金村の誕生日を祝ったことをブログに書いています。

また金村は実業家としても成功し、韓国食材を輸入、歌舞伎町を中心に複数のビルを所有し、女性専用サウナも経営していたとも言われています。

そして金村は関東連合のメンバーらと近しい関係にあり、関東連合の後見人・面倒見のように認識されていました。

さらに金村の肉体は異常に隆起した筋肉の鎧をまとっており、「関東連合の暴力の象徴」(工藤明男『いびつな絆』)であり、そう易々と命を奪えるような人物ではないと思われていたため、その死はなおさら関東連合関係者をはじめ金村を知る人たちに強い衝撃を与えました。

関東連合はアウトローであることから必然的に暴力団との関係性が取り沙汰されますが、金村は山口組の弘道会と近しい関係にあったといいます。

しかし組員ではなかったという説が有力ですので、おそらく企業舎弟と半グレの中間的な立ち位置だったのではないでしょうか。

あるいは、純粋に個人的に付き合いがあっただけという可能性もあるのかもしれません。

そして西新宿事件は2008年3月16日に起こり、意識が目覚めぬまま金村剛弘が亡くなったのは同月の21日です。金村は32歳でした。

西新宿襲撃事件とその前にあった出来事

金村が亡くなることになった西新宿事件の前に、多くの出来事がありましたが、西新宿の襲撃に関係していると思われる出来事だけをピックアップして説明していきます。

最初に時系列順に並べると、このようなことがありました。

  1. 金村が地元のコンビニ前で木村兄弟に詰められる
  2. 金村が広尾のちゃんこ鍋屋でワンパンで相手を倒す
  3. 石元太一が吉野家で木村孔次朗と遭遇・孔次朗が金村に電話
  4. 金村が見立真一の誕生会に参加し、上機嫌で帰る
  5. 西新宿事件が起こる(その帰り道に襲撃されて命を落とす)

また工藤明男(柴田大輔)の『いびつな絆』によれば、1と2の間に、関東連合が友好関係にあった100名くらいの人間を集めて、木村兄弟を囲んで威嚇したという出来事があったそうです。(この記事では端折ります)

1から4までを一つずつ説明していきます。

金村剛弘が地元のコンビニ前で木村兄弟に詰められる

関東連合メンバーの多くが金村の死にもっとも関与していると考えていたのは、関東連合と対立していた「木村兄弟」の2人、特に弟の木村孔次朗(きむらこうじろう)です。


木村兄弟の2人


木村兄弟木村孔次朗

金村剛弘は、その木村兄弟らに地元のコンビニの前で待ち伏せされ、詰め寄られるということがあったそうです。

木村兄弟の2人は新宿ジャックスのOBで、そのため金村の後輩でもあります。それぞれ金村とは、兄の泰一郎(たいいちろう)が4歳、弟の孔次朗が5歳離れているといいます。

木村兄弟らの現役の時には、そうした年齢の差や先輩だったこともさることながら、異常な筋肉に由来する腕力を背景に、力づくでパーティー券の押し売りやカンパの命令をする金村ほど、木村兄弟にとって怖い先輩はなかったといいます。

西新宿事件のどれくらい前か不明ですが、その金村が地元・西新宿の前のコンビニで、ジャックスの後輩である木村兄弟ら数名に待ち伏せされ、囲まれて詰め寄られるという出来事はありました。

「先輩、自分たちと揉めるんですか?」
「いや、どうしたんだよ」
「関東連の奴らとツルんでるんですよね? じゃあ、自分たちが関東連の奴らと揉めたら、先輩も自分たちと揉めるってことですか?」
「俺は、そんなことないよ」
「やんならやってやりますよ」
「いや、だからそんなんじゃないだろ」

引用:工藤明男『いびつな絆』

工藤明男(柴田大輔)の『いびつな絆』では、ここで金村を囲ったのを単に「キム兄弟ら数名」とだけしています。実際に兄と弟の両方が揃っていたかどうかは不明です。

そしてこの出来事を聞いた関東連合メンバーの怒りの矛先は、木村兄弟よりもむしろ金村自身に向かいます。

明らかな腕力の優位があるにも関わらず、その場で木村兄弟をやらなかった金村は、関東連合内で「囲まれてビビっただろ」「イモ引きやがって」とネガティブにとらえられて信望を失い、西新宿事件の前までしばらくの間ホサれた(相手にされなくなった)そうです。

広尾のちゃんこ屋でワンパンで倒す

次のこの事件は一般にもっとも金村の死に直接の繋がりがあるのではないかとされているものです。2008年3月14日、西新宿事件の2日前に起こった事件です。

その事件とは、都内渋谷区の広尾にある関東連合メンバー行きつけのちゃんこ鍋屋で、金村が関東連合と対立していたグループのメンバーらと鉢合わせてしまい、その内の一人を殴り倒したということです。

ちなみにこの広尾のちゃんこ屋とは(石元太一が通っていたという情報があることから)、元力士の玉海力(たまかいりき・本名:河邉幸夫氏)が経営していた「どすこい酒場 玉海力 広尾本店」ではないかと思われます。

この「どすこい酒場 玉海力 広尾本店」は2017年9月末に閉店しています。⇒【玉海力広尾本店】閉店のお知らせ(広尾本店は閉店しましたが、系列店は銀座・武蔵小山・赤坂などにもあります)

そしてその日、久しぶりに関東連合メンバーと会った金村はこのちゃんこ鍋屋に一緒に行ったところ、関東連合と対立する木村兄弟の参謀格であった武田修(ジャックスOB)が所属する、山口組・秋良連合会(あきられんごうかい)一蓮会の組員ら数名と出くわしてしまったといいます。

両グループは食事中はお互いに気づかなかったものの、会計の時にお互いの存在に気づき、店を出た途端にいがみ合いになりました。

この時、金村が相手の一人を殴りつけ、「バチン!」という凄い音がして相手は倒れました。殴った金村の腕が負傷したというほどなので、相当な衝撃だったと思われます。

一蓮会グループは戦意を喪失してたちまち退散しました。

この金村の「一発」は、地元のコンビニで木村兄弟相手に詰められた件で信望を失っていた金村の関東連合内での地位を再び回復するような効果がありました。

個人的には、しばらく関東連合内で孤立していた金村の「もう関東連合の仲間に馬鹿にされたくない・ハブられたくない」という思いが、この一発を生んだ気がします。

一方で瓜田純士は『遺書』で、金村と関係が深かった弘道会と、秋良連合会(木村兄弟グループの武田修は秋良連合会・一蓮会組員)との関係が良くないことが、そのことが原因の一つとしてあったとしています。

石元太一が吉野家で木村孔次朗と遭遇・孔次朗が金村に電話

この事件はその直後にあったといいます(瓜田純士『遺書』による)。しかし媒体によって細部のディティールがだいぶ違います。

事件は関東連合の石元太一らが、六本木の吉野家で木村孔次朗と遭遇したことで始まります。

瓜田純士の『遺書』によれば、この時、孔次朗は石元の携帯電話を取り上げて金村に電話、「金村くん? 孔次朗ぉ。やるからね関東連」と言ったといいます。(木村孔次朗は「孔次朗ぉ」と自分の名前を名乗る挨拶が癖だったそうです)

これが本当だとすれば、この時の木村孔次朗は石元の携帯を使い、ほとんど金村に対し関東連合への宣戦布告のようなことをしたことになります。

西新宿事件で木村兄弟の関与が疑われたのは、そのようなことがあったからだといいます。

(一方でこの事件は、工藤の『いびつな絆』では端折られています)

石元太一『反証』によると

ところでさらにこの時、石元太一は木村孔次朗に携帯電話と車の鍵を盗まれたとしています(瓜田純士『遺書』)。

このことは裁判でも「S木」という関係者に証言されているそうですが、石元太一は『反証』で車の鍵については否定しています。

石元太一の『反証』によれば、孔次朗と同じ少年院だった石元の友人と孔次朗が入り口で話しており、石元が「俺の連れに何か用か?」と話しかけたのが始まりでした。

そこでお互いに関東連、木村兄弟の弟だということが分かり、石元が「揉めんのかよ?」と訊きますが、孔次朗はそれに答えず「金村君と連絡が取れないから電話してみてくれ」と頼みます。

そこで石元が金村に電話して、金村に「代わってくれ」と言われたので孔次朗に代わると、孔次朗はそのまま電話しながら店から出て戻ってこなかったといいます。(携帯電話だけはやはり盗まれたそうです)

後で石元が金村に電話で何を話したか確認したところ、

「わからない。”電波が悪いんで切れそうです!”って慌てた口調で突然切られたから。その後、K(木村)のアニキに連絡したけど、”弟と今連絡が取れないんですよ”としか言わないし」

引用:石元太一『反証』

と返されたそうで、だいぶ瓜田の『遺書』や裁判での証言と違います。

見立真一の誕生日パーティーに参加

金村が広尾のちゃんこ鍋屋で相手の一人をワンパンで倒した次の日(2008年3月15日)、西麻布のカラオケラウンジのVIPルームで開かれた見立真一の誕生パーティーに金村は招かれています。

このパーティーは仲間内の限られたメンバーで行われ、前日に金村がちゃんこ屋で秋良連合会一蓮会の関係者をワンパンで倒したという武勇伝で盛り上がり、全員が気分よく飲んだそうです。

日付が変わって3月16日、午前4時頃にお開きになります。

前日のこともあったので後輩から金村は「昨日の事件があった後なので、気をつけてくださいね」と言われましたが、特に気にする様子もなかったといいます。

西新宿襲撃事件と金村剛弘の死

その帰り道に事件は起こってしまいます。

金村は自宅まで車を運転して、(酒が入っていたそうなのでおそらく飲酒運転になりますが、それはこの際おくとして)車を降りた直後に待ち伏せしていた目出し帽をかぶった集団に、金属バットのようなもので襲われます。

金村は泣きながら命乞いをして300メートルほど逃げたそうですが、襲撃者らは「殺せ! 殺せ!」と叫びながら殴り続けたといいます。

事件について産経新聞は次のように伝えました(孫引き)。

犯行グループは金さんの帰宅を待ち伏せし、逃げる金さんを約300メートル追いかけて執拗(しつよう)に暴行していたことも判明。捜査1課は、金さんが意図的に狙われたと断定、トラブルとの関連や交友関係を調べている。

調べでは、金さんは3月16日未明、新宿区西新宿の路上で、複数の男に鉄パイプなどで襲われた。金さんは「ごめんなさい」と泣きながら命ごいしたが、男らは「殺せ殺せ」と言いながら暴行を続けた。悲鳴を聞いた住民の通報で警察官が駆け付けたが、男らは既に逃走。金さんは病院で21日に死亡した。

目撃証言から、男らは十数人で事件直前に金さんを自宅周辺で待ち伏せしていたことが判明。全員が目出し帽で顔を隠しており、捜査1課は顔見知りのグループとみて捜査を始めた。

引用:溝口敦著 『溶けていく暴力団』第三章「飛んでる半グレ集団」

西新宿事件は2008年3月16日に起こり、意識が目覚めぬまま金村剛弘が亡くなったのは同月の21日です。金村剛弘は32歳でした。

西新宿襲撃事件の犯人はだれなのか?

現時点で、ネット上でもっとも金村殺しの真相に近づいた記事を書いているのは、日刊SPA!の「西新宿撲殺事件の“真犯人”に重大証言」(2013年12月20日)のようです。

その内容を分析しながらまとめると、次のようになります。

  • 振り込み詐欺グループの仲間割れが発端で埼玉県の墓地で男性の遺体を遺棄した事件を起こした斉藤邦美容疑者が事件に関わっている
  • 斉藤は八王子を根城にする暴走族・打越スペクターの出身。
  • その斎藤の先輩の「N」が、木村兄弟やその参謀格だった秋良連合会一蓮会の武田修と親しかった。
  • Nは金村が死ぬ前に飲食店で出会ってボコボコにされた。
  • その数日後に金村は金属バットのようなもので襲われている。
  • この斎藤やNらが真犯人ではないか。

ディティールはやや異なりますが、おそらく「飲食店でボコボコにされたN」とは、例のちゃんこ鍋屋で殴られた秋良連合会一蓮会の関係者だと思われます。

 斉藤容疑者を知る関係者が絶対匿名を条件に明かす。

「斉藤は八王子を根城にする打越スペクターという暴走族出身。この暴走族の先輩にNという男がいて、彼が六本木の事件で関東連合が狙ったK兄弟や、関東連合メンバーに刺されて重症を負ったA連合会の組員とツルんでいたんです。東京の不良勢力で言えば、反関東連合ということで固まっていた。

ところが、西新宿で殺された金村剛弘さんが亡くなる直前、Nたちは飲食店でたまたま出くわし、いざこざが起きた。その時、Nは金村さんにボコボコにされたようで、顔は目がふさがってしまうくらいパンパンに腫れるまでやられた。一発、二発じゃああはならないくらいにね。Nは執念深い男。周りに返し(報復)はするのか? と聞かれると、『俺の一存では決められない』と言葉を濁していましたが、やる気は満々でした」

引用:西新宿撲殺事件の“真犯人”に重大証言

明確に異なるのは「一発で倒された」ということと「ボコボコ」「一発、二発じゃああはならない」とされているところです。

これは矛盾していますが、金村のパンチ力が凄すぎたために一発でパンパンになってしまったと考えれば、一応辻褄は合います。

そしてこの「N」とは、西村聡造(にしむらそうぞう)という男のようです。

この西村は別件で逮捕されましたが、警察は事件について吐かせることができず、結局名古屋刑務所に収監されたということです。

この「別件」とは、2016年2月に発生した乱闘事件で、同年の3月15日までに逮捕されたこと、また同年6月に八王子市のラーメン店からみかじめ料を脅し取ろうとして件で逮捕されたことを指していると思われます。

西村聡造(にしむらそうぞう)は2016年3月の逮捕時点で35歳、6月の逮捕時点で36歳とされています。

一方の斎藤は2015年1月31日に、埼玉県の墓地で男性の遺体を遺棄した事件で逮捕されています。斉藤邦美は2015年1月の逮捕時で28歳です。

犯人はスペクターOBの斎藤・西村か

該当の日刊SPA!の記事では、西村や木村兄弟は斎藤たち「若い衆」を現場に行かせ、自分たちは直接行っていないということ、逮捕されなかった理由としてスペクターの人間は行きあたりばったりではなく、足がつかないように工作してやったからだとしています。

そしてこの説に従えば、西新宿事件・金村殺しの「指示役の主犯」はスペクター西村、「実行犯の中心人物」はその後輩であるスペクター斎藤という風に全体像が描けます。

この真犯人がスペクターの斎藤や西村だということは、「集団で対立する者を襲撃するのは打越スペクターの常套手段」との声もあることからその点とも辻褄が合います。

実際にスペクターの斎藤は、平成23年(2011年)6月にも八王子市内のファミリーレストラン駐車場で、山口組系組員を約20人の集団で襲って金属バットなどで殴打するという、金村さん殺害の状況とそっくりな事件を起こしています。

柴田大輔(筆名:工藤明男)の証言

関東連合の工藤明男(柴田大輔)と、関東連合ではないものの関係者らと近しかった瓜田純士の証言は、この説を裏付けているようです。

まず柴田大輔は2015年3月3日の「焦る気持ちと現実【工藤のブログ】」という記事で斎藤邦美について「ようやく実行犯の一味と思しき者がパクられた」「これからお前がしなくてはならいのは洗い浚い口を割る事だ」などとしています。

さらに2015年6月19日の「西新宿撲殺事件のその後と打越スペクター【工藤のブログ】」というタイトルのブログ記事でも、斉藤邦美の写真を挙げてから、いら立たしげにこのように書いています。

(中略)

だからコイツが西新宿撲殺事件の真相知ってるって。

最初からずっと言ってるじゃん。

「コイツ」とは、打越スペクターOBの斉藤邦美のことです。

やはり柴田大輔(工藤明男)もスペクターOBが関与していると考えているようです。

そして柴田大輔が苛立たしげなのは、せっかく斎藤が逮捕されて金村の死の真相が分かると期待していたのに、一向に捜査が進展しているという続報が聞こえてこなかったからでしょう。

工藤(柴田)は著書の『いびつな絆』でも、西新宿事件について「警察の初動捜査にも大きなミスがあったと思われる」、「後に警察は、この事件に関わったと思われる関係者数名を別件で逮捕したが、口を割らせることはできなかった」とも書いています。

瓜田純士の証言

一方、瓜田純士は『遺書』で自分が知る限りの情報として、

  • 襲撃メンバーは一蓮会の「T」(=武田修)とつながりのある不良たち
  • 木村兄弟はいずれも現場にいなかった。
  • しかし「金村くんをやっちゃえよ」と、武田に空気を入れる(けしかける)ぐらいはあったかもしれない。だが実際にどれだけ木村兄弟が関わっているかは分からない。

などとしています。

瓜田は自分の推測として、金村が死んだ西新宿事件を、「T(武田修)に吹き込まれてノリで集まったチンピラたちが、金村くんに適当に制裁を加えてT(武田修)がスッキリすれば良い、程度の襲撃だったのではないだろうか」としています。

またこのようなことも書いています。

もう少し突っ込んで書く。実はこのときの襲撃メンバーの名前を、僕は具体的に聞いている。八王子から6人、練馬から2人、中野から1人。全員がTの仲間かというと、そういうわけでもない。個人的に金村くんに恨みを持っていたチンピラや、呼ばれたからついて来ただけの不良も混じっていて、即席でつくられたバラバラの集団だった。

引用:『遺書』

メンバーは計「9人」でバラバラですが、やはり打越スペクターの本拠地である「八王子」から派遣された者が「6人」と一番多いのは、「金村殺しの犯人=スペクターOBの斎藤・西村」説を裏付けているように思えます。

そしてやはり瓜田もこの事件の捜査について「警察の初動捜査のミス」があったとしており、具体的に捜査に当たったのは「元新宿署のT刑事」だとしています。

また、『遺書』の文庫版の後書きにはもっとはっきりこのように書いています。

八王子愚連隊の打越スペクターの斎藤邦実という指名手配されていた孔次朗の仲間は警視庁巣鴨警察署に逮捕された。

が、しかし西新宿の撲殺事件は捜査の再開はしないみたいだ。

やはり斎藤らが金村殺しに関係があると考えているようです。

金村剛弘の死の真相は?木村兄弟の関わりは?

一応、西新宿事件の金村殺しの主犯がスペクターの斎藤・西村だとして、そこに木村兄弟はどの程度関わっているのでしょうか?

金村殺しに木村兄弟がタッチ(関与)しているかタッチしていないかは非常に重要なことだと思います。

もし金村殺しに木村兄弟がまったく関係なかったとしたら、関東連合は二重に人違いを起こしたということになるからです。

つまり、一つには金村殺しの犯人を木村兄弟と誤認し、それに重ねて六本木フラワー事件では木村孔次朗と藤本亮介さんを誤認したということになります。

しかし、少なくとも現時点で浮かんだ情報からだけ推測するならば、金村殺しには木村兄弟は間接的・消極的な意味でしか関わっておらず、木村兄弟が直接金村殺しの命令を下した、ということではないような気もします。

瓜田純士が『遺書』で書いているように、「空気をいれる」くらいの関りだったのではないでしょうか。それでも「消極的であれ関わっている」と解釈することもできますが。

また、関東連合にとっては「関東連合VS木村兄弟グループ」という明確な対立軸があった以上、直接の指示の有無は関係ないと考えているのかもしれません。

いずれにしろ、真相がどうであれ、西新宿事件についての警察の捜査がこれ以上進まないならどうしようもありません。

しかし残念ながら、警察はもう新たな証拠が見つからない限り、金村さん殺害の鍵を握っているであろう、斎藤や西村のこの事件での立件を諦めてしまっているように見えます。

以上になります。