ジャニー喜多川のセクハラ・性的虐待疑惑とは?裁判所も事実と認定?

ジャニーズ事務所社長の「ジャニー喜多川」こと喜多川擴(きたがわ・ひろむ、本名ジョン・ヒロム・キタガワ)さんが、7月9日の午後4時47分、解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血のため、87歳で死去したというニュースがありました。

死去したのは都内の病院だったということです。

後任の社長は姉の藤島メリー泰子副社長(92)ではなく、その娘でジャニー喜多川にとっては姪にあたる藤島ジュリー景子副社長(52 )になると報じられています。

ジャニー喜多川の最期の日々については、病室でお世話になったタレントが体をさすって、回復することがたびたびあった、ジャニー喜多川の好物をみんなで食べるなどした、などという美談が報じられています。

その一方で、ジャニー喜多川については過去にタレントに対する性的虐待疑惑・ホモセクハラ疑惑などがたびたび取り沙汰され、それをめぐる民事訴訟が行われたという過去もありました。

ジャニーズ事務所社長・ジャニー喜多川の逝去にともない、7月10日放送の、加藤浩次がMCを務めるテレビ番組「スッキリ」では、ほぼ全員が黒い喪服...

ジャニー喜多川画像

出典:https://matome.naver.jp/odai/2142358721783921201/2142358738783976703

ジャニーズ事務所の社長・ジャニー喜多川の逝去にともない、ジャニーズ事務所所属のタレントたちが追悼のコメントを発表するなどしています。 ...

ジャニー喜多川の性的虐待・セクハラ疑惑とは?

既に1964年にはセクハラ疑惑が

最初にジャニー喜多川のホモセクハラが疑惑の種になったのは、なんと今から55年も前の1964年のことだといいます。

切っ掛けは「ジャニーズ」の独立前に歌やダンスを学んでいた新芸能学院から、支払われていなかった授業料やスタジオ使用料などの約270万円を請求されたことでした。

この裁判は3年間も続き、ジャニーズとともにレッスンを受けていた同僚の証言によると、少年たちにいかがわしい写真を見せて興奮させた上で、少年の体にいたずらをしたり、ジャニーの局部を触らせるなどしたといいます。

被害者はジュニアの4人も含むジャニーズの15人にものぼり、あおい輝彦さん新芸能学院の学長が知ることになったそうです。

しかし1967年9月の後半では、すでに人気グループとなっていたジャニーズの4人が出廷し、裁判ではホモセクハラの有無について質問責めにあいますが、「知りません」「覚えていません」で押し通して事実として認定することはありませんでした。(中谷良『ジャニーズの逆襲』によれば、この証言が虚偽である可能性があるとのこと:後述)

元フォーリーブスの北公次『光GENJIへ』

88年12月に出版された、元フォーリーブスのリーダーである北公次(故人)による、『光GENJIへ―元フォーリーブス北公次の禁断の半生記』(データハウス)は、あまりに過激な内容のために大きな話題になりました。

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本の内容について興味のある方は下記ページをご覧ください。

16歳、ジャニー喜多川と”夫婦同然”だった日々 女子高生に対して、強制わいせつを行った容疑で書類送検され、TOKIOから脱退、ジャニーズ事務所から契約解除された山口達也。同事務所社長のジャニー喜多川氏は、〈私自身はすべての所属タ...

この『光GENJIへ』は大きな話題になり、なんと10シリーズも出版されたといいます。

その中の1冊である『さらば!!光GENJIへ』では、フォーリーブスの次にジャニーズでデビューした「ジューク・ボックス」の元メンバーである小谷純さんとやなせかおるさんもセクハラについて証言しました。

当時、13、14歳だった小谷純さんは行為の意味すら良く理解できなかったといいます。疑問に思う小谷さんでしたが、ジャニー喜多川はデビューを餌にした甘言で疑惑を封じたそうです。

しかし小谷さんは一線は超えないようになんとか抵抗します。

また、バイク事故を起こして入院している小谷さんの口にジャニー喜多川は局部を入れようとした、デビュー後も行為を拒否すると給料がもらえず、貰えても他のメンバーより少ない、などという信じがたいエピソードが書かれているといいます。

中谷良『ジャニーズの逆襲』

ジャニー喜多川のセクハラが最初に取りざたされた1964年の裁判については先述しましたが、そこで行われた証言についての真実を暴露したのが89年に出た元ジャニーズの中谷良さんの『ジャニーズの逆襲』でした。

それによれば「覚えていない」「知りません」などとした4人の証言は、ジャニー喜多川が説き伏せて、事前に答弁の言葉は決められており、その通りに言わせたとされています。

中谷さんは11歳の時に初めてジャニー喜多川による性的な接触を受けました。

ジャニー喜多川は「気持ちいいはずだよ、こうすると」と言いながら手を使って、中谷さんの局部を果てるまで刺激したといいます。

平本淳也『ジャニーズのすべて 少年愛の館』

少年隊の植草克秀らとほぼ同期である平本淳也さんが1996年に上梓した『ジャニーズのすべて 少年愛の館』でもジャニー喜多川のセクハラについて書かれています。

当時の合宿所では、ジャニー喜多川と一緒に風呂に入り、体の隅々まで洗われ、ふろ上がりは拭いてもらうのが当たり前だったといいます。

平本さんは寝ている時にジャニー喜多川に行為を迫られますが「トイレに行く」といって難を逃れ、戻っていくと「忍者」の正木慎也に対して行為をしていたといいます。

平本さんはジュニアのリーダーとして活躍しましたが、最後の一線を許さなかったためにデビューすることができなかったそうです。

豊川誕『ひとりぼっちの旅立ち』

また97年に出版された元ジャニーズ・豊川誕の『ひとりぼっちの旅立ち』でも、ジャニー喜多川によるタレントへの性的な行為は書かれています。

おそらくジャニー喜多川のセクハラ行為の真偽について疑問に思う人にとって、この豊川誕さんの一冊が最大の決め手になると思います。

なぜなら、豊川誕さんの『ひとりぼっちの旅立ち』の帯には「ジャニーさん、メリーさん、ありがとう!!」と書かれており、豊川誕さんにはジャニー喜多川への恨みの感情・復讐心はまったく感じられないものだからです。

なぜ豊川誕さんには恨みの感情がないかといえば、豊川誕さんは孤児であることから他のタレントにはないような腹のくくり方ができており、なおかつゲイバーに勤めた経験もあるからだといいます。

その本にはジャニー喜多川の行為はただ事実として淡々と描かれているだけです。

豊川誕さんは自室ではなくジャニー喜多川の部屋で眠り、ジャニー喜多川の求めに応じた結果たった1週間でのデビューが決まったといいます。

また合宿所では未成年でも酒やたばこが暗黙の了解で許されていたといいます。

豊川誕さんは現在でも歌手活動などをしているようで、『豊川誕とみんな友達』という公式ブログを書いています。

1999年『週刊文春』キャンペーンからの裁判

1999年に『週刊文春』は「芸能界のモンスター『ジャニーズ事務所』の非道」というタイトルで、十数回にわたって未成年の喫煙、不当なギャラ、マスコミへの圧力、ジャニー喜多川によるホモセクハラなどを取り上げました。

これらのことはジャニーズ事務所によって訴えられ、裁判に発展しました。

裁判の結果は一審・二審ともにジャニーズ事務所側が勝っています。

しかし裁判所は「セクハラ行為」「関西出身ジャニーズの給料面での冷遇」「学校に行けないほどの過密スケジュール」などを事実と認めています。

つまり裁判所はホモセクハラに関する『文春』記事の主要部分を事実と認定したということです。文春側が支払う損害賠償額は、一審では880万円でしたが、二審の判決では120万円に減額されました。

木山将吾『Smapへ』

ところが裁判所が認めたジャニー喜多川によるセクハラを、ニュース・ワイドショーは完全にスルーします。

それを許せなかったのか、もう一人の被害者が、裁判の終わりから1年ほど経った2005年3月に、追い打ちをかけるようにまたホモセクハラ疑惑について書いた本を出しました。

それは鹿砦社から出版された、光GENJIの候補であった木山将吾による、『Smapへ――そして、すべてのジャニーズタレントへ』です。

その中では、木山さんを一目見て気に入ったジャニー喜多川がデビューをすぐに約束、そしてジャニー喜多川が泡風呂に一緒に入って木山さんの体を丁寧にマッサージ・頬にキスした、などというエピソードが書かれています。

さらに二回目に木山さんが合宿所を訪れた時、バスルームのある部屋に木山さんを押し込めてカギをかけ、堅くなった股間を果てるまで押し付ける、という行為などを赤裸々に描写しています。

ジャニーズ事務所の社長・ジャニー喜多川社長の逝去にともなって、木村拓哉さんが中国版のツイッター(SNS)であるWeibo(ウェイボー)で、ジ...

ジャニー喜多川のセクハラ被害者の噂?

ジャニー喜多川のセクハラの被害者と噂されているタレントは数多いようです。

あくまで噂ですが、

  • 少年隊
  • 忍者
  • 光GENJI
  • SMAP
  • TOKIO
  • King&Prince

といった名前が挙がっています。

しかし「誰と誰」とか「このグループとこのグループ」など言っても仕方ないでしょう。

これまでの元ジャニーズ事務所所属タレントの証言から推察するに、具体的に名前が表に出ようと出まいと、「ジャニーズ事務所所属はほぼすべて」と考えた方が早いんじゃないでしょうか。

仮にセクハラが過去の話だとしても、しょせんジャニー喜多川の精力が減退したから終わっただけの話で、別に道徳的に反省したわけではないと思います。

ジャニー喜多川さんの逝去にともなって、ジャニーズ事務所の新社長は、ジャニー喜多川の姪であった藤島ジュリー景子さんになるという報道がありました...

ジャニー喜多川の性的虐待疑惑に関する
マスコミの奇妙な沈黙

このことはしばしばジャニー喜多川の「少年愛疑惑」「少年愛裁判」と表現される場合もありますが、少年愛などではなく、単なる性的虐待に過ぎないでしょう

一方でジャニー喜多川がタレント、少年たちに愛情を持っていたのは間違いないと思います。

だからといってこうした性的虐待、セクハラがチャラになるわけではありません。

美談ばかり報じるマスコミの報道はどうかしているのではと思います。

もっとも、過去のことなので単純に覚えていない人も多いのでしょうが。

しかしジャニー喜多川の芸能界・メディアの世界での権力は、いわゆる「文春砲」(文春の十数回のキャンペーン)をもってしても打ち倒すことができなかったということは記憶しておくべきだと思います。

個人的な記憶についていえば、たしか千原ジュニアと元「光GENJI」の諸星さんが共演した番組で、ジュニアが「ジャニー喜多川は人を見る目がある、凄いと思う」と発言したところ、諸星が言下に否定し、ジュニアはなおもジャニー喜多川の「人を見る目」を褒めましたが、諸星はその言葉を最後まで頑として受け付けなかったことを覚えています。

私は何となくジャニー喜多川の性的虐待疑惑について思い出し、それと結びつけて諸星の心中を察することができたような気がしました。

この記事は以上になります。

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