日本人論・日本論の名著3選【これだけは読んでおきたい日本論】

よく「日本人は日本人論好き」だということがいわれる。

たしかにそうなのかもしれない。

しかし「好き」だということと、「これぞ」というものを知ることには大きな距離がある。

ここでは、僭越ながら私が触れて「これぞ」と思った三つの優れた日本人論・日本文化論を御紹介する。

これから紹介するものは皆、それぞれの分野では有名なものなので、人によっては「今さら」と思われるかもしれない。

しかし、優れたものをあらためて優れたものと確認することも時には大事なことなのだと思うので、躊躇せずに紹介することにする。

日本人論・日本論の名著3選

ルース・ベネディクトの『菊と刀』

これこそ「今さら」と思われるだろうと思う。

しかし私はやはり、これほど優れた日本人論は滅多にないと思っている。

私がこれを初めて読んだのは10年も昔になるかもしれないが、それでも未だにこれを読んだ時の鮮烈な感動は忘れることができない。

ただ、私はベネディクトが提示した「罪の文化」と「恥の文化」の対比のような皮相な、表面的な部分に感心しているわけではない。

『菊と刀』への批判について

『菊と刀』に関する批判的な感想に当たると、しばしばこのカテゴライズ(分類)につまずいたり、妙な憤懣を抱いたりしている日本人読者の様子がほの見える。

たぶんそういう読後感を覚えて憤る人は、この「罪と恥」という対比が、まるで欧米人は神と人との対面の意識を通じて根源的に存在しており、日本人は他者の眼を通じて皮相に存在している、と言われているような気がして不快に思うのだろう。

しかし、そのような日本人としての薄っぺらな自尊心の機微から、この優れた日本人論の本当の直観の深さ・透徹した洞察を見逃してしまうのは、心から情けないことだと思う。

たしかに『菊と刀』の欠点を見つるのは如何にも容易である。

例えばベネディクトは日本に来たことがないということや、罪と恥の強引な二分論、ベネディクト自身が『菊と刀』を自分の教え子に推奨しなかったという話すら聞く。

しかしどのような批判も、私には薄っぺらなものに思える。

特に「日本に来たことがない」ということは批判になるのだろうか。

日本にいるということがそれほど重要ならば、なぜ現に日本にいる我々が日本人論を読むだろうか。現に日本にいる我々も、日本について分かっていないからこそ、日本人論を求めるのだろう。

『菊と刀』に関する、それ自体は如何にももっともらしいが、その実中身のない薄っぺらな批判を聞くたび、私は同じ日本人として情けなくなる。

ベネディクトの優れた直観

私が特に感心したのはベネディクトのこうした洞察である(9章「人情の世界」)。

精神と肉体とは宇宙の対立する二大勢力ではない。そして日本人はこの信条を論理的に推し進めて、世界は善と悪との戦場ではないという結論にまで持ってゆく。(中略)

事実日本人は、悪の問題を人生観として承認することを終始こばみ続けてきた。(中略)

(和魂と荒魂は)一方の魂が地獄に、他方が天国に行くと定まっているのではない。この二つの魂はともに、それぞれ異なった場合に必要であり、善となる。

こうした、欧米人から見た場合に、あたかも日本人には二元的な道徳観念が存在しないかのように見える、ということこそ、ベネディクトが見せた優れた直観の一つである。

もちろん、これは必ずしもベネディクト一人のものではなく、ベネディクトが欧米の日本研究家たちの知見を継承したものでもある。

しかし相変わらずそこには優れたもの、まだくみ取りつくせていないものがある、というのが私の直観である。

そしてもう一つ付け加えるなら、ベネディクトが第10章の「徳のジレンマ」において、日本人の「誠(まこと)」概念に非常に理解に苦しんでいるように見え、とうとうほぼ無内容で空疎な概念と半ば断定することで退けていることも興味深い。

『菊と刀』が国の要請によって時局の必要上書かれたことは有名だが、その必要もあって、これほど執拗に忍耐強く自国と日本の文化を相対化し、異国の文化の本質に粘り強い理解力を示したベネディクトが、「誠」についてはとうとう理解を断念してしまったということ。

その挫折こそが真に興味深い。

つまりベネディクトの『菊と刀』は、その企図の成功においても挫折においても二重に興味深いものである。

私は、いつかまた優れた日本論・日本人論が現れるとすれば、ベネディクトが『菊と刀』で見せた直観を下敷きに為されるだろう、ということを確信している。

内田樹の『日本辺境論』

内田樹の『日本辺境論』は、当人の謙虚な弁によれば、必ずしも独創的でなく、先達の優れた知見を確認しただけのものである。

しかし、私はあまり期待して読んでいなかったこともあり、その出色の出来栄えに驚いてしまった。

その趣旨の根本は、日本は自己の外部に中心を設定し、その中心の視座から見て自己を規定している、ということである。それが「辺境」という言葉の所以である。

その「中心」は時代に応じて変化するものの、もちろん歴史的にその日本にとっての「中心」の最右翼は「中華」だった。

今さらと言われるかもしれないが、私には内田がした国号の「日本」に対する指摘がかなりショックだった。

いったい「日本」とは誰から、どこから見て「日の本」なのか?

もちろん「中華視点で」である。

こうした奇妙さをけして見過ごしてはいけない。

言い換えればこれは、父親を中心にすえて自分のことを常時「息子」と呼んだり、中央にいる人を基準に、自分を「右側にいる人」と常時呼んでいるようなものなのである。

周知のように「中心」は近代(明治維新以後)には「欧米・西洋」になり、大東亜戦争の敗戦後は特に「アメリカ」になった。

最近になって起こった韓国のレーザー照射問題でも、日本人の、それも保守派と見なしうるような人(!)が、「アメリカだったら即座に反撃している」と言うのだ!

なぜ「アメリカ」なのか?

それは現在の中心(歴史的には中華だったもの)が「アメリカ」に変わったからである。

ともかく、内田が『日本辺境論』で見せた洞察には、多くの見るべきものがあるといえる。

また個人的には「学び」について内田が論じていることも非常に興味深かった。

そしてもう一つ付け加えるなら、私は思想的に右寄りなので、政治的に左派に見える内田がこのような優れた知見を示したことで、自分の思想的な偏見が減退したようにも思え、その点でも為になる本だった。

三島由紀夫の『小説家の休暇』

最後に挙げるものは厳密にいえば日本人論の「名著」とは言えない。

なぜなら著作全体でなく、ある小文の末尾だけが日本人論の形態を示しているというだけだからだ。

しかし私は、これこそもっとも日本に関する明察であり、しかも日本の未来に対して希望を与えてくれるものだと考えている。

それは三島由紀夫の日記形式の批評文である「小説家の休暇」の末尾にある日本論であり、それはまた幾分か時世論でもある。

ただしこの「時世論」は、当時の日ソ冷戦時代とはいわず、戦後以降を広く包括する時世論であり、未だに命脈を保っている。

日本文化の本質としての「感受性」

三島のその個所の日本人論・日本論の論旨はやや難解であり、意味を取りづらい部分もあるが、要約して述べるならば、日本文化の本質とは感受性の専制ともいうべきもので、そのために確固とした理念を持たない、ということである。

もともと感受性というものの無道徳性は、あらゆる他民族の文化の異質性をも融解してしまう筈のものなのだ。

こうして日本人にとって「感じられるものは、何一つ私にとって疎遠ではない」という状況が作られる。

これは日本人が「日本的」という言葉で、日本的なものをとらえ違えていることにも通じている。

というのも、その時、感受性によって包括できる広い範囲ではなく、ある既成の部分に「日本」を押し込めてしまっているからだ。

戦後全体を包括する時世論

戦後の日本文化はあまりに雑然としており、完全に統一性を欠いた混沌そのものに見える。

それをとらえて保守派の人々の一部は「日本が失われていく」と嘆く。

しかし三島はそうした立場を取ることなく、時世論として「われわれは、断乎として相対主義に踏み止まらねばならぬ」と述べる。

なぜなら「指導的な精神を性急に求めなければこの多様さそのものが、一つの広汎な精神に造型されるかもしれない」し、「日本文化の稀有な感受性こそは、それだけが、多くの絶対主義を内に擁した世界精神によって求められている唯一の容器、唯一の形式であるかもしれない」からだ。

つまり、戦後の日本文化の混乱と見えるものは、未来の新たな文化の、それも最高度に創造的な文化の母胎であるかもしれない、ということである。

こうした観点を、保守派の最右翼とも見える三島が取っていること自体が驚きであるし、また日本の未来に対して希望が持てるものだと思う。

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