異常な家庭の事例(性的虐待)とそこに指摘できる特徴・異常家庭の考察

東スポwebで父親と娘とが約10年にわたって性的関係を持っていたという異常な家庭に関する事件を対象とした裁判の記事が掲載された。

そこでその記事内容と、そこに指摘できる特徴について指摘しておきたい。

異常な家庭の事例(性的虐待)

記事は連載形式で4回にわたって掲載された。

第一回

 さいたま地裁(入江猛裁判長)は4月3日、強姦罪(刑法改正前の事件のため=現・強制性交等罪)、強制わいせつ罪、児童ポルノ禁止法違反の罪に問われた被告人の男Aに懲役18年(求刑23年)を言い渡した。

2012年1月~14年8月の約2年7か月の間、血のつながった実の娘である長女(当時10~12歳)に対して、主に自宅で強姦17件、手淫や口淫など強制わいせつ4件を遂げたほか、性交の様子をビデオカメラで撮影し、動画データをハードディスクに保存・所持していた。

起訴・追起訴は6度。昨年10月から6回の審理によって起訴内容はすべて認定された。性的行為の様子や裸体及び陰部の撮影は長女が7歳から、性行為は9歳のころから始まった。罪として認められたものは極めて一部にすぎない。

長女が4~5歳のときに風呂場で手淫と口淫を教え込み、中学生になるまで性的及び性行為は約10年続いていた

この事件をさらに特異なものにさせ、長女を不幸にさせているのが、長女の母でありAの妻B(事件発覚後に離婚)も加担していたことに尽きる。4月23日、さいたま地裁(河村俊哉裁判長)はBを強姦ほう助と強制わいせつほう助の罪で懲役7年(求刑10年)の判決を言い渡した。

BはAの指示に従い、2階寝室に長女を連れて行き、他の子供たちが2階に来ないように見張った。ときには自分も性的行為に参加して、手で勃起させたAの陰茎をそのまま長女の陰部に導くこともあれば、娘と2人でAを口淫することもあった。そして、ビデオカメラを持ってAと娘の行為を撮影したのだ。Bも起訴内容(強姦ほう助10件・強制わいせつほう助3件)を認めた。

狂った親だが、他の4人の子供からすれば普通の親でもあった。事件化されるまで、彼らは同じ家の中で起きていたことを知らなかった。性行為の意味も分からない4~5歳から口淫を教えられ、嫌悪感や抵抗感を麻痺させられていた長女にとっても、ある意味で“普通の親”だったかもしれない。Aによる性交は長女が中学生になって終わった。それから約4年後、長女は高校生になってようやく初めて被害を被害と認識して、他者に相談できた

Aにも罪の意識がほぼないように見える。「悪いことというか、親子なので背徳的行為をしている認識はあった」と法廷で言っていた。逮捕された当初も取り調べでこう供述。

「娘は自分から上に乗ってきたので、私と性交していると、きっと幸せだったと思う。娘との性交には彼氏彼女のような愛があり、和姦だったので逮捕されるなんて考えたこともない。なんでこんなことになったか不思議でしょうがない」

Aが父娘関係と夫婦関係を言い表すところによると、長女を「最愛の女性」「運命の人」、Bを「マスター(ご主人さま)とスレイブ(奴隷)」。ゆがんだ醜い愛情を娘に注ぎ、妻は何でも言うことをきく奴隷として扱った。

13歳未満の児童に対する強姦事件で暴行・脅迫要件は必要とされない。性交の事実さえ認定されれば、罪と認定される。Bが撮影し、Aが保存していた動画データが有罪判決に導いた。

「娘を犯す父親は無条件でおかしい」と普通の人なら思うところだが、Aはイメージしやすい「娘に手を出すような粗暴な父親像」とも異なる。それは、他の子供たちが「自分たちにも長女にも良い父親だった」と証言し、出所後はAとBを支えると約束していることでも明らかだ。(続く)

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指摘できる特徴

この家庭が異常なことは言うまでもないが、特に指摘できる特徴として、『他の子供たちが「自分たちにも長女にも良い父親だった」と証言し、出所後はAとBを支えると約束している』とあるように、長女以外との関係性については事件発覚後も信頼関係などが変化していないということだ。

こうした家庭の親は、そのすべての子供に平等に・平均的に同じような影響や印象を与えるわけではない、ということはよく覚えておくべきだ。

そこから言えることは、重要なのはその親がいわば「客観的に」どういう人間か、ということではなく、自分(子供)にとってどういう人間なのか、ということである。

第二回

父親は法廷で自信ありげに『「暴力、脅迫、口止め」などを用いていない』と語った。

 Aの性的虐待は“普通の家族の日常”の延長線上にあった。起訴された強姦・強制わいせつ事件は主に寝室で起きたが、Aと長女の性的な結びつきは「風呂場」にあった。すべての犯行の始まりは4歳だった娘と2人で入浴したことから始まり、父娘の入浴を卒業したときに犯行も終わった。

Aいわく「溺愛のあまり芽生えた娘という認識を超えた感情」から、風呂場で性行為をすることもあれば「悩み相談や学校のことを話した」ことも。その両方もあった。日常と虐待を一緒くたにされて、まだ未熟だった長女には、正常な判断ができなかったはずだ。

(中略)

その自信の根拠には「娘の嫌がることはしない」という「ポリシー」があるようだ。中学生になった娘が一緒の入浴を避けるようになると、Aは受け入れた。同時に、約10年続いた近親相姦もスッパリと終了した。

Aは「いずれ私との入浴を拒絶する。とうとう来たのか」「娘は父親と一緒の入浴から卒業する時期だった」とあたかも普通の父親然に分析しつつ、一方では「そういう関係でなく、普通の親子関係に戻りたいのだと思った」と“異常性”を客観視もしていた。

性行為をやめたのは先のポリシーゆえだろうか。ところが、ある動画には「痛い思いしたことないでしょ」(A)、「痛かったよ」(長女)というやりとりが残っていた。行動をエスカレートさせたAが大人のおもちゃを使用したり、肛門に指を入れる陵辱行為もあった。長女が嫌がった記憶がAの頭からすっぽり抜け落ちている。どこまで「溺愛」と言っても、自身の性欲のはけ口にしていただけだとわかる。

日常と性的虐待が地続きになっている象徴的な出来事がある。Aの趣味はカメラ撮影だった。家族旅行やお祝いごとなどの家族写真を撮るのと同じ感覚で娘との性行為も撮影していたのだ。

2012年9月、長女が小学5年のころに「家族パーティー」の写真を撮影したのもA。「これは初潮のお祝いだ」と警察に説明した。鬼畜の父親が言うとゾッとするが、一般的な家族でも子供の体の成長を祝うこと自体は普通である。

問題は、その後にも先にもAが一度も避妊具を付けなかったことだ。妊娠の危険性に「そういうことは考えたことがなかったです」と、どこ吹く風。たまらず検察官の口から出た「父親なら考えるでしょ!」という詰問に「父親なら、娘としないと思います」と笑って答えたのは、Aなりのジョークか、それとも本心か。「私の性的嗜好は親子、妻、関係ない。若いころからそうだった」と続けた。

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他の情報として、

・家族構成は「A、B、長女のほかに、3男1女の7人家族」(息子3人・娘2人)

・事件は「被害は長女が4~5歳のころから中学生まで約10年続いたが、他の子供たちは気付か」なかった。

・事件発覚の理由は「昨年、高校生になった長女が被害届を出して事件化した」

また父母それぞれの量刑は、父親に懲役18年(求刑23年)、母親Bもその犯行のカメラ撮影長女と父親の性行為をサポートしたことなどから、強姦ほう助罪と強制わいせつほう助罪で懲役7年(求刑10年)の判決が下されたという。

第三回

連載の第三回では母親のBについて集中的に扱われた。

 Aによる長女への性的虐待で、Bは「長女を寝室に連れて行く」「他の子供が寝室に近づかないように見張る」「夫と娘の性行為を撮影する」「Aの性的興奮を高めるため、自らも娘と性行為に参加する」という主に4つの役割を果たした。

加担した理由は――。Bの実姉の証言では、幼いころに実父から頻繁に殴られたという。そんな環境で支配されやすい下地が形成された。Aと結婚後、家事を失敗するとAから「バカ」「能なし」とののしられ、テレビのリモコンを投げつけられたり、性行為の最中も言葉や性的な暴力を受けた。家族は2度夜逃げしたほど貧困な上、家計はAが管理。Bは歯科医にも行けず、前歯を失い滑舌が悪い。コンドーム代がなく、娘にさえ避妊しないAとの間に、Bは5人の子供を産んだ。

子供を引き取る離婚を求めたが、Aから許されず。夫と娘がセックスしていることを知られるのが恥ずかしくて、周囲にも助けを求めなかった。判決では支配されるまでの暴力は否定された。

息子らの「父は母より上の立場だけど、暴力を振るったのは見たことがない」との証言から「暴力や暴言の内容は服従せざるを得ないほど陰湿とは認められない」とした。

性犯罪への加担はAの指示に従ったものだが「自らカメラアングルを考えて撮影を工夫していた」「長女に卑猥な言葉を言わせようとしたAに同調し、Bも笑いながら長女に発言を繰り返させようとした」と認められた。何より「本件に関与することで自身の性欲を満たしたいという思いもあったと供述している」とされ、罪深い。

Bの弁護人は取り調べでの誘導や、子供の生活を守るためにAの命令に背けなかったと主張したが、地裁は「同調できない」と退けた。「母親も被害者」と言うつもりは毛頭ない。被害者は長女だ。診察した精神科医によれば、長女はノートに「一生会いたくない」と父親への拒絶感を示した似ている大人を見かけたりすると、悪夢や頭痛など不調が出るため、治療を受けている。

長女はBに対して「どうかと思うが言えなかった。母親は被害申告した私を責めていると思う」と揺れている被害を明かした際「両親を許せません」としながら「相談したら家族の関係が崩れる」と苦悩していた

長女は警察へ訴えた後、Bにだけ伝えたBがAに黙っていたのは、母としての最後の意地、妻としての抵抗だったのかもしれない。Aが知れば、家宅捜索までに証拠の動画データを消すこともできたからだ。

長女と小学生の次女と三男は事件が表面化した後にAと離婚したBの戸籍に入った。裁判の最後、Bは娘に謝罪し「一生をかけて罪を償っていきたい」と述べた。(続く)

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第四回(最終回)

第四回は最終回だった。

連載は最近日本で行われ、通念では有罪と感じられる性犯罪の事件4件(うち2件が父親による娘への犯行)が無罪判決を下されたことを切っ掛けとしてである。

最終回はそのことへの考察がメインなので、もう事件そのものについてはほとんど扱われなかった。

 無罪判決と、一般人の「おかしい」という感覚との間には埋められない溝がある。「4件中3件は『被害者が抗拒不能』『性虐待を受け続けていた』『同意していなかった』などの事実認定をしたうえで無罪。つまり、ひどい被害は明らかだけど犯罪ではない。国から『こんなことをしても犯罪にはなりません』とのお墨付きを与えられたに等しい」と上谷氏。

(中略)

家庭内の性被害を防ぐには幼少期からの性教育も重要だ。英国の学童保育や小学校では「パンツの中は自分だけのもの。誰かが中を見せてと言ったり触ろうとしたりしたらノーと言おう。秘密と言われても断ろう。そういうことがあったら信頼できる大人に相談して」と歌で繰り返し教えているという。有罪でも無罪でも被害者は存在する。その一人ひとりが受けた悲しさを無駄にしてはいけない。(終わり)

【“普通”の家 父・母・娘…家族レイプの衝撃:短期連載・最終回】性犯罪事件の無罪判決が3月中に4件続いた背景を考えるシンポジウム(9日、都内)で、当連載で追った事件が紹介された。父親Aのみならず母親B...

最後に

私がこの東スポの記事を長々扱ったのは、単なる興味本位ではなく、何か自分の家庭について思うことがあったからである。

もちろん私は性的虐待など受けてはいない(私は男である)が、思春期の希死念慮やリストカットの経験がある。

そして取り立てて特徴がないと思える私の家庭の、何かしらがこの家庭と通底しているように感じたのである。

具体的に指摘するならば、この父親の性格の中に見える無意識性のようなものが、私の父の中にも見出せる気がする。しかしここでは性急に結論を出そうとは思わない。

最後に、そのような問題家庭について最近考えることを提示して、この記事を終わりにしたい。

思うに、その家庭において異常が存在するというそれ自体が、大きな問題であるとは限らない。もちろん、先に取り上げた事件のように、どう考えても異常な事例があるが(しかしそれすら、もしその家庭が古代エジプトのように近親姦が高貴な人の文化・特権として認められていた時代なら必ずしも異常とは言えないが)。

つまり、その家庭の子供に苦しみが生まれるのは、

  1. 異常性がある
  2. その異常性が当然のように受け取られる

というこの二つによるのではないかと思う。

その家庭の子供は、異常を通常と、普通ではないことを普通と信じ込むことによって、成人後の精神的な苦しみを準備してしまうのではないか。

別の言い方をするなら、自己啓発理論などでいうところの、「コンフォートゾーン」が、間違ったところに設定されてしまう、ということである。

そのことによって、いわばその家庭の子は、絶望や不幸を、あるいはそれらを結果するような何かしらの発想や情動を、通常運転化してしまうのではないだろうかと思う。

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