日本の政治状況と保守思想

日本の、いわゆる「右傾化」が始まったのは、小林よしのりの漫画『戦争論』がヒットした辺りだろう。私自身が『戦争論』の影響で、今の自分の政治思想的(右派という)立ち位置があるという自覚もある。

そのため、原則としてこの若者を中心とした「右傾化・保守思想化」はどちらかといえば好ましいことだと思っている。しかし、だからと言って、今日の政治状況に積極的に関与し、右派政治の後押しをするというのは別問題だ。

日本の政治状況

私は、それほどニュースを見ず、今日の政治状況にもあまり関心がない。

もちろん、状況がいいとも思っていない。

もし憲法九条が改正されたとしても、それがゴールではないだろう。

むしろ、それが米国に影で「ゴーサイン」をもらって改正されるとしたら、改正されることに何故喜べるだろうか。それが外観上、日本の自発的な変化のように見えても、実は「宗主国」である米国の事情の変化に過ぎないとすれば、何故喜べるだろうか。

そしてそうした可能性が全くないと言い切れるだろうか。

だが私は諦念に満たされて、「何をするのも無駄だ」という心境になっているわけではない。何事にも「機」があるだろうと思う。

何の状況の成熟も待たずに、目の前の状況に一喜一憂するよりも、せいぜい現在の政治状況をある程度興味を持って見守るくらいで留めた方が良い。

もっとも、これは現在の「保守化」した日本ならば、多くの人が自分の代わりに「一喜一憂」してくれているから、それで十分だという他力本願も多少はあるが。

「民族理念の探究」

佐藤優は2007年発行の『インテリジェンス人間論』で、その年のロシアのプーチンの大統領年次教書演説を引いている。

わがロシアには、民族理念の探求という「古からの楽しみ」がある。それは人生の意味を探求するようなものだ。総体として、この課題はかなり有益で、面白いものである。これにはいつでも取り組むことができるし、終わりがない。

佐藤はこれについて「プーチンは、『民族理念の探究』という名の下で、ロシアをユーラシアの大国にする帝国主義イデオロギーを構築し、『国家中興の祖』として歴史に名を残すことを考えている」という分析を加えている。

しかし、私は単純にロシア人を羨ましく思った。

私は語学はからきしだから原語も分からず、ロシア語特有の修辞の問題に過ぎないのかもしれないが、民族理念の探求を「古からの楽しみ」とは何と洒落た言い方だろうか。

私はプーチンの政治的意図など分からないが、これらの言葉は確かに琴線に触れるものがあった。そして、「民族理念の探究」を、「人生の意味を探求するようなものだ」と表現したのは、プーチンの意図はともかく、私には必ずしも駄弁とも、極端な誇張表現とも思えなかった。

私のうちで「私」というものと「男」というものが切り離せないように、「私」と「日本人である」ということも切り離せないのだとしたら、私にとって「生きる」とは「日本人として生きる」ということでなくて何だろうか。

そしてもしも私にとって「生きること」が「日本人として生きること」ならば、どうして「民族の理念」が「私の人生の意味」と完全に無関係でありえようか。

保田與重郎

私は今まで、保田與重郎を読んだことがなかった。

私の保田に関する知識は、ネット上のそれを除けば、木田元の『何もかも小林秀雄に教わった』と、福田和也の『保田與重郎と昭和の御代』で全てだ。

私は初めて保田與重郎を読んだ。
保田與重郎文庫の『日本に祈る』だ。
当初、旧字体と歴史的仮名遣いが大層読みづらく感じた。
しかし読み進むうちに、それはほとんど気にならなくなった。

私はまだこの人物を信用し切ってはいないが、それでも、取り組む価値があるということだけは、少なくとも理解できた。

私は今、このように感じている。

安倍政治の揚げ足を取ったり、民進党を批判するよりも、保田が「神」という言葉で何を表現しているのかを知ることの方が、未来の日本人のために幾層倍も重要である、と。

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