哲学者の自伝『エリック・ホッファー自伝 構想された真実』の感想

『エリック・ホッファー自伝』を再読した。初めて読んだ時も面白かったが、やはり面白い本だと思う。

ネタばれあります。これから読む人は注意

ところでエリック・ホッファーは「沖仲仕の哲学者」って呼ばれてます。さっき知って衝撃を受けたんですが、「沖仲仕」って「おきなかし」もしくは「おきなかせ」って読むんですね。

俺ずっとおきちゅうじだと思ってました‥‥

『エリック・ホッファー自伝』の感想

アメリカ

この記述は面白い。

一九三三年にフランクリン・D・ローズヴェルトが大統領になる前のアメリカは、自己憐憫とはまったく無縁だった。言葉を交わした人間の誰一人として、自分の不幸を他人のせいにする者はいなかった。人生を語るときは、ほとんど例外なしに「悪いのは自分なんですが」と前置きする作法になっていた。

確かにアメリカという国は何度か変わっているのだと思う。

私はあまりアメリカという国が好きではないが、それにしても、落合信彦の『アメリカよ!あめりかよ!』なんかを読んでも、何か本来持っている楽天的な力のようなものを、アメリカ人は失い続けているように思える。

今もまたトランプの下で変わろうとしている。あるいは、既に変わったからトランプが選ばれたのかもしれない。

たぶん、(私はやらないが)その部分に注目してアメリカ人の精神史を書くならば、一つの国民が次第に自己の内部で不幸を太らせていく、甚だ興味深い歴史を書くことができるだろう。

ドストエフスキー

せいぜい1ページちょっとの分量に過ぎないが、ドストエフスキーについて書いてある部分は面白い。不思議に思ったのが、どうやらホッファーはドストエフスキーの作品の中で、一番『白痴』を熱心に読んでいたらしいということだ。

何で『白痴』なんだ? 大抵ドストエフスキーといえば『カラマーゾフの兄弟』か『罪と罰』、もしくは『悪霊』だけど、『白痴』を一番読んだって何か凄く面白いな。

まぁ私はどれもそこまでピンと来ないんですけどね。

強いて言えば『悪霊』が一番面白かったかな、ぐらいでね。

それはともかく、他のドストエフスキー作品よりも『白痴』っていうホッファーの好みは、何か彼に関する深い暗示だと思える。何気ない好みは、ましてや繰り返し読む小説の好みというのは、その人の心の奥を知らず知らず暴露するものだからだ。

この感想も面白い。

ドストエフスキー作品を初めて読んだころ、なぜか陰鬱な気分になったが、いまや最も悲惨な話にさえ、その底流に歓喜が感じられる。

何が面白いかといえば、私が一番好きな小説はヘミングウェイの『日はまた昇る』なのだが、私も『日はまた昇る』を初めて読んだ時、とても不快な印象を覚えたからだ。

構想された真実

『エリック・ホッファー自伝』は日本語訳の副題が「構想された真実」になっているが、実際にはこの「構想された真実(Truth Imagined)」の方が原題らしい。

それで前読んだ時は読み流していたが、この「構想された真実」はホッファーが旧約聖書について語る章の名でもあり、旧約聖書についてホッファーが評した言葉でもある。

旧約聖書に書かれた歴史の構想された真実は、胸が躍るようなものである。

何でだろう?何で旧約聖書への批評を自伝の名前の名前にしたのかな?

まぁ、この謎は解けずに迷宮入りです。

たぶん「私の人生そのものが旧約聖書みたいに『構想された真実』です」ってことなのかな。普通に考えりゃそうだよな。しかし出版が没後すぐみたいだから、タイトルだけ別の人が決めたって可能性もあるんだよな。

ヘレンとの別れ

ホッファーはヘレンという女性と出会う。

五十年後の今でさえ、生き生きとした彼女の姿を思い浮かべることができるし、手を伸ばして触れたいという衝動に駆られてしまう。

にも関わらず、ホッファーは彼女を置いて放浪生活に戻る。

理由はヘレンとフレッド(ヘレンの女友達)がホッファーを買いかぶって、大学院で物理学や高等数学をさせようとしているからだ。

ホッファーは四十歳で死ぬと思い込んでいたので、残された人生を彼女たちの期待に応えるために費やすのは、あまりに馬鹿々々しいことに思えた。

ヘレンたちとの別れから立ち直るには、何年もかかった。いや、実際には、決して完全に立ち直ることはなかった。

実際には、もう一度だけヘレンたちと会うチャンスがあった。

アンスレーという男と出会い、彼がヘレンと同じ「高貴な模範」と感じたホッファーは、アンスレーとヘレンを引き合わせようとする。しかし、ヘレンたちに会いに行く途中、ホッファーとアンスレーは列車から落下してしまう。

目が覚めると、ホッファーは看護婦にこう言われる。

「しゃべっちゃ駄目です。お友だちは、亡くなりましたよ」

そしてヘレンたちとの再会もふいになる。

沖仲仕をしながら本を出版

ホッファーには何か自尊感情の低さのようなものが時折垣間見える気がする。もっとも、7歳で母親を亡くしているから無理もないし、自尊感情が高ければ港湾労働者なんて続けず、さっさと著述業に専念していたのではないかと思う。

ヘレンたちとの別れも、根本はそれに原因があると思える。自尊感情の低い人間というのは、自ら幸福になる機会から逃走していくものだからだ。

ホッファーは初めて沖仲仕をしながら本を出版した時、天にも昇るような気持になる。しかしやがて周囲の仲間が「面倒さえ厭わなければ、沖仲仕は誰でも本が書ける」と言われて、その意見に同意してしまうのだ!

フォローする