東海大の箱根駅伝の勝因は?決め手の走者や両角監督の練習方針とは?

第95回の箱根駅伝は、5連覇のかかった青山学院大学の優勝を阻んで東海大の勝利という結果に終わった。

ここで東海大の勝因についてどのようなものが挙げられるのか、総合的に振りかえってみたい。

東海大の箱根駅伝の勝因は?

決め手になった走者

ポイントは復路の時点でトップの東洋大と1分14秒差の2位でスタートできたこと。

往路の走者は1区・鬼塚翔太、2区・湯澤舜、3区・西川雄一朗、4区・本間敬大、5区・西田壮志といった面々で、彼らの力走にはそれぞれ大きな意味があるが、やはり決め手となった走者は8区の小松陽平(3年)だ。

東海大は7区の終盤でトップ・東洋大を射程距離圏に収めると、この小松陽平が東洋大の1年・鈴木宗孝の後ろにピタリと張り付いた。

小松は14キロ付近でスパートをかけると、東洋大の鈴木との差をぐんぐんと広げ、力強くガッツポーズをしながら戸塚中継所に入る。

結局小松は1時間3分50秒の区間新記録を樹立し、東洋大に50秒の差をつけることができた。

小松は6区の中島怜利(3年)と7区の阪口竜平(3年)が東洋大との差をつめてくれたと語り、手柄を一人占めすることはなかったが、自身で振り返って「100点満点の走りができた」と語っている。

駅伝は一人では走れないとはいえ、誰か一人ヒーローを挙げるとすれば、やはりこの3年の小松陽平ということになるだろう。

東海大の両角監督の練習方針

東海大の両角速(もろずみ・はやし)監督は「駅伝は日本独特のもの」、また「駅伝を終着点にしてしまうと、井の中の蛙で終わってしまう」とまで述べているらしい。

両角監督は「目標はあくまでも世界」とし、高い目標を掲げた上で、それを逃げる口実にせず箱根優勝を選手に呼び掛けた。

東海大の練習については夏からは「泥臭い走り」に切り替え、そのために故障者が続出してチームが空中分解を起こしかけたというが、両角監督は方針を変えなかった。

駅伝の練習の単位は通常、月間でどれほど走りこめたかだが、東海大ではこれを週間に変えている。この月間から週間への切り替えが、より練習への緻密な意識を作ることに成功し、最終的には故障者も減って不備のない仕上がりになったという。

監督はこれについて「物の評価を変えた。強弱のつけかた、選手たちがより分かりやすくなったのかな」と語っている。

仮想箱根路「虎の穴」とは?

また秋から新たに始めた試みが功を奏したともいわれている。

これは仮想・箱根の1周7・5キロの特別コースで、神奈川県内に所在する東海大から車で1時間の場所にあり、「虎の穴」として特訓を積むことになった。

この「仮想・箱根路(はこねじ)」を用いた練習も、優勝に貢献したのかもしれない。

まとめ

他にも両角監督には、体重が以前と比べて15キロも痩せ、60キロ台になり、選手の間で「胴上げされる準備をしているのではないか」という噂が立つという微笑ましいエピソードもある。

監督自身は「箱根のストレスで痩せた」と言っているらしいが、10月の健康診断を控えて早朝の自主トレに励む監督の姿は、自然と選手たちの士気を高めたという。

というわけで、やや乱暴かもしれないが東海大の勝因をまとめるなら、

  • それまでの走者の力走を生かした8区・小松陽平(3年)のスパート。
  • 月間から週間へと走り込みの単位を切り替えた練習による意識の緻密化。
  • 仮想・箱根路での練習の奏功。

ということになると思う。

来年の箱根駅伝でも、東海大が雪辱に燃える青学やその他の大学をどのようにかわすか、楽しみだ。また東海大は国内の箱根駅伝優勝は通過点として、高い目標を掲げているようなので、またこれからもますますの活躍を期待したい。

以上、最後までお読みいただきありがとうございました。

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