怒羅権の大偉(ターウェイ)の名前は佐藤威夫|現在は?経歴に人民解放軍?

半グレ集団の怒羅権(ドラゴン)には、「大偉(ター・ウェイ)」と「小偉(シアオ・ウェイ)」と呼ばれる兄弟が中心人物にいたという。

この兄弟のうち、特に兄の「大偉(ター・ウェイ)」について調べてまとめてみた。

怒羅権の大偉の名前は佐藤威夫

まず多くのニュースで、「大偉」という通称でしか呼ばれないので、本名が何なのか気になるところだが、日本名は佐藤威夫だということが分かった。

苗字は「さとう」以外のものではないだろうが、一方「威夫」はおそらく「たけお」と読むのではないかと思う。

怒羅権の大偉の名前は佐藤威夫だということは、下のニュース記事から分かる。彼は2005年の3月に覚醒剤使用の容疑で逮捕されており、その時に名前が出ている。

警視庁組織犯罪対策2課は2日、大偉こと無職佐藤威夫容疑者(38)(東京都墨田区文花1)ら日本人2人、中国人3人の計5人を、覚せい剤取締法違反(使用)容疑で再逮捕した。
佐藤容疑者は中国残留孤児の2世で、捜査関係者によると、「在日中国人裏社会のドン」と呼ばれていたという。
調べによると、佐藤容疑者らは今年1月28日ごろから2月10日ごろまでの間、東京都葛飾区東新小岩のマンションで、覚せい剤を使用した疑い。同課が2月10日、同法違反容疑で同マンションを捜索した際、室内から覚せい剤約10グラムが見つかったため、5人を同法違反(所持)の現行犯で逮捕していた。
関係者によると、佐藤容疑者は1987年に入国後、日本国籍を取得。中国残留孤児の2世や3世らで作る暴走族グループ「怒羅権(ドラゴン)」を結成し、そのリーダーとなった。
同グループを脱退後、歌舞伎町や錦糸町など都内の繁華街を拠点とする中国人不良集団「東北グループ」のリーダー格となり、100人前後のメンバーを使って飲食店などから「みかじめ料」を集めていたという。

引用:「在日中国人裏社会のドン」逮捕、覚せい剤使用容疑

記事では「再逮捕」となっている。2月中に覚醒剤所持で逮捕、3月中に覚醒剤使用で「再逮捕」されたということだ。

また大偉なんていう貫禄のある呼び名だとよほどの長老かと思うが、2005年当時で38歳とそれほど年がいっているわけではない。

というわけで「大偉(ター・ウェイ)」の名は佐藤威夫である。

ちなみに、中国名は「劉威(リウ・ウェイ)」だという(後述)。

だからこの元の名前の「威」を取って、「威夫」にしたのだろう。

小偉の名は?

一方、弟の小偉の名前は分からない。

しかし兄が「佐藤威夫」なのだから、やはり弟も佐藤姓にしているのではないか。

大偉(佐藤威夫)の来歴・人民解放軍にいたことも

ここから佐藤威夫、通称「大偉」の経歴を記す。

大偉は1966年に中国の黒竜江省で生まれた。

名前は「劉威(リウ・ウェイ)」と名付けられた。

父は中国共産党の元幹部、母は終戦時に満州に取り残された日本人だという。

中国の小学校では母が日本人という理由で「小日本鬼子、日本に帰れ」と罵られ殴られた。特に歴史の授業の後はひどくイジメられたという。

幼い頃の大偉はこのような猛烈なイジメを受け続けたが、逆に相手を叩きのめすなどして、徐々に腕力の重要性を学んでいった。

17歳の時には中国人民解放軍に入ったというが、20歳で母親・親族らと来日しているので、軍に在籍した期間は長くて3年といったところだろう。

清掃会社で働き、23歳ごろには友人らと貿易会社を起こした。

貿易会社は怒羅権メンバーと中古車を解体して、部品やタイヤを中国に輸出するというものだったようだが、顧客の求めに応じて盗品バイクを扱ったのがきっかけで違法行為にのめり込むようになる。

怒羅権のメンバーに「大哥(ター・コー)(兄貴)」と慕われ中心的な人物になると、新宿歌舞伎町で風俗店の経営を行い、他にもパチンコの裏ロム(正規の設定を変えてしまうことのできる改造部品)の販売、高速道路のカード偽造、窃盗品の販売などを行った。

また1990年代半ばに台頭していた日中混成強盗団のリーダーだったという情報もある。

勢力は葛西、錦糸町、上野に及び、傘下のグループから上納金を受け取っていたが、指示の出し方が巧みだったために捕まることがなかった。

また一方では大偉は2千人もの日本の中国人留学生を支援したという。

2005年2月、ようやく警察は大偉を覚醒剤の所持と使用の容疑で逮捕することができ、大偉は有罪判決によって服役して、約一年半後の2006年9月ごろに出所した(満期で数年後に出所したという説もある)。

警察は出所後も監視していたが、2008年1月に大偉は母国・中国に帰ったということだ。

また出所後は怒羅権内部での権力を失ったという話もある(小野登志郎『怒羅権』)。

大偉(佐藤威夫)の現在

大偉(佐藤威夫)の直近の情報はないものの、朝日新聞デジタルは2009年10月18日付で、帰国後の大偉(当時43歳)について本人に取材した記事を書いている。

帰国後にはビジネスに専念して成功したという話で、記事の日付ごろの取材とすると2009年10月ごろの情報のようだが、おそらく現在も、(取材に対して本人が語っているように)東北地方を中心に、都市再開発や鉄鉱石の採掘と製鉄、株式投資などのビジネスを継続しているものと思われる。

帰国当初、大偉は中国国内を転々としたが、現在は北京の中心部から車で約50分の高級住宅街に住んでいるという。警備員つき、プールとサウナのある豪邸だそうだ。

取材に対し、大偉は次のようなことを語っている。

「もう日本ではもうからない」

「刑務所生活は今後の構想を練るための長期休暇のようなものだった」

また、軍隊時代の友人や日本で支援した留学生などの人脈が今役に立っているらしく、「軍や地方政府、銀行支店の上層部に入った彼らから、あらゆる情報が入る。3億円はもうけた」と語った。

日本にいるかつての部下に、「金をためて中国に戻れ。一緒に商売しよう」と呼びかけ、加えて「日本で違法行為するより、中国で合法ビジネスをする方がはるかにもうかる。日本なんてバカバカしいよ」と話したという。

もともと商才やリーダーシップに長けていたのだから、中国でも成功するのは当然かもしれない。だからおそらく現在も、大偉(ターウェイ)こと佐藤威夫こと劉威(リウ・ウェイ)は、中国で実業家として活動しているのではないかと思われる。

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