怒羅権(ドラゴン)の創設メンバーの人数は?名前の意味や漢字の理由とは?

「怒羅権(ドラゴン)」といえば、既に解体して実体がないといわれている関東連合に次いで有名で、なおかつまだ活動中の半グレ集団である。

この記事では特に、「怒羅権(ドラゴン)」の結成の経緯、名前の由来、創設メンバーの人数、結成場所といった創成期における重要な情報を調べてまとめた。

記事の情報は主に、元怒羅権の汪楠(ワンナン)氏がフライデー誌上で語ったインタビューに基づいている。

有名な半グレ集団「怒羅権(ドラゴン)」の創設メンバーで、府中怒羅権の創始者でもあった汪楠(ワンナン)氏(46)がフライデーのインタビュー取材...

半グレ集団・怒羅権(ドラゴン)

怒羅権は抗争時に包丁や青龍刀を用いるなど、際立った暴力性や攻撃性で知られている。

この怒羅権はどのように結成されたのだろうか。

結成の時期

明確な結成日時のようなものはないかもしれないが、怒羅権という名前がついたのは1988年ごろで、結成の時期はこのころと見なされることが多い。

結成の経緯

怒羅権は中国から帰国した中国残留孤児の2世・3世らが中心になって結成された。

中国残留孤児の2世・3世らは、帰国しても日本語の不自由さから日本の生活に馴染めず、また怒羅権が結成された1988年ごろは不良文化全盛の時期であり、日本語が不自由な中国残留孤児2世・3世らは不良によるイジメの格好の標的となったという。

しかし毎日罵られたり殴られる中で、自衛のために固まって行動するようになり、そうした集まりによって徐々に怒羅権が形成されていった。

結成の場所

結成の場所は中国残留孤児帰国者の一時入所施設「常盤寮」があった東京都江戸川区葛西である。したがって後に深川怒羅権、府中怒羅権、王子華魂、赤羽華龍といった怒羅権の支部的な組織ができるものの、葛西怒羅権が大本ということになる。

また現在ではこの「常盤寮」は、怒羅権や中国残留孤児帰国者とは無関係な福祉施設・江戸川区立障害者支援ハウスになっているという。

創設メンバーの人数

創設メンバーの人数は、創設メンバーの一人で府中怒羅権の創設者でもある汪楠(ワンナン)氏によれば、たったの12人だったという。

近くに中国残留孤児帰国者の入所施設「常盤寮」があった葛西中学には、60人ほどの帰国者家族が通っていたというので、そこから計算すると最初はその2割程度が参加して結成されたことになる。

創設者やリーダー

したがって怒羅権の創設者はその創設メンバー12名ということになるが、その中で最初はリーダーはいなかったという。

佐々木秀夫は初代総長なので創設メンバーにいた可能性があるが、しかし後から加わって頭角を現しリーダーになった可能性もあるので、最初からいたと断定はできない。

中国残留孤児2世らで結成された不良グループ、「怒羅権」初代総長の佐々木秀夫(ジャン・ロンシン)が、葛西の路上で暴行を働いて逮捕されたというニ...

「怒羅権」という名前の意味

「怒羅権」の名前の意味は、帰国者らは日本で苦しい生活を強いられたことから、一般に「日本人に対する怒り、団結、権利」を意味しているとされている。

一方、名前の意味自体はそうかもしれないが、創設メンバーの汪氏によると漢字で「怒羅権」と表記するようになった経緯はまた異なって語られている。

「怒羅権」の漢字由来

先述したように中国残留孤児2世・3世らは日本語が不自由だった。

当初、後の「怒羅権」メンバーらは「ドラゴン」とだけ名乗っていたが、他の不良集団と同様、縄張りなどを示すために壁に名前を落書きなどしていたが、「ドラゴン」と正しく書くことが難しく、よく間違えて書いたという。

そこで間違えて書かないために自分たちに馴染んだ漢字を使うことになり、「怒羅権」という漢字を当てて表記するようになったのだという。

最凶の半グレ集団「怒羅権(ドラゴン)」はどのようにして生まれ、なぜ犯罪集団になったのか。13年に及ぶ服役後、現在は受刑者の更生支援をするNPO「ほんにかえるプロジェクト」で活動する汪氏が明かした。

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