怒羅権の馬場義明(大東義明)とは?木村兄弟の弟とタイマンの経験も?

中国残留孤児の2世3世で構成される半グレ集団「怒羅権」の元リーダー・馬場義明(大東義明)とはどのような人物なのだろうか。

馬場義明(大東義明)に関して聞かれる様々な話、馬場義明(大東義明)の起こした事件などの情報をまとめた。

馬場義明(大東義明)の顔画像

怒羅権の馬場義明(大東義明)プロフィール

名前:馬場義明(ばば・よしあき)→現在は大東義明

生年:昭和55年

出身組織:葛西怒羅権

経歴:元・住吉会系義勇会組員

怒羅権は元は葛西が発祥の地なので、葛西怒羅権出身の馬場義明は生え抜きの怒羅権幹部だったことになる。

また馬場は住吉会系・義勇会の構成員だったが既に破門にされたという。

怒羅権の馬場義明(大東義明)の経歴・逸話

馬場義明は昭和55年生まれで葛西怒羅権OB。

馬場はその世代でもっともイケイケと言われ、喧嘩で青龍刀やチェーンソーを振り回して脅しではなく実際に切りつけたという。

怒羅権の先輩にも引かないため、当時「危なすぎて誰も説教できない」という者もいた。

馬場義明は2009年あたりから8年間、怒羅権の実質的トップに君臨したとされる。

木村兄弟の弟・木村孔次郎とタイマンを張った?

関東連合OB邑井祐介によると、馬場義明は過去に関東連合の敵対者として有名だった木村兄弟の弟、木村孔次郎とタイマンを張った経験があるという。

結果は木村孔次郎の勝ちだったという情報がある。

関東連合OB邑井祐介によると馬場は過去、木村兄弟の弟、木村孔次郎とタイマンをしたという
結果は孔次郎の勝ちだった。孔次郎は他に柴田大輔(工藤明男)、石元太一、見立真一などの有名アウトローとの喧嘩に勝っている

引用:NEVERまとめ記事

しかしこの情報の出どころであるNEVERまとめ記事だと「柴田大輔(工藤明男)、石元太一、見立真一」ともタイマンをしたとあるが、瓜田らの『遺書』や色々な伝聞から聞く限り、孔次郎はタイマンに拘ってゴリゴリやるタイプとは思えないので、この情報にはやや違和感を感じる。

そして重要なのは、この情報の出どころの大元が、以前YouTuberをしていた関東連合の邑井祐介(見立らと同じS53世代)のYouTube動画らしいということである。

肝心のこのことを語ったらしい邑井の動画は、(邑井のチャンネル動画は過激な内容が多いためだろう)とっくに消されてしまって、「第一次資料」にあたることができない。

つまり先述のNEVERまとめ記事のように、その動画を見たらしき人の書き込みだけしか残されていない。馬場義明と木村兄弟の弟・木村孔次郎のタイマンをめぐった邑井の動画の内容について、もう一つの証言としてこのようなものが残されている。

78 名無番長
2017/03/31(金) 08:50:11.17 0

関東連合最高幹部が遂に木村兄弟について語る
https://m.youtube.com/watch?v=9p9FAjt6O2o

邑井さんがついに孔次朗について語る
・孔次朗のことは嫌いじゃない。
・昔チョーパンを喰らって、邑井さんの歯が折られて今もセラミックの差し歯。
・孔次朗や打越スペクターの西村はやる。金村は調子こいてたから完全犯罪でやられた。
・ハッキリ言いますが孔次朗はタイマンも強いしかっこいい。
・怒羅権の馬場ともタイマンはったし、いいなーて思った。

引用:【東京最強】【木村兄弟】4 (1003)

この「怒羅権の馬場ともタイマンはったし、いいなーて思った」という表現を見る限り、たしかに馬場と木村孔次郎はタイマンの経験もあるのかもしれない。

しかし「いいなー」という表現では、そもそも勝敗すら分からない。ただ「いいなー」だけなら、「俺も馬場みたいなヤツとタイマン張ってみたかった、いいなー」という意味にも取れるからだ。

さらに他の掲示板の情報では「馬場が勝った」、時には「そもそも馬場と木村・弟はタイマンなんてしていない」と言う人もおり、馬場義明と木村孔次郎のタイマンの勝敗についてはさだかでない。

六本木キャバクラでヤクザ組員を襲撃

2011年12月14日に、六本木のキャバクラ「CALLA」で山口組系幹部を含む4名がおよそ20名の男らに襲撃され、ビール瓶などで暴行を受ける事件が発生した。

この襲撃の中心人物(主犯)だったのが馬場義明である

襲撃された4人は、全治2週間から2か月の重軽傷を負い、うち1人は脳挫傷のために日本赤十字病院の集中治療室の中で生死の境を彷徨ったが一命は取り留めている。

この事件の被害者は、4名のうち3名は山口組系・落合金町連合の傘下・保科一家構成員で、残りの1名が極心連合会の元構成員であった。(Wikipedia

ここから瓜田純士『遺書』の記述と照らし合わせてこの事件について探ってみると、この「極心連合会の元構成員」は木村兄弟の弟・木村孔次郎の義兄弟にあたる「H」という男だという。

「H」は赤字破門(=ほぼ絶縁に等しい措置らしい)中にも関わらず現役の山口組のヤクザと酒を飲み、それだけでなく、キャバクラ入店前に出くわした馬場に向かって「極心連合会」を名乗った。

その場は他のヤクザらが収めたものの、馬場はキャバクラに彼らが入店するのを確認すると、自分の所属する住吉会系義勇会の事務所に電話で連絡をする。

事務所には木村兄弟のグループに対して敵愾心を持つ多くの関東連合のメンバーが詰めていたため、(またおそらく事務所には居なかったがすぐに現場に行ける者も召集されて)そうした20名を連れて馬場は襲撃に及んだのだということである。この20名の中には石本太一も含まれていた

結局、この事件は住吉会幸平一家側が多額の慰謝料を積み上げて解決することになった。(ここまで瓜田純士『遺書』による)

その金額について暴力団取材の第一人者・溝口敦は、あくまでも一つの説として、幸平一家が二〇〇〇万円、半グレ集団(怒羅権・関東連合)が五〇〇万円、計二五〇〇万円の見舞金が支払われたとしている。

そして警察側は実態がいまいち掴み切れていなかった関東連合や怒羅権といった半グレについて解明する機会だと思っていたので、この早々の手打ちに拍子抜けし、なおかつ見舞金は最低五〇〇〇万円は堅いと見ていたので驚いたという。

実は現場に木村兄弟・弟の木村孔次郎がいた?

またもう一つ気になるのが、実はこの場には木村兄弟の弟・木村孔次郎がいたという噂もある。その説明によれば、この時馬場は同じ幸平一家で元三鷹スペクター頭だった石丸らと一緒にいたという。

そして六本木交差点(路上)で木村孔次郎らと馬場たちが口論になったが、警察が来たために両者は解散。しかし馬場は木村たちが店に入ったのを確認して仲間を呼びよせ、石丸ら20人で襲撃、危険を察知した木村孔次郎はいち早く脱出、残された4人だけが暴行を受けたということである。

だがこのことは、事情に詳しいはずの瓜田の『遺書』や暴力団取材の専門家である溝口敦も書いていないのでガセかもしれない。しかしこの解釈は意外と説得力がある。なぜならこの解釈を採用するなら、二つのことで辻褄が合うからである。

一つは、瓜田の『遺書』では「孔次郎の義兄弟と山口組系4人」と被害者が「5人」いたかのように書いており、また報道でも「5人」と報じられている。ところが溝口敦は被害者組員について「4人」と書いている。

つまりこの解釈なら、(最初の標的は木村孔次郎含む5人、実際に暴行されたのが現場から逃げた木村孔次郎を除いた4人という意味で)事件に関する情報で被害組員が4人と5人の間で曖昧さがあることの理由の説明がつくのである。

もう一つは、当時の事件直後のものらしいが、「男らは事件直前、襲撃された組幹部と同席していた山口組系組員と六本木の路上で口論となっており、警視庁は元組員を狙った襲撃に組幹部らが巻き込まれたとみて捜査。」という一見意味の取りにくい報道の意味が理解できるということである。

つまり、馬場ら怒羅権・関東連・幸平一家の混成20人の部隊は、当初発見した木村孔次郎を標的として動いたのだが、実際に現場に急行するとすぐに孔次郎がバックレてしまったため、力の行き場を失って孔次郎と一緒にいた落合金町連合保科一家組員ら4人を暴行した、と考えられる。

2013年に逮捕

結局、襲撃の主犯だった馬場義明は2013年にこの事件によって逮捕され、カメラに凄む強烈な映像がテレビのニュースで流されたことで「怒羅権の実質トップ馬場義明」の名は全国的にも一躍有名になった(下の動画タイトルには「2017年」とあるが実際は2013年の逮捕時の映像)。

2017怒羅権ドラゴン馬場義明拳銃実弾所持で逮捕

警視庁の調べに対し、馬場は「事実についてはわかっています」と話したという。

この時期には特に怒羅権内での馬場義明の権力は盤石であり、同2013年に府中刑務所を出所した時には、700人もの仲間が馬場を出迎えるために集まっている

金をめぐって疑心暗鬼になり、怒羅権は分裂

そして怒羅権はオレオレ詐欺や還付金詐欺、企業恐喝など様々な方法で推定で20億もの金を荒稼ぎしたが、しかしこうした巨額の金をめぐって組織が次第に分裂、トップの馬場義明を追い落として金を取ろうという動きが出た

疑心暗鬼になった馬場は20年来の友人で一緒に2度も懲役に行った組織のナンバー2まで疑うようになり、2016年にこのナンバー2に対する射殺未遂事件が起こると、その日のうちに出国

このことで完全に事件の犯人は馬場と見なされ、求心力を失った。

この時期に「馬場」から「大東」を変更。関係者の間では「馬場」から「大東」への苗字変更は、逃亡しやすくするためとされた。

2017年の3月には逆に馬場を慕う幹部が射殺されそうになる事件が起こっている。

これらは怒羅権内の権力争い・同士討ちであり、結束の固さで有名だった怒羅権の分裂は大きな話題になった。(分裂に関する記事は下)

強い結束を誇るといわれた半グレ集団・準暴力団の「怒羅権(ドラゴン)」だが、2017年ごろから分裂騒動が起きているという話が聞かれ出した。 ...

求心力を失った馬場は、4月には東スポによる怒羅権関係者への取材では、関係者に「こそこそ逃げ回ってないで出てこいよ」と挑発的に呼びかけられるまでになってしまった。

拳銃の所持で逮捕

2017年の7月24日、馬場義明(大東義明)はその年の5月に東京・江戸川区の公園に銃2丁と実弾を隠し持っていた銃刀法違反(加重所持)の疑いで逮捕された。

当時このように報道された。

馬場容疑者は、既に逮捕されている別の男に拳銃などが入ったアタッシェケースを預けていたとみられ、情報提供などに基づき警視庁が、この男が隠したとみられる東京都江戸川区清新町の公園を捜索。銃器を捜索できる警察犬のラブラドルレトリバー「ムーンロケット号」が反応した地面を掘り起こすと、青いポリ袋に入った拳銃2丁と実弾が入ったアタッシェケースが見つかった。

引用:http://yakuzanews.jp/category11-2.html

この逮捕も、馬場を追い落とそうとする勢力が情報をリークしたのが発端ともいわれている。下は逮捕当時のニュース動画。

また2018年2月8日にはさらに、群馬県みなかみ町の車の中で拳銃1丁と実弾12発を隠し持っていた疑いで逮捕されている。

馬場義明(大東義明)の現在

恐怖政治で組織を押さえつけた「神」であり「カリスマ」だった馬場義明(大東義明)だが、2017年7月の逮捕時点で既に「怒羅権・リーダー」として報道されているので、怒羅権における権力は完全に失墜したと見られる。

馬場義明(大東義明)の現在は続報がないので何とも言えないが、当然馬場義明は初犯ではなく、裁判になったなら執行猶予もつかないだろうから、既に有罪が下って刑務所に収監されているのかもしれない。