カッシーラーの『人間―シンボルを操るもの―』書評

『人間―シンボルを操るもの―』はエルンスト・カッシーラーが、主著の『シンボル形式の哲学』に表現した自己の哲学を、より平易な言葉で表現したものであり、この記事はその『人間』を簡潔に書評したものである。

カッシーラーの『人間―シンボルを操るもの―』書評

(岩波『人間』の)野家啓一の解説によれば、エルンスト・カッシーラーは1874年ドイツ生まれ。ユダヤ人であったために、ハイデッガーがフライブルク大学の総長になったのと同じ1933年にドイツから亡命している。

最初はイギリス、次にスウェーデン、1941年にはアメリカに移住し、ニューヨークのコロンビア大学で教えている。第二次大戦が終わる前の45年4月に死没したが、『人間』はその前年に出版されたものである。

分野横断的・網羅的内容

カッシーラーの哲学を深く知りたいと思うのなら、『人間』より『シンボル形式の哲学』の方がいいかもしれない。

内容は幅広く、哲学、文化人類学、神話、宗教、言語学、芸術、歴史学、科学を扱い、それぞれの分野の学的な成果を活用して人間文化を総合的に論じている。

しかしそのために「シンボル」という言葉で何を言わんとしているのか伝わりにくい。

文体は平易で読みやすいのだが、一つの思想を集中的に解説しているという印象は受けず、各分野に関する引用や解説は面白く、興味深いのだが、根本的な哲学を伝達することには成功していないという印象を受ける。

ただ、読み物として単純に面白い。

引用の異様な豊富さ

なぜ面白いのかといえば、引用される範囲が極端に幅広く、よく知られている人物や、今まで知らなかった学者の説などを知ることができるからだ。

もし読んでみて、この本に登場する人物を全員知っていたなら、その読者は、よほど偏りなく網羅的に欧米系の学問を勉強しているのだと思う。

その意味で、自分の知識を試すために読んでみるのもいいかもしれない。

それほど多種多様な学問から色んな哲学者や学者の名前が出てくる。

例えば哲学者なら、カント、デカルト、ニーチェ、ヘラクレイトス、ソクラテス、プラトン、アリストテレス、オルテガ、ルソー、ヘーゲル、学説ならエレア派、ストア派、等々が出てくる。

また神学的な分野ならアウグスティヌス、文化人類学からはマリノフスキー、文学からはゲーテ、シラー、イプセン、マラルメ、歴史学からはトゥキディデス、ブルクハルト、ランケ、心理学からフロイト、生物学からはダーウィン、果てはヘレン・ケラーやサリヴァンの名まで出る。

こうして名前を引いたのも、パラパラとめくって目に入った範囲で、私が知っていたり、新たに名前を覚えた人を挙げただけで、これでもまだ全員挙げられたわけではない。

ともかく容赦ないまでの博識・博覧強記ぶりだと感じ入ってしまった。

結語・この本の活用の仕方

ただし先に述べたように、カッシーラー個人の哲学を本当に深く表現したものとは思えなかった。だからまだ読んでいない人が読む場合に、この著作の活用の仕方としては、

  1. 哲学それ自体の初心者の入門書
  2. カッシーラー哲学の入門書
  3. 欧米における各分野の学問について知るため(最新ではないが、重要なものが扱われる)

といった目的で読むことがベストではないかと思う。

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