ニーチェの三段階変化「駱駝・獅子・幼子」成長の必然的道筋

フリードリヒ・ニーチェは『ツァラトゥストラはこういった』(『ツァラトゥストラかく語りき』)において、精神は「駱駝(らくだ)・獅子・幼子」の三段階の変化を経て成長する、と説いている。

ニーチェの三段階変化「駱駝・獅子・幼子」

『ツァラトゥストラはこういった』の引用

「駱駝(らくだ)・獅子・幼子」の記述は、『ツァラトゥストラはこういった』で第一部の序説である「超人と『おしまいの人間たち』」が終わるや否や真っ先に語られるものであり、これはニーチェがこの三段変化を非常に重要視していたことを表している。

その「ツァラトゥストラの教説」の章、「三段の変化」はこのように始まる(具体的な引用は手元にある岩波文庫の氷上英廣(ひがみ ひでひろ)訳に依拠することにする)。

わたしはあなたがたに、精神の三段の変化について語ろう。どのようにして精神が駱駝となるのか、駱駝が獅子となるのか、そして最後に獅子が幼な子になるのか、ということ。

駱駝

「駱駝」の段階についてはこのように語られる。

精神にとって多くの重いものがある。畏敬の念をそなえた、たくましく、辛抱づよい精神にとっては、多くの重いものがある。その精神のたくましさが、重いものを、もっとも重いものをと求めるのである。
どういうものが重いものなのか? と辛抱づよい精神はたずねる。そして駱駝のようにひざを折り、たくさんの荷物を積んでもらおうとする。どういうものがもっとも重いものなのか、古い時代の英雄たちよ? と辛抱づよい精神はたずねる。わたしもそれを背負い、自分の強さを感じてよろこびたい。

この「重いもの」の例として、ツァラトゥストラ(=ニーチェ)は「屈従すること」「みずからの愚かさを人目にたたせること」「勝利を捨てること」「試みる者(悪魔)を試みるために高い山に登ること」「真理のために魂の飢えに苦しむこと」等の様々な例を挙げる。

この「重いもの」に決まった形はない。つまり「誰にとってもこれがもっとも重い」と決められるものではない。この「重いもの」には定型がないのは、個人の資質や環境によって何がもっとも重いかが変化するためである。

獅子

「獅子」についてはこのように説かれる。

しかし、もっとも荒涼たる砂漠のなかで第二の変化がおこる。ここで精神は獅子となる。精神は自由をわがものにして、おのれの求めた砂漠における支配者になろうとする。
精神はここで、かれを最後まで支配した者を探す。精神はかれの最後の支配者、かれの神を相手取り、この巨大な竜と勝利を賭けてたたかおうとする。
精神がもはや主なる神と呼ぼうとしないこの巨大な竜とは、なにものであろうか? この巨大な竜の名は「汝なすべし」である。だが獅子の精神は「われは欲する」と言う。

この巨大な竜「汝なすべし」は、既に人間の掟として定められている諸々の「価値」を象徴している。しかし獅子の精神「われは欲す」は、自己の意志によってそれに挑戦する。

「いっさいの価値はすでに創られてしまっている、――いっさいの価値――それはわたしなのだ。まことに、もはや『われは欲す』などあってはならない!」こう竜は言う。

獅子の精神は新しいものを創造することはできないが、古い価値との戦いに身を投ずることで、その後の新しい価値の創造に必要な自由を勝ち取ろうとする。

そのためにツァラトゥストラ(=ニーチェ)は、獅子の精神が為すことを、巨大な竜(=古い価値)への「神聖な否定」と呼んでいる。

幼な子

幼な子についてはこのように語られる。

幼な子は無垢である。忘却である。そしてひとつの新しいはじまりである。ひとつの遊戯である。ひとつの自力で回転する車輪。ひとつの第一運動。ひとつの聖なる肯定である。

幼な子は「0」から「1」を創造することを象徴している。

この最終段階で為されることは全く新しい創造であり、だからこそ、それは駱駝でも獅子でもなく、幼子のシンボルによって表現されているのである。

三つの段階

しばしば誤解している人がいるが、この三段階の変化は「幼子が一番偉い」「駱駝が一番下らない」と言っているのではない。それではまるで「駱駝・獅子・幼子」の三つを「階級」や「身分」のように捉(とら)えることになるが、この三つは、単純に「上の位階が偉い」と表現したものではない

そうではなく「駱駝・獅子・幼子」とは、精神が向上していく上で、一足飛びにすることのできない階段、前の段を踏まなければ次のステップに進むことのできない階段のようなものである。

つまりそれぞれの段階がそれぞれの時期に重要で必要不可欠なものなのである。

例えば、駱駝であるべき時期に駱駝であること、獅子であるべき時期に獅子であること、幼子であるべき時期に幼子であることはそれぞれ(仮に社会にとってそうでなくとも、その当人にとっては)正しい。つまり各段階は、個人の精神史の各時期においてそれぞれ正しい。

別の言い方をするなら、駱駝であるべき時期に獅子や幼子であること、獅子であるべき時期に駱駝や幼子であること、幼子であるべき時期に駱駝や獅子であることは、全て間違いなのである。

成長の必然的道筋(守・破・離)

この「駱駝・獅子・幼子」の三段階はけしてニーチェによって恣意的に決められたもの、つまり彼の気まぐれで決定された数字ではない。

というのも、この三段階は、およそ人が成長するにあたって通ることになる道筋の必然的な表現だからである。例えば、気付いた人も多いと思うが、これは日本の芸道や武道の「守・破・離」という三段階に対応している。

ニーチェが日本の芸道や武道の専門的概念をそこまで知っていたはずはないのだから、この符号(一致)は自ずと形成されたものであって、ニーチェが日本の「守破離」を模倣したわけではなく、ましてや日本の「守破離」概念がニーチェの「駱駝・獅子・幼子」の三段階変化を模倣したわけでもない。

ニーチェの「駱駝・獅子・幼子」という三段階変化は、この「守破離」と同様のものだと考えるのがもっとも正しいし、また分かり易いと思える。

師匠中心の目線か弟子(自分)中心の目線か

ただし、この日本の「守破離」概念とニーチェの「駱駝・獅子・幼子」概念には、表現上の興味深い相違もある。つまり「守破離」概念は師匠中心の目線であり、「駱駝・獅子・幼子」概念は弟子である自分中心の目線である、という相違である。

何故なら、「守破離」はざっくり表現すれば、「守=師の教義を守る」「破=師の教義を破る」「離=師の教義から離れる」と全て師匠中心の目線で表現している言葉である。

ところがニーチェの「駱駝・獅子・幼子」は「自分が駱駝のように(師や先達の教義などに代表される)重い荷を背負う」「自分が獅子のように(師や先達の教義などに代表される)古い価値・教義に背き、反逆してそれと戦う」そして「自分が幼子のようになることで全く新しい教義や価値を創造する」ということだからだ。

この相違は甚だ興味深い。おそらくこの相違は、ニーチェを生んだ西洋圏の個人主義的あるいは(エゴイスティックという意味におけるそれではなく)自己中心的な性格と、そうではない日本的な性格との両方を反映しているのだろう。