『ブレンダと呼ばれた少年』性の社会決定論に基づく実験の記録

『ブレンダと呼ばれた少年』は、カナダのジャーナリスト、ジョン・コラピントによるノンフィクションであり、ジョン・マネーという性科学者が、自説の性の社会決定論を立証するための実験のために、性転換させた男性についての詳細な記録である。

『ブレンダと呼ばれた少年』

陰茎を失う

1965年、ブルースは、母親のジャネット・レイマーと父親のロン・レイマーのもと、双子の弟ブライアンとともに生まれた。

生後7か月の時、双子が排尿で痛がることに母親は気づく。

病院へ連れて行くと、包皮の入り口が閉まっていることが原因であると医師に告げられる(この時に包皮切除手術を医師に勧められたが、手術を実際に行わなかったブライアンの経過を見る限り、それは必要のないものだった)。

包皮切除手術のために紹介されたセント・ボニフェイス病院は大学付属の総合病院で立派な設備のある医院だったが、なぜか予定していた熟練医師の手がふさがっていたため、不慣れなジャン=マリー・ヒュートという医師が行うことになる。

包皮を固定するために使われた道具についての証言には食い違いがある。裁判の記録によれば「動脈鉗子(どうみゃくかんし)」であり、取材に答えた麻酔担当医のマックス・チャムによれば「ゴムコ鉗子」である。

手術用のメスではなく電気焼灼機、そしてゴムコ鉗子、この組み合わせが悪かったのだと著者コラピントは推測している。ゴムコ鉗子の金属部分に、電気焼灼器の電流が伝わってしまう恐れがあるからだ。

最初、最弱に設定されていた電流の量は、うまくいかないために二回上げられている。

「音がしたんだ」とチャムはその瞬間を振りかえって言う。「ステーキがジュッと焼けるような音が」
赤ん坊の股間から一筋の煙が立ちのぼった。続いて肉が焦げるようなにおいがあたりの空気を満たした。

翌年に入る頃、父親のロンは手術を担当したジャン=マリー・ヒュートの首を絞めている夢を見て、真夜中に目を覚ますことが増える。

性転換手術

夫妻は苦しい、鬱々とした日々を過ごすが、手術から10か月後のある日、テレビ番組で見たジョン・マネーという医師を見る。彼はまだ性転換が新しかった時代に、男性から女性に変わった患者を紹介して自分の理論をアピールした。

つまりマネーが言うには、赤ん坊がどちらの性を持って生まれてくるかは関係ない、その気になれば、一方の性から別の性に変えることができる、ということだった。

夫妻は(少なくともこの時には)一筋の希望が見えた気がして、マネーに連絡をした。

マネーは、専門である半陰陽の患者に対してこの種の手術を行ったことがあるが、完全に正常な性器と神経系統を持って生まれた子供の手術は初めてだった。

だが、だからこそこの手術を成功させることに野心を燃やし、夫妻に絶対に成功することを請け負った。そしてマネーの理論からすれば、「ジェンダー・アイデンティティ」が固まる2歳までに手術をしなければならなかった。

夫妻は地元の小児科医の反対もあり迷ったが、結局、もし女性として生きれるなら、男性として生きた場合に直面するであろう苦しみを味わうことなく生きられると思い、手術に同意した。

そして1歳10ヶ月の時、少年は睾丸を切除され、ブルースではなく「ブレンダ」という名に変えられた。両親がブレンダ自身に事情を話すのは、「ジェンダー・アイデンティ」に混乱を招く可能性があるために、マネーによって禁止された。

「ブレンダ」としての生活

それから、マネーの理論に従って「女の子」としての自覚を促すための生活が始まる。

夫妻はブレンダが女の子になるように最善を尽くした。

二歳の誕生日前に、母親はブレンダにドレスを与えた。また両親はブレンダに人形遊びをさせ、いつも綺麗にするようにと話し、何かにつけお前は女の子だと教えた。

しかしブレンダは父親の髭剃りに興味を示し、母親が化粧を教えようとしても拒んだ。ブレンダはむしろ弟のブライアンより活発で、「女の子らしい」様子を全く示さなかった。

好むおもちゃも男の子らしく、よく男の子と取っ組み合いの喧嘩をした。小便ですら座ってすることを拒む始末だった。

マネーとの面接

マネーは術後の生活態度や心の変化を調べるため、しばしば面接を行った。施術したブレンダだけの変化だけを正確に調べるため、双子の弟のブライアンも一緒だった。

マネーは夫妻のいる時は穏やかで紳士的だったが、いなくなると感情を抑えることが少なくなり、時に虐待に等しいような要求をすることもあった。

マネーは、服を脱いでお互いの性器を調べなさいという指示を出したが、二人はその指示にはどうしても従えなかった。

二人が6歳の時にはこんなこともあった。

マネーはブレンダを研究室のソファの上に四つん這いにさせ、ブライアンに姉のすぐうしろでひざ立ちになるように言い、その股間を臀部に押しつけるよう命令した。

弟のブライアンによれば、その姿は、少なくとも一度はポラロイドカメラで撮られたという。マネーには、日常会話や患者との診療中、意図的に卑猥な言葉を使うことがあった。

マネーは単に後天的に性を変えられるという自説だけでなく、それとは別に、性文化を混乱させることを喜びとするような部分が見られる。いわゆるサド・マゾヒズムのようなものから、スカトロジー、切断願望、自己絞殺、果ては小児性愛までもマネーの擁護の対象だった。

女医のマッケンティ

12歳の時、とうとうブレンダは両親に、「もし今度マネーに無理矢理会わせたら、私は自殺する」と告げる。

その後、自分自身の出産のために担当を外れたインギムンドソン、鋭い観察と解決法を示したが、あまりに不躾なために夫妻に敬遠された女医のキャンター等、ブレンダを診療する医師が変わるが、ブレンダはマッケンティという初老の女医に巡り合い、心を開くことになる。

マッケンティの診療態度は、おそらくそれが「理想」と分かってはいても、専門家にとって実践するのが難しいような性質のものだ。

何故なら、それは彼女が有する何しらかの診療マニュアルのためではなく、いつも患者の心に寄り添うことができる、彼女自身の心根から生えているからだ。

ブレンダは最初、ひねた少年らしい意地悪をし続けることでマッケンティを「テスト」したが、その「テスト」はマッケンティの変わらぬ愛情のために放棄せざるえなくなる。

どれほどブレンダがマネーとの面接によって苦しんでいたか、ブレンダがマッケンティに語った夢の内容を聞けば分かる。

夢の中でマネーは「ケープを着た魔術師」の姿をし、ブレンダと弟のブライアンをいつでも消すことができる。ブレンダは、もう自分が消えたという錯覚を覚えながら、夢から覚めるのだった。

ふたりはいっしょに、「マネー博士に会いたくないクラブ」をつくった。マッケンティは会員名簿に署名し、ブレンダも自分の名前を記して、「私たちのクラブへようこそ!」という言葉を書きくわえた。

マネーは一度、講演のついでにレイマー家に立ち寄る。

双子は会いたがらず、地下室に閉じこもるが、マネーが(おそらくわざと)飛行機に乗り過ごしたため、一度だけ再会せざるえない。

しかしマネーが幾つか当たり障りのない質問をし、15ドルの小遣いを渡すと、それっきり、また地下室に引っ込んでしまい、マネーが出立するまで出てこなかった。

英国放送協会(BBC)の取材

マネーは、実際には明らかに思わしくなかったブレンダの実験の成功について、自分の理論の正しさを証明するものだとして大々的に喧伝していた。

プライベートに関することこそ明かされなかったものの、そのことで既に、業界ではマネーの理論とともにブレンダの症例は有名だった。

英国放送協会(BBC)は興味を持ち、ジェンダー・アイデンティティをテーマとする作品のために取材をした。

ブレンダに関わった二人の医師は、一人は控えめに、もう一人はそれよりかは確信をもって、実験が不首尾に終わった可能性があることを話した。

そして、記者たちがレイマー家の取材で見たのは、明らかにふさぎ込んで情緒の不安定に見える両親であり、母親が別件だと偽ってブレンダに挨拶をさせ、記者に彼のことを一瞬だけ見せると、すぐにその異変は察知された。取材クルーは色めき立った。

その後、記者たちはマネーにも取材した。

マネーは当初取材に乗り気だったが、ブレンダの症例が博士の喧伝しているようなものではないことに触れると、途端に不機嫌になる。記者たちはすぐマネーの家を追い出される。

夜、レイマー家にかけられた電話では、既にマネーは「パニック」に陥っていたという。

マネーは「見知らぬ人物」、しかし「BBCのスミスとかいう男だと思われる人物」ともうひとりの男「ゴールドウィンの友人」が自宅にやってきたことを告げ、自分のファイルが盗まれ、どういうわけかレポーターたちがブレンダの居場所を嗅ぎつけたらしいという途方もないつくり話をでっちあげた。

マネーはBBCに対して「法的手段を取るようレイマー家の人びとに勧告する」と脅すが、当然BBCは記者を擁護し、一切取り合わなかった。

取材が最終段階に入ると、取材成果の意味を伝えるために、記者たちは適切なコメントを述べられる科学者を探した。慎重に考慮した上で白羽の矢が立ったのは、早い時期から適切にマネーを批判し、一度はシンポジウムでマネーと衝突した因縁のあるミルトン・ダイヤモンド(男性)だった。

ダイヤモンドは発育上正常な幼児の性転換は不可能だと考えていた。

取材に先立つ数か月前の『性研究の最前線』で、ダイヤモンドはこう述べている。

(略)いま思えば優れた先見の明と思われる主張のなかで、ダイヤモンドはこう警告している。「思春期の訪れとともに、去勢手術を受けた双子の一方は、生物学的な遺産と対立する育ちの成果に反抗する可能性が非常に高い」

家族の苦しみ

父は現実から目を背けるように酒に溺れていた。

父がたどたどしい言葉でブレンダにかつての包皮切除手術の失敗を伝えようとするが、あまりの言葉の足らなさに、ブレンダは理解できなかった(あるいはしたくなかった)という描写もある。

母は「娘」のことが原因でいつも気分が不安定だった。

手術と実験が失敗だったという可能性を感じつつ、自分で自分を洗脳しているような状態にあった母親は、ブレンダが女の子らしいという希望を持てることなら、どんな「小さなしるし」であっても喜んだ。

それはブレンダが、タンスの中に母親の黒い山羊皮製の手袋を見つけた時のことだった。ブレンダはそれの上質さに感嘆し、映画に登場するような「かっこいいイタリアのレーシングカー」を思い、「ハンドルを握るのにちょうどいい」と、如何にも男の子らしい夢想をしていた。

「すると突然、背後に母さんがいるのに気がついて、振りかえると、母さんは微笑んでこう言ったんだ。『いいのよ。はめたいならはめなさい』って。母さんはおれが女らしくしようとしてるとでも思ったんだろう」

「治療」の完全な挫折

治療チームのメンバーの一人であるウインターは、当初、更なる性別適合手術を急ぐべきだと考えていたが、この頃には既に自信をなくしかけていた。

それほど状況は深刻だった。ウインター自身も我慢の限界に達していた。強い調子で詰問する。「女の子になりたいのか。なりたくないのか?」

ブレンダは顔を上げると、ウインターの顔に向かって怒鳴った。「そんなものになりたくなんかない!」

ブレンダにとって意外なことに、ウインターは怒らなかった。

ウインターは廊下に出て、ブレンダが信頼する女医、マッケンティに真実を知らせるべきだと話した後、それについては何も言わず、ブレンダに今日は家に帰るようにと告げた。

ある日、毎週行われていたマッケンティとの面接の後、いつも通り、父親のロンが迎えに来た。しかし、いつもと違い、真っすぐ家に帰らず、ブレンダにアイスクリームを買った。

その些細な兆候で異変を察知したブレンダは、家族に何かあったのかと父親に尋ねた。

しかし父は、そうじゃない、その種のことなら「何も問題はない」と答える。

遂に父親は、一つずつ順を追って、かつて彼に起こった全てのことを説明し始める。

「おれが男の子として生まれたこと、包皮切除手術をしようとして起きた事故のこと、両親があらゆる専門家に助けを求め、ようやく最高のアドバイスを得たこと。そう、そのアドバイスとは、おれを変えてしまうことだった。父さんはひどく動揺してて」ブレンダはそのときはじめて、父親が泣くのを見た。

しかしブレンダは泣かなかった。

色々な感情が心に沸いたが、一番大きいものは安堵感だった。

自分が他の女の子と違うのは、自分の頭がおかしいからではなかったのだ。

色々尋ねたいことがあったかもしれないが、彼が最初にした質問は、「最初につけた男の子としての名前は何だったのか」ということだった。

男としての再出発

元の「ブルース」という名は、彼にはあまりいいものと思えなかった。

そこで新しい名前をつけることになった。

男としての新しい名前の候補は、気取りがない響きの「ジョー」と、聖書の物語で巨人ゴリアテを倒したダビデ王にちなんだ「デイヴィッド」の二つがあった。

最終的な決断は両親に委ねられ、ブレンダはデイヴィッドになった。

ロンは子供の名前をブレンダから別の名前に変えることは簡単だったと言い、その後一度もまちがって息子をブレンダと呼んだことはなかったという。

デイヴィッドはテストステロンの注射を始め、左右の乳房を摘出した。

乳房の摘出手術は、術後数週間のうめくような痛みをともなった。

ある日、デイヴィッドは新聞配達で貯めた200ドルで銃を買った。包皮切除手術の失敗によって自分の男性器を失わせたジャン=マリー・ヒュートを殺すためだった。

ジャン=マリー・ヒュートが開業しているクリニックで当人に会ったが、最初、医師はデイヴィッドが誰か思い出せなかった。

「もっとよく見てみろよ」

ヒュートは彼を思い出し、いきなり泣き始めた。

デイヴィッドが彼を責めても、彼は泣くばかりで何も言えなかった。

デイヴィッドは立ち去った。

「そして川縁に腰を下ろして、ひとしきり泣いたんだ」

彼は銃を岩に叩きつけて壊し、その川に捨てた。

自殺未遂

男としての生活を始めたデイヴィッドは、時には女の子とデートをすることもあった。

しかし性行為に至ることへの恐怖がいつも頭にあった。そこでデートの時は、酒を飲んで酔った振りをして寝て誤魔化すようになった。

ある時、本当に飲み過ぎて前後不覚になり、意識を失ってしまう。起きた時に隣にいた女の子の表情から、彼女がそれを見たのは明らかだった。デイヴィッドは正直に「事故」にあったと説明した。しかし噂はすぐ広まってしまう。

あざけりや笑いに耐えられず、デイヴィッドは母親の抗うつ剤で自殺を図った。痛ましいのはそれ以上に、発見した両親が、このまま死なせた方がいいのだろうか、と一瞬躊躇したという事実だ。

助かっても再度の自殺を図ったデイヴィッドを、今度は弟のブライアンが救う。

旅行・結婚

デイヴィッドは和解金として得た金を持って、湖近くの森の小屋で暮らし始める。

しかし友人のハロルド・ノーマンやロン・マンデルは彼を誘い出し、一緒にハワイ旅行に出かける。デイヴィッドは彼らに、「ブレンダ」の記憶を持つ地元の人間を誤魔化すため、「姉は死んだ」という嘘をついていた。

飛行機が太平洋上にあるとき、デイヴィッドはハロルドのほうを向いた。「デイヴィッドはおれにこう言ったんだ。『ずっと話さなきゃって思ってたことがある、ブライアンの姉のことについてだけど』って」とハロルドは言う。「おれは言ったよ。『その必要はないさ。そのことはもう知ってるよ』って」

ハワイから戻った後、彼はジェーンという3人の子を持つシングルマザーと出会う。

人口ペニス形成手術によって、デイヴィッドとジェーンは性行為も行うことができた。

自分に子を作れないことから子持ちの女性を望んでいたデイヴィッドは、彼女の心情と、彼女の子供はどちらも望ましいものだった。

出会いから2年と4か月後に、二人は結婚する。

ダイヤモンドとマネー

マネーは自分の実験が完全な失敗に終わったことを自覚すると、BBCのために患者家族との連絡が断たれてしまった、と言い始める。

しかしこれは母のジャネットの記憶とは一致しない。

その後もジャネットとマネーは手紙をやり取りし、デイヴィッドが男に戻り、女の子とデートしていることを伝える。「デイヴィッドと父のロンに会いたい」と書き送ったマネーに対して、ジャネットは正直に二人はあなたに会いたくないのだということも伝えている。

ジャネットへ当てたマネーの手紙の文面は、「必死に中立な立場を保とうとしていた様子が感じられ」るものだったという。

そのようなことがあった後も、マネーは相変わらず、自説の、性の決定における環境的要因が生物学的な要因に勝る、という点に変更を加えなかった。

しかし、かつて格好の症例とした「ブレンダ」のことには触れられなくなる。その理由について、マネーは論敵の「ミルトン・ダイヤモンドの策謀」によるものとほのめかし、またプライバシーを踏みにじったBBCのせいだとしている。

ダイヤモンドはブレンダの精神治療を受け持ったキース・シグムンドソンの電話番号を知り、連絡を取る。実のところシグムンドソンは、いずれダイヤモンドが自分に辿り着くだろうことを予期していたらしい。

ダイヤモンドはシグムンドソンを執拗に説得し、とうとうデイヴィッドと直接コンタクトを取ることに成功する。

ダイヤモンドは、デイヴィッドの臨床記録についての正しい経過を、今でも「成功例」とされ、それにならって行われる性別適合手術をやめさせるためにも、学会に提出する必要があると口説く。デイヴィッドは協力する気になる。

デイヴィッドは、ダイヤモンドが自分の苦しみにたいして、たんに医者にありがちな客観的で冷静な態度を取るような人間ではないと感じとったのである。「おれの人生について少しばかり話すと」とデイヴィッドは言う。「博士の頬に涙が伝うのが見えたんだ」

当然その記録は、レイマー家の名、居場所、地元医師の名を削除し、デイヴィッドの名前を仮名にして、執筆することになった。ブレンダは「ジョアン」、デイヴィッドを「ジョン」に変えることになる。

『ブレンダと呼ばれた少年』を読む限り、ミルトン・ダイヤモンドという医師は、人間的な温かい情を持ちつつも、非常に自制の効いた冷静な人物であるかのように書かれている。

そのために次の記述は余計に興味深い。

その二年後、私との会話で話題にのぼるまで、ダイヤモンドは自分が用いたジョンとジョアンという名前が、マネーの最大の協力者であったジョン・ハンプソンとジョアン・ハンプソンと同じであることに気づかなかった。そんなことはまったく考えてもみなかったよ、とダイヤモンドは私に語った。

もちろん、本当にダイアモンドは「考えてもみなかった」のだろう。

しかし、だとしてもそれは全くの偶然だろうか。

どれほど自制の効いた人物でも、倫理的に問題のある実験と、それを導いた理論によって名を上げた同業者とその協力者に対して、いささかの憤りや憎悪がなかったとは言えないだろう。

あるいは、そうした感情をとことんまで抑え込んだために、このような形で無意識に現われたのではないだろうか。

実際、ダイヤモンドの自己抑制は徹底しており、個人的に因縁のあったマネーに対する私怨あるいは敵愾心と取られることを恐れて、マネーの名は論文中一度しか出てこないほどだ。

ダイヤモンドの論文は、デイヴィッドの症例について明らかな不首尾に終わっているということ、そして性が後天的に操作できるとする柔軟説には限界があること、新たな指針として、医師は従来通り子供の性別が男女どちらに属するかを両親に通告する一方、子供自身が判断できる年齢まで取返しのつかない手術は延期べきこと、というおおむね常識的で妥当な線に収束するものであった。

ダイヤモンドが私に語った言葉を借りるなら、「どちらかの性に一貫して子供を育てる。ただし、絶対にメスで切るのは避けること」ということである。

それでも、ダイヤモンドとシグムンドソンの二人による(著者コラピントの書きぶりから推測するに、おそらく大筋はダイヤモンドによって書かれ、最終的にシグムンドソンがチェックして添削しながら共同のものにしたのだろう)論文は、既に権威だったマネーに挑戦することで明らかな火種を含んでおり、そのために至るところで敬遠され、出版までに二年もの月日を要した。

「何しろこの分野にかかわっていた医師全員に向かって、あなたたちが三〇年間やりつづけてきたことは間違いだったんだと言っていたんだからね」とシグムンドソンは言う。「大勢の医師たちの激怒を買うことはわかりきっていたよ」

この論文に対して予想通りの反応を示し、黙殺しようとする批評家もいたが、中には追随する者もいた。出版される前にその論文を一読したウィリアム・レイナーは、マネーと同じく半陰陽患者の性別適合手術を施していた医師であり、それが自己の過ちを積極的に認める営為になるにも関わらず、その結論を果敢に支持した。

その「爆弾」が投下された医学雑誌について、『ニューヨーク・タイムズ』はこんな見出しで表現した。「性のアイデンティティ、結局のところ融通きかず」

翌1998年10月、アメリカ小児科医学アカデミーの年次総会で、ダイヤモンドは招かれて講演を行った。ダイヤモンドは双子の症例に言及し、普通と違う性器や、性器に外傷を負った子供の治療に関する新しい、あるべきアプローチを詳細に説明した。

その講演のあとで会場に沸きおこったのは、医師たちからの鳴りやまぬ拍手だった。それは過去40年ものあいだ、規準と見なされてきた治療法を、医学界全体がようやく見直す気になったことを示す最初の明るい兆しであった。

(略)

今日、(男性器のみを重視するフロイトの)この理論は、神経生物学の分野からも異議を唱えられ、科学者たちのあいだでは、レイナーが指摘するように、「最も重要な性的器官は生殖器ではなく、脳である」という結論に達している。

デイヴィッドとブライアンの死

デイヴィッドの弟ブライアンは、常に「娘」のことばかりで頭がいっぱいの両親を見ながら、屈折して育った。「ブライアンは大丈夫」という母の思いは、ブライアンを非行に走らせることになった。

結局、彼は2002年に睡眠薬を大量に飲んで自殺した。

兄デイヴィッドは、理由は分からないが妻と別れ、投資に失敗して仕事を失い、ブライアンの死にも打ちのめされた。弟の死から2年後、38歳にして、デイヴィッドもまた自ら命を絶った。

性別の社会決定論が支持された理由

そもそも性の社会決定論は、なぜ一定の影響力を持ったのだろうか。つまり、マネーの理論のようなものが何故それほど歓迎されたのだろうか。

その理由は、私には明らかだと思われる。

それは単に、我々にとって都合がよいから、である。ここでの「我々にとって」とは、男女平等を正当とする我々近代国家の住人にとって、という意味である。

つまり我々にとって、男女の平等が可能であるためには、男女が同質である方が都合がよい。例えば、もし極端に先天的性差が見つけられた場合、それは「男女平等」が実際には実現困難な理想であり、最悪の場合、そもそもその理想を掲げること自体に無理があったのだ、という結論が出かねない。

そのために、男女の同質性を保証する性の社会決定論は、フェミニストを中心に歓迎されたわけである。いわばそれは、男女平等という理念と整合的であるがためである。

もちろん、如何なる対象についてであれ、そのような功利的な理由から理論が構築されてはならないということは、今さら言うまでもないだろう。

ジョン・マネーについて

マネーの専門としての半陰陽

マネーの専門は半陰陽患者だった。これについて物語の終盤、著者コラピントによって、ややゾッとするようなことが書かれている。

当初、コラピントは、半陰陽患者に対して長年行なわれたような施術が一般化する前の、「ほかに類を見ない興味深い論文」を引用する。

それは、250人もの半陰陽患者を対象にした調査である。論文作者は、多くの半陰陽者は、一般的に予測されるのと異なり、ごく当たり前の生活に適合している、と述べる。

特に成人して本人が決断するまで、手術もホルモン治療も受けなかった10人に対するインタビューで、論文作者は、そのような標準と外れた性の人間が発揮する「自我の力」にいちいち驚いている。

この論文に従うなら、半陰陽者の幼児期における性急な性別適合手術は必要ない、という結論を導かざるえないだろう。ところが、最後にコラピントは驚くような一文でその章を閉じる。

ちなみに1951年、博士号取得のため大学に提出されたこの学位論文の著者は、30歳の博士候補で、その名前をジョン・マネーという。

つまり、この時点で明らかに、後に自ら行ったような、半陰陽者に対する早期の強引な施術は必要ない、とマネーは知っていたはずなのである。

マネーという人間について

中には半陰陽の患者で、たまたまマネーが推奨する施術と適合したために、平穏で幸福な人生を送った者もいたのかもしれない。

しかしそれは、いわば「くじ引き」を引くようにして当てられた成功であり、そこに人間の性という生ものと向き合い、その現実に対して素直に頭を下げようとしていない以上、結局「まがい物の成功」である。

そしてマネーが何故このようなことを行ったか、ということの答えは、実は物語の序盤において(ある意味では)「種あかし」がなされている。

マネーが幼い頃、一緒に暮した父親はマネー自身が語るところでは、「果樹園に集まってくる鳥を無慈悲に撃ち殺した野蛮な男。割れた窓ガラスごしに4歳の息子をむちで打ち、虐待とも言うべき尋問をした男」である。

後にデイヴィッドやブライアンに「虐待とも言うべき尋問をした」のは、他でもないマネー自身である。そんな父親は「許すこともできないまま」、マネーが8歳の時に亡くなる。

父親の死後、マネーは母親と未婚の叔母たちに囲まれ、きわめて女性的な環境で育てられた。男性にたいする彼女たちの非難は痛烈で、それが一生涯マネーに影響を与えた。「私は自分が男であることに罪の意識をおぼえ、苦しんだ」と彼は書いている。「そう、卑劣な性である男の仮面をかぶっていることに」もちろんその仮面とは、ペニスと睾丸のことである。
大人にまったマネーが成人や幼児の性転換を行い、世界的な名声を得たことを考えると、つぎのコメントは不気味な響きが聞きとれる。「私はよく思ったものである。家畜だけではなく、人間の男も誕生時に去勢されたら、世界は女にとってより良い場所になるのではないかと」

マネーは母や叔母が代表している女性に対する罪悪感を背景に持っている。このことは何故、(作中一部分を除けば)マネーが実際、女性にはわりあい紳士的かつ親切で、しばしば信頼関係が同性患者や同性家族よりも長く続くのか、という謎も説明してくれる。

デイヴィッドと父のロンが「会いたくない」と拒絶するようになってからも、母親のジャネットとは手紙をやり取りすることが可能だった。その理由はここにある。

私はもちろん、マネーが関わった半陰陽やその他の患者に対する施術の全てを知るわけではないが、少なくとも「ブレンダ」を含め、『ブレンダと呼ばれた少年』に時々登場するマネーの何人かの患者たちのことを読んでいると、そこにマネーの理論の外見上と異なる不整合に気付く。

というのも、単に性が後天的に決定できるということ、性の決定に大きな環境的要因が働く、ということならば、それは「女から男」あるいは「男から女」の二つの可動性を意味するはずである。ところが、マネーが関わる患者は、「ブレンダ」後の「デイヴィッド」を含め、ほとんどが「既に女」あるいは「女にしようとする過程」の患者なのである。

要は「女から男」がほぼ皆無で、ほとんど常に「男から女」である。

つまり理論上はあるべき「女から男」と「男から女」の(『ブレンダと呼ばれた少年』を読む限りでは、推測される)施術数の均衡が存在せず、マネーの患者の「女から男」と「男から女」への移行数は非対称的である。これはもちろん男性器を形成する技術の難しさや未発達もあるが、それだけではないという気がする。

つまるところマネーがし続けた仕事というのは、死んだ乱暴者の父、そして母や叔母から植えつけられた男性に対する否定的イメージを背景に、自らが去勢手術を受ける代わりに、極力安全に、法的に罪が問われないような形で、なるべく多くの男、あるいは男になる可能性のある者(半陰陽者)を前もって去勢してしまう、ということだったように私には思える。

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