日本人になるということ

イギリスのEU離脱の決定、トランプ大統領の誕生、ヨーロッパにおける難民問題、ロシアがプーチンのもとで再び存在感を増しているということ、こうした事態を観察するに、既に世界は第二次大戦後の、冷戦終結に次ぐ大きな潮目を迎えているのは明らかだと思える。

世界は統合ではなく分裂してゆき、各国が自立的な傾向を強める流れが生まれつつあり、我々の祖国日本も、こうした潮流に無縁ではありえない。

安倍総理が憲法9条の改憲まで行き着くにしろ、行き着かないにしろ、日本は世界的な潮流の変化の中で、望む望まざるに関わらず、新しい地平へと移行するだろう。

世界と日本

理念的な探求

私が憂慮しているのは、そうした世界が分裂し、各国家が自立的になっていく傾向についてではない。何故ならこれは、考えようによっては真に対等な日米関係、あるいは理想的な対米自立を獲得し、我が国が敗戦以来失った「魂の失地の回復」(具体的に誰だか失念したが、右翼人の言葉)のための、最高の好機とも取れるからだ。

私は、最低限近隣の国との深刻な対立に陥らぬような布石を打つことを否定はしないが、それでもこの世界的な潮流は、それを望ましく思わない人たちが力んで止めようとしたところで止まらぬものであり、それなら、憂慮して悲嘆に暮れ、あるいは徒に調停や調和という道だけを願って模索するよりも、来るべき未来を待ち構えて、どうすれば祖国とその国民が独立自恃の姿勢を保つことができるのかを模索することの方がより重要であると思える。

そのためには軍事的・政治的工夫のみならず、「理念的な探求」が必要不可欠なのであり、そうした努力を怠ったなら、分裂傾向にある世界の中で、日本が理想的な自立を勝ち得たとしても、我々はその時、自分たちの祖国の「理念的空洞」を目の当たりにし、困惑することになるだろう。

ルース・ベネディクトの『菊と刀』 『菊と刀』の印象 記憶はおぼろげだが、大学時代にこれに出会ったと思う。私は一読してこれに強い印象を覚え...

かつての日本人に深い影響を与えた漢籍や、あるいは日本の古い時代の古典、あるいは比較的新しい時代の古典(保田與重郎や小林秀雄や三島由紀夫や谷崎潤一郎や川端康成)を研究することは、ある面においてはそうした「理念的な探求」なのであって、それは外見上派手で華やかな軍事的献身や政治的工夫よりも(もちろん、そうしたものも重要であることは否定しないが)、実際にはずっと祖国の未来に役立つものだと私は思う。

「日本人になる」という問題の終わりの無さ

以前、別の記事で、佐藤優の『インテリジェンス人間論』に引用されていたプーチンの2007年の大統領年次教書演説を取り上げた。

日本の、いわゆる「右傾化」が始まったのは、小林よしのりの漫画『戦争論』がヒットした辺りだろう。私自身が『戦争論』の影響で、今の自分の政治思想...

そこでは、「民族理念の探究」を「古からの楽しみ」という言葉で表現し、なおかつ、その課題には「終わりがない」という言葉が使われていた。

同じ佐藤優の著書『世界認識のための情報術』にも、佐藤優と彼の外務省の先輩である東郷和彦との会話の記述で似たような言葉があり、私はその記述にも深く心を打たれた。

東郷和彦は大東亜戦争の開戦時と終戦時に外相だった東郷茂徳の孫にあたる人物だが、佐藤優が東郷和彦に、「何故そこまで日本のためにリスクを犯すのか」という質問を投げかけたことで、このような会話になった。

「僕自身のアイデンティティーについて考えているんだ。東郷茂徳は、豊臣秀吉の朝鮮侵攻時に連行された朝鮮人の末裔だ。茂徳の先代までは朴と名乗ってた。もちろん差別も蔑視もあった。それでも外務大臣になった。茂徳にも僕自身にも日本人になっていくというのは終わりのない問題なんだ。佐藤君には沖縄の血が入っているよね」
「そうです」
「日本人(大和人)になっていくということで、佐藤君と僕には他の外務省員とは違う何かがあったんだと思うんだよ」

これについて佐藤は「東郷氏は筆者の国家主義者的言説の奥にある闇を見事に衝いてきた」と評して締めくくっている。

日本人になるということ

内田樹の『日本辺境論』には教わるところが多かった。

思うに日本という国は、外国の優れて先進的な文化・文明の影響と、内的な国粋傾向とに二分されている状態が常態であり、一般的であり、それはつまるところ「分裂」という異常が正常だという特殊な国なのだろう。

換言するならば、我々日本人は、常に外国の先進的な文化の洗礼を浴びて成長しつつ、一方では祖国日本の本来的な魂に向けて回帰するという二方面作戦を常に強いられてきたということだ。

それが意味しているのは、佐藤優や東郷和彦だけではなく、全ての日本人が例外なく「日本人になるという終わりのない課題」を抱えているということであり、このことは我々の誰もが心すべきことだと私には思える。

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