大阪の不良集団「アビスグループ」ケツ持ちヤクザ組織の兼一会とは?

大阪ミナミを拠点にする半グレ・不良集団「アビスグループ」の関係者が50名以上も逮捕されたという報道がなされた。

この種の半グレ・不良集団には、多くの場合「ケツ持ち」と呼ばれるヤクザ組織がおり、それが庇護を与える見返りとして不良たちを手駒として活用する、という側面がある。

そしてこの「アビスグループ」のケツ持ちは、(2018年12月17日)現在は六代目山口組に属している兼一会(かねいちかい)である。

この兼一会とはどのようなヤクザ組織なのだろうか、調べてみた。

「アビスグループ」のケツ持ちヤクザ組織の兼一会とは?

兼一会は正式には「二代目兼一会(かねいちかい)」である。

そして二代目兼一会の基本情報としては、大阪府大阪市中央区島之内2-7-27に本部を置く暴力団・ヤクザ組織であり、六代目山口組の三次団体とのことである。

上部団体は極心連合会(きょくしんれんごうかい)である(以上、YAKUZA Wikiの「兼一会」のページより)。

つまり二代目兼一会とその上部の組織図は、

一次団体‥‥六代目山口組
二次団体‥‥極心連合会
三次団体‥‥二代目兼一会

という具合に構成されている。

また兼一会の上部組織である極心連合会の会長である橋本弘文は、引退したお笑い芸人島田紳助との関わりでも知られており、島田紳助は怒ると相手に対して「俺のケツ持ちを誰と思ってるんや。極心連合会の橋本会長やぞ」と恫喝したという話は有名である。

二代目兼一会会長

そして兼一会の初代は荒木一之であり、二代目が現会長の植野雄仁(うえの かつひと)である。

植野雄仁は昭和27年2月15日生れで本名は金奎轍、六代目山口組・極心連合会副会長も務めている(YAKUZA Wiki「植野雄仁」のページによる)。

兼一会会長の山建組による絶縁までの経緯と、
六代目山口組への移籍

兼一会会長の植野雄仁はもともと六代目山口組ではなく、神戸山口組の傘下にある四代目山健組に所属していた。しかしある事情で絶縁されたために、結果的に六代目山口組に移籍することになったようだ。


事の発端は、同じ神戸山口組の二次団体である太田興業が、兼一会のシマである大阪ミナミの繁華街で、兼一会に断りを入れずにインターネットカジノの面倒見をして収益を上げており、それを兼一会サイドが咎めたことに始まる。

それを不服に思った太田興業の幹部は、一緒に酒を飲んでいた任侠山口組の相談役をともなって、深夜に酩酊した状態で二代目兼一会の事務所を訪れた。

この時、太田興業幹部が本来敵方であるはずの任侠山口組の幹部とともに来たこともあってトラブルになり、兼一会組員によって任侠山口組の相談役が暴行を受けた(関係者によればこれは、任侠山口組の相談役が先に手を出したことが発端であるという)。

これに関して兼一会サイドは、敵方の任侠山口組の相談役と酒を飲んでいたこと、一緒に兼一会事務所を訪れたことを問題視し、太田興業に当の幹部への処罰を求めたが、太田興業側はこれに応じなかった。

両者は互いに譲らなかったために次第に緊張が高まってゆく。


そして兼一会の上部組織である山建組は、同じ神戸山口組に属する太田興業との対立を良しとせず、また身内贔屓を避けたいという意図から太田興業への処罰はなしで仕方がないという結論を出したらしく、これに兼一会の植野会長は反発。

山建組の執行部会議に欠席するなど、露骨に反抗的な態度を取ったために、2018年2月11日、山建組から絶縁の処分が下された。

この時点では、二代目兼一会は大きな規模の組織であることから、独立して一本独鈷になり、六代目山口組・神戸山口組・任侠山口組とは別の第四の勢力になる可能性すらあった。

しかし2月21日、六代目山口組・橋本弘文統括委員長率いる極心連合会に加入し、結果、六代目山口組の三次団体となったということである。

この移籍は山口組分裂以来の大型移籍ということで大きく取り沙汰された。


またもっとも直近の兼一会の動向としては、今年(2018年)11月14日、例の任侠山口組組員への暴行事件に絡む証拠隠滅の容疑で、植野雄仁会長をはじめ、幹部組員11人が大阪府警に逮捕されたとのことである。

(以上、主にBusiness Journal 沖田臥竜氏の記事による)

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